世界に羽ばたく温泉ダンジョン
「次の謁見予定は?」
セパンス王国から、かなり離れた遠方の国。
マーポンウェア王国の国王ソドは、そう隣の秘書官に尋ねる。
このマーポンウェア王国は、世界最大のダンジョンの一つとして名高い、武具ダンジョンの所有国である。
「セパンス王国の女騎士第1部隊でございます、ソド王よ、武具ダンジョンの探索許可のご挨拶に参られたようですな」
「ああ、あの狂犬のような見た目の女騎士の集団か……」
ソド王はそう記憶から思い出す、前に見たのは5年ほど前であったか、トウジとかいう隊長が率いる、少し人間離れした女騎士の軍団だ。
大体の巨大ダンジョン所有国は、ダンジョンで取れた物の3割を納める代わりに、他国の軍隊がダンジョン探索をすることを認めている。
いくつかの国にダンジョンの探索を開放するだけで、ほぼノーリスクで他国のどこよりもダンジョンのドロップ品を大量確保できるうえ、戦果を見れば大体の国家の戦力も推し量ることができる。
素晴らしいドロップ品が出るダンジョンというものは、自分の国だけで独占するより、広く開放したほうが明らかに得なのだ。
そして、セパンス王国という国は、どう贔屓目に見ても大国とは言えない国だが、不気味に強い戦力を保有しているため、敵には回したくはない国というのが、ソド王の評価であった。
セパンス王国は、飯困らずダンジョンとかいう変わったダンジョンの所有国である。
儲けで考えればくだらないダンジョンなのだが、飯が出るという一点がかなり馬鹿にならない、なにしろ貧民がそこで大量に養え、勝手に鍛えられていくからだ。
ダンジョンで育っていく貧民から天才的な戦士が生まれでて、突出した戦闘才能があるものを騎士として召し抱え、こうやって他国の巨大ダンジョンの探索騎士にあてがう事ができる。
ダンジョンに長期間押し込む騎士の志願者と確保には難儀する国が多い中、過酷なダンジョン探索騎士を次々と補充できるセパンス王国という国は、他国の王から見ればかなり羨ましいものがあった。
「うむ、わかった、通せ」
謁見室の扉が開き、大勢の女騎士が入り膝をつく。
「お久しぶりでございます、ソド王よ、セパンス王国第1部隊騎士隊長トウジと申します、この度はソド王への再度の謁見の機会をいただき、恐悦至極に存じます」
「え?」
誰?
ソド王は、形式張った挨拶を忘れ、素っ頓狂な疑問の声を上げてしまった。
「あ、う、うむ。 セパンス王国の第1部隊の武勇は、前回のダンジョン探索の成果でも十分に覚えておるぞ、しかし、その、なんだ。
隊長は……、その、後任に代替わりしたのかの?」
名前が同じかつ、さらに再度の謁見の機会と言ったにも関わらず、そう聞かずにはいられない。
「いえ、5年前と同じ人物にございます。 セパンス王国では美容に効く温泉が湧く温泉ダンジョンというものが近年生まれまして、恥ずかしながらその湯の効果で人相が変わってしまったもので……。」
「温泉ダンジョン……、話には聞いておるぞ、一階の湯は我が国に献上もされたゆえ、美容の効果も、まあ、知ってはいるのだが……うん」
たしかに、あの湯で余の肌は綺麗にはなった、そして妻も、あの湯はいくらでも購入してちょうだい! と、ワガママを言うので、商人を通してなるだけ仕入れも欠かさずにしていた。
しかし、あの狂犬のようであった騎士達が、見目麗しい美人騎士に変貌するほどまでにぶっ飛んだ代物であったのか???
いつもは隣で黙って退屈そうに謁見の様子を見るだけの妻が、目をまんまるにして口をぽかんと開け、第1部隊の様子を凝視し、そして叫んだ。
「そ、そのお湯は購入できるのですかっ!!!??」
謁見の挨拶の最中に、そのお湯買えるの?? と叫びだすなど、いくら王妃様でも許されざる、礼儀もクソもないメチャクチャな行為なのだが、王を含め誰も咎めようとはしなかった。
王妃の目が、あまりにも何かに取り憑かれたような食いつき具合で怖かったからだ。
周辺にいるお付きの侍女やマーポンウェア王国の女騎士たちも、王妃の突然のご乱心を咎めるというより「そのお湯買えるの??」という疑問の答えを聞き耳を立てて待っている状態になっていた。
ソド王もそんな空気を察したのか、どうしたものかと悩んでいるトウジ隊長に、答えてやってくれ……と促した。
「いえ、1階層の湯以外は持ち帰りは不可能との事ですので、あたかも若返ったかのような効果を実感するためには、実際にダンジョンに潜って入っていただく他ありません。
しかし一度入りさえすれば、誰でも10代の若いお嬢様のような肌にはなるでしょう、なにしろ私達のような無骨者ですらこの有り様なのですから」
そう、トウジ隊長は自嘲気味に笑うが、王妃たち他国の女性陣からすれば笑い事ではない、これはただごとではない異常事態である。
温泉ダンジョンの美容効果は話には聞いていたし、いずれ機会があれば入りに行きたい、程度の野心はあった。
しかし、いくら素晴らしい美容効果があるとは言え、遠くの国には噂レベルでしかその効果は伝わってこなかったし。
実際に効果を確認してきたという貴族娘の姿を見ても、たしかに肌が明らかに綺麗になっているとはいえ、まだ常識の範囲内だったからだ。
これはセパンス王国でも、11階層の湯にまで入った者はセパンスの女騎士達を除けばまだ数えられるほどの人数しかいないため、ほとんどは6階層の湯までの効果しか見ていないからである。
社交界で大国の王妃と顔を合わせるような大貴族のお嬢様が6階層の湯に入っても、大体は元が綺麗なため、そこまで異常な変化が確認できるわけではない。
故に他国の王妃が、国家予算を使って遠くの国のダンジョンの奥底まで自国の軍隊引き連れて入りに行こう、という馬鹿な考えを起こすほどのモノではなかったのだ。
しかし、セパンスの第1部隊の変貌ぶりは、誰がどう見ても異常事態である。
すばらしく美容にいい温泉に入ってきてお肌が綺麗になった! などというかわいい言葉で片付けられるような効果ではない。
悪魔に数千人の生贄でも捧げて、魔法で美容を授かりでもしたのか? としか言い表しようがないほどに異様な変化なのだ。
王妃はもう、できれば入りにいきたいな~、ではなく。
入る! 絶対入る! 絶対にセパンス王国に行って直接ダンジョンに入り温泉に浸かる!
という決心を固めた。
「ソド王よ、我が主君、ユーザ女王陛下からの手紙を預かっております、また我が国の飯困らずダンジョンから産出された新たな品々を献上品として預かっておりますゆえ、ぜひともお納めください」
「あ、う、うむ……、ありがたく頂いておこう、我々からもそなた達にわが国の武具ダンジョンへの探索許可を授けよう、武運を祈るぞ」
「はっ、もったいなき御言葉ありがとうございます」
トウジ隊長は一礼し、部下とともに謁見室から退席していった。
おそらく準備を整え次第、即ダンジョンに潜るのだろう。
「ふう、何だったのだあれは、……して、ユーザ女王からの手紙にはなんと書いてある」
「はっ、飯困らずダンジョンからの産出品の変化、また温泉ダンジョンの詳しい概要などが記されております、またユーザ女王からは。
ソド王よ、第1部隊の変わりようを見て、さぞかし驚いたであろう、謁見の際に何人の女性貴族が目撃するかわからぬが、あれを見たものはもう止まらんぞ。
我が国も近々ダンジョン探索における、他国の軍の受け入れ準備を整える予定ゆえ、整った際には是非ともテタ王妃殿にも……」
そこまで言いかけた段階で、言い淀む。
要するに、ユーザ女王は、我が妻を温泉に招待しているのだ、ものすごい費用と予算がかかることになるであろう温泉旅行に……。
おそるおそる、隣りにいる妻を見ると、異常な輝きをした目つきでこちらに微笑みかけるような笑顔を向けていた。
その目は「アナタ、出発はいつにしてくれます?」と語っていた。
これは、アナタ、私温泉ダンジョンに行きたいわ、などというおねだりの目ではない。
行かないなんて選択肢はありえない、行くことはすでに決定済みの目だ。
妻を警護する立場の女騎士達の目つきも明らかにおかしい。
胸を張り、警護は我々におまかせを、という態度を見せているのはいいが、目がおかしい。
行くとなったら、まず警護に当たる者として、下準備でダンジョンを隅々まで確認してくることになるだろうからな~。
かーっ、仕方ないな~、これはセパンス王国まで私が一度行ってくるしかないか~、ご命令を、早く! といった下心満載の目をしている。
「あー、うん、他国の軍の受け入れ準備を調整中だと書いておったな! いつその準備は終わるのかのう!?」
「ははっ! 具体的な日程は書かれておりませんゆえ、おそらくはまだ計画段階、今しばらく受け入れ準備は整わないかと存じます! 王よ!」
王と秘書官はわざとらしく大声でそう言い、まだ行けないからな!
明日にでも行きましょう! といったその顔をやめろ、と遠回しに牽制する。
王妃は明らかにムッとした顔をしたが、現状どうしようもないという事はわかるため、この場で反論はしなかったが。
最速で情報を得ようとせんと、当日に王妃はセパンス王国への伝令と使いを独自に出した。
ここマーポンウェア王国へ来るまでの合間に、トウジ隊長は5つほどの国を経由して来ていた。
そして、各国の王に、ユーザ陛下からの手紙を渡すように頼まれていた。
表向きは、飯困らずダンジョンと、温泉ダンジョンの変化の内容を記し、我が国のダンジョンにもいずれ来てくれといった手紙を渡すものであったが。
ユーザ陛下の一番の目的は、変貌した第1部隊を各国に見せつけることにあった。
セパンス王国の第1部隊は、一度見たら忘れようがない外見のうえ、そもそも「女騎士」でありながら巨大ダンジョンの最深部近くまで潜る集団など、他国にはほぼ皆無のため。
巨大ダンジョンを抱えた大国ならば、セパンスの女騎士第1部隊は、誰でも知っている有名人なのだ。
ゆえに、その風貌の変化には誰しも驚く事になる。
第1部隊が立ち寄った国の貴族女性はその姿を見ると、全員ひっくり返るような驚きと共に、自身もその温泉に入りに行きたいという欲に否応なく囚われてしまう。
この第1部隊による営業効果以来、他国でも温泉ダンジョンの効能は「噂」のレベルを通り超え「確信」の領域に入った。
そして、世界中の王族女性や貴婦人が、全力でセパンスの温泉ダンジョンに入りに行くための準備を整え始めることとなったのである。
この日を境に、温泉ダンジョンは全世界規模の注目を集めるダンジョンへと変貌した。