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混沌

マスタールームではずーっとペタちゃんが休みなく、いろいろな料理を作り続けていた。


豚汁のあとチャーハンやからあげや肉まんや焼き魚やクッキーなどを作らせて。

煮る、炒める、揚げる、蒸す、焼く、分量を計って混ぜたあと型どってから焼く、といった基本的な調理の動作を教えた。

やはりペタちゃんは物覚え自体はいいため、一度しっかり教えて作らせると、その後はトンチキなミスをすることはほぼなくなり、十分食べられる料理を作れるようになった。


「よし!ここまでできるようになったなら、この本に書いてある作り方を読むだけでだいたいの作り方は理解できるはずだ! どんどん再現してみよう!」


といって色々なレシピが乗っている、本屋に置いてあるような料理本を作り出して、ペタちゃんに渡した。

つまり、丸投げである。


本を渡した頃には料理が楽しくなってきたのか、本を読みながら調理していく。

ナスのおひたしとか、ミルフィーユ鍋やら、ぶり大根など、いかにも料理本に載ってそうなお手製料理感漂う料理をぽんぽんと作り上げていく。

どれも料理本を見ながら作りました、って感じ漂う素朴な味の家庭料理で美味しい。


「焦がしたら駄目になっちゃうんだけど、焦げが全く無い焼き方もな~んか違うのよね~? ほんの少しなら焦げてるほうが美味しいわ」


ペタちゃんがフライパンで何かを焼きながらそんな事を言う。

おお、かなりの調理レベルになってきたことがわかる発言が飛び出してきたな。

そろそろ俺の、いい加減な男の自炊飯のレベルには到達したんじゃないだろうか、もう俺がお前に教えることはなにもない、自由に翔び立て我が弟子よ。


モニターには女騎士たちが広い草原をただ歩き続ける退屈な状況しか映っていない。

しばらくはペタちゃんの手料理を楽しんでおくことにしよう。


「…八角? って何かしら、ねえマスター、八角って香辛料出せる?」


「あ? ああ……。 出せるけど」


俺は八角を取り出して、ペタちゃんに手渡しながら少し怖くなる。

まずいな、俺の知識の限界値ギリギリの香辛料をねだられだしたぞ、これ以上マニアックな香辛料になると、全く知らない名称がもうじき飛び出してきそうだ。

知ってさえいれば取り出せるのだが、さすがに一切合切知らない香辛料などはダンジョンの奇跡といえども取り出せない。

一度、沖縄のちんすこうという、名称だけを知っていて、形と味は全く知らないお菓子を取り出そうとしたが出せなかった事があるので、そこは間違いない、知らないものは出せないのだ。


しかし俺が一切合切知らないものは、そもそも俺の取り出した調理本には載っていない可能性が高い。

ペタちゃんが適当に料理を作ってきているはずなのに、俺の知っている日本料理や中華料理やイタリア料理ばかりでてくる時点で、たぶんその考察は当たっていると思う。

もし俺が取り出した料理本に、俺の知らない料理のレシピや食材も好き放題掲載されているのなら、一つも知らないチェコやハンガリーの料理などが出てきてもおかしくないはずだからな。


「はい、これ、ツレイコセン・エンカーブよ」


「何それ!!??」


そんなことを考えていたら全く知らない料理が出てきてしまったぞ、なんだよこれ。


「セパンス国の料理みたいね、私が昔取り込んだ冒険者の荷物に入ってた食べ物の作り方がこの本に載ってたみたい」


「あー、ペタちゃんの瘴気で作ってるから、ペタちゃん知識で知っているものもレシピ化して出てきてるのか、なるほど」


塩っ気の強い味に炒めたエビと野菜と果物を、薄く焼いた粉生地で巻いたような感じの食べ物で、結構美味しかった。

異国料理のお店で、お好み焼き風の料理を食べた時のような感覚だ。

ベトナム料理店でバインセオを食べた時の感じが一番近いかな、味付けは全然違うけど。


「んん~、大昔にたしかにこれ見たことあるけど、その時はいろんな具材がいっぱい入ってて再現は無理だと思ったから、解析途中で諦めてポイントに変えちゃってたのよね、こういう食べ物だったんだ~」


俺達はそんな感じに、和気あいあいと食事を楽しんでいた。











「着きました、トウジ隊長、ここが9階層の歪み治しの湯です」


広々とした草原の中に、ぽつんと直径10メートル程度の岩の温泉がそこにはあった。

これを歩いて見つけろというのは、かなり無茶である。

第1部隊の騎士たちでもさすがにそう感じた。


服を脱ぎ、温泉へと入っていく。

入った途端に、身体に浮かんでいたコブの数々が、骨折の後曲がって戻らなくなっていた骨が、歪んでいた筋肉が、腰痛が。

一生付き合うことになると思っていた、身体の節々の歪みによる痛みが、すうっと消えていった。


「おおお……」「すっげ……」「はあ~これは……ありがたいわ、ホントに」

「ああ~肩の痛みがない状態なんていつ以来かしら…」


第1部隊の騎士たちが全員安堵の声を漏らす。

戦いに戦いを積み重ねてきた身体だ、その慢性的な負傷箇所の多さは通常の騎士の比ではない。


そんな中、トウジ隊長は浸かった湯船の中で、いつもと同じように治った左手の指を動かし、肩の動きや腰の具合を丹念に確認していた。


「……さすが隊長だ」「ここまでの湯に浸かってあの冷静さ」「私なんて今にも駆けだしたい気分なのに」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


そんなことを思っていたら突然隊長が吠えた。

騎士団は全員驚き、何事と隊長の方を見る。


「こっちに身体をひねっても、こっちにひねっても激痛が走らないっ! 顔より上に上がらなくなっていた右肩も上がる! これは完治だ!完治してるレベルだ!

はあ~、次の遠征で死ぬか強制引退かと思ってたけど、これならいける!まだ10年……いやっ!30年は戦えるよこれは!」


えっ、隊長ってそんなに身体が壊れてたんですか?

あの馬鹿みたいな強さで?

今まで普通に最強の人として戦い続けていたので、左小指が動かない事以外は正常だとみんな思っていた。

それに30年?

70のおばあちゃんになってもダンジョン探索し続ける気なんですか隊長?


「うっほおおおおおおおお!!!!」


トウジ隊長はハイテンションで全裸で湯船から飛びだしていった。


「「「隊長!!??」」」


そして全裸で草原を駆け巡り、全裸でバク転や宙返りを行い、全裸でモンスターに見つかり駆けつけてくるモンスターに向かって、全裸で全速力で敵に突撃し、全裸で敵をブチのめして、敵の血にまみれた全裸で高らかに笑った。

草原で全裸で高らかに笑う血まみれの中年おばさんという、この世の混沌をすべて詰め込んだかのような隊長のうかれ姿は、第1部隊の面々に強烈なイメージ崩壊を与えた。


「……トウジ隊長もここのお湯は、大変気に入ってくれたようで、えー、よかったですね」


ヴィヒタが、ぽかんとしている第1部隊の騎士たちにフォローの言葉を言ってみたが、誰も聞いているものはいなかった。

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