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ペタちゃんクッキング

「なんで無限に食料が取れたら国がだめになっちゃうの、いいことしかないでしょ?」


女騎士達の会話を聞いていたペタちゃんが、もっともな事を言う。

短期的に見れば、無尽蔵の食料が取れる農場など、どう考えてもいいことしかないだろう。

だが長期的に見れば国民の意識レベルから腐り果てていく事は明白だ。

どこかから与えられるものだけで生きていける事を当然の権利だと思って育つ大人が、どれだけ醜悪な生き物に成り果てるかは現世でもよく見た光景だ。


「いや、完全に正しいことを言ってるよ、言われてみれば納得するしかないけど、そこまでは俺も気付いていなかったな……」


というかそれ指摘したの気球の指導者と同じ奴かよ。

なんなんだろうなこのアウフって娘、本人は5階の湯には入っていないらしく副隊長さんのデータから読み取った情報から、公爵家の3女ということ以外何もわからない。

2階層の湯くらいには入ってきているかもしれないが、あそこは連日人が多すぎて、とても入る人を把握するほど見てはいられない。

副隊長さんの護衛で入ってきている貴族の娘のうちの誰かだったのかもしれないが、それも数が多すぎて誰なのかわかるわけがない。


まあいいや、むしろ9階層の見つけにくい温泉を早々と見つけてくれたり、取り出しにくい食料をいつか取り出しやすくしてあげようと考えるのは間違ってたとか気付かせてくれたりと。

ダンジョン側にとってもこの娘はサポート役みたいなものだ、ダンジョンはむしろ攻略されてくれないと困るんだからな。


「マスター、なんかこいつらの食事見てたら、お菓子じゃなくてごはんも食べたくなった、何か出して~」


ふふふ……いくら満腹なんて感じないとはいえ食べ過ぎだよ、どこに消えてるの、たぶんダンジョンの瘴気で作って食べて、普通に瘴気に戻ってるんだろうな。

マスタールームとは脳みその中みたいなものなので、想像したものを何でも出せるし何でも食べられるが、腹にはたまらない、いうなれば感覚のある夢の中で好き放題飲み食いしているようなものだ。


「じゃあ……騎士のみんなは煮込み料理を作っているから、こちらは豚汁でもだそうかな」


「で、どうして食料が無限に取れたらだめなの?」


うーん……文明の発展における基礎研究の細かいつながりなんてどう説明したものか。

細かく説明してもまだ理解できないであろう、園児に対するなんでなんで?の質問に答えるような難しさがあるな……。


「まあ簡単に言えば、ここで食料がいくらでも取れると、地上のみんなはいずれ食料の本来の作り方を忘れるし、俺達の寿命が来てダンジョンが終わると同時に国民は食料の作り方を誰も覚えてなくて滅ぶだろ?」


実際はそこまで徹底的に農業技術が失伝するとは思えないし、滅ぶよりは侵略されて消えるほうが先だろうが、面倒なのでとことん簡略化した状況で説明してやった。


「うーん……あー……たしかに滅ぶかもね、あ、この豚汁ってお汁美味しい」


はい、納得してくれたようでなによりです。

せっかくだから、これを口実に次の段階の教育もしてみよう。


「完成品をポンともらってるだけじゃ、作り方やその手順は忘れていく一方だ、たとえばペタちゃんはその豚汁の作り方はわかるかい?」


「ん?えーと、具材を切って煮込めばそれでいいんでしょ?」


予想通りの舐め腐った回答に俺は不敵に笑い、豚汁を作るための食材と調理器具を大量に取り出してやる。


「じゃあ、実際に作ってみてくれるかな?」


そろそろ、ペタちゃんの味覚はそれなりに出来上がっている、次は料理を通すことでより深く食文化を知っていってもらおう。

どうせ騎士団が温泉にたどり着くまでに2日もあって暇なのだ、その間はお料理教室を開催して時間を潰そう。


「なるほど、実際に料理することで更に食に対する理解を深めるわけね、面白そうだしやってみるわ」


ペタちゃんは基本的にこういう提案をめんどくさがったりはしない。

ダンジョンコアの生活というものは、ダンジョン構築が終わればだいたい常に、暇で暇で暇で暇でヒマなのだ。

面白そうな遊びや学びの機会があれば、だいたいはこうやってどんどん食いついてきて実際にやってみようとしてくれる。


俺が取り出した完成された豚汁を真剣そうな顔で、味や具材を一つ一つを確認するように飲み干すと、ペタちゃんは食材の前に立ち。

だいたいこれでしょ、って食材をばらばらにして、女騎士の煮込み料理の真似をするように、躊躇なく鍋にぶちこんで煮込んでいく。

火などは特に必要がない、水の温度などはマスタールームでは自由自在だからだ。


おいおいおい、食材を前に固まって「どうしたらいいかわかんないよ~マスタ~」とか言われてすぐ助けを求められるかと思ったのに。

一切何の躊躇もなく調理を始めやがったぞ、コイツ?


「たぶんあの味にするには……これと、これね!」


自信たっぷりな顔で、どんどんと調味料も適当なタイミングで盛り込んでいく。

なぜだ?なぜ君はそんな自信たっぷりに、何を根拠に得意げな顔で調理を進めていくことができるんだ?

無垢と無知が成せる怖いもの知らずで向こう見ずな、若者の特権とも言える無謀な直進……おじさんは後ろでみてて不安になるよ。


「よーし!できたわ!豚汁完成よ!」


「早いよ!絶対まだ生煮えだよ!」


「生煮え?」


「……まあこれも勉強だな、食べてみなよ」


そういうと、ペタちゃんは自作の豚汁という名前の汁をすする。

半生の玉ねぎをシャリシャリさせる音を立てた時、ペタちゃんの動きが止まってしまった。


「マスタ~……なにこれぇ」


泣きそうな顔でペタちゃんがそう言う。


「煮込む時間が全然足りてないとそうなるんだよ、あと10分くらいは煮込んで」


そのあとは先程までの自信たっぷりな表情が消えてなくなり、不安そうな顔で煮込んでいる鍋を見つめていた。


「もういいかな、じゃあ食べてみようか」


まあ、制作過程は見てたからだいたい完成したものの味はわかる。

味噌汁は飲ませたことがあるが、味噌という調味料を単品で教えた覚えはない、だからペタちゃんは塩と豆乳を入れて具材を煮込んでいた。

つまりこの鍋は、ただの塩味の豆乳鍋のようなものになっていることだろう。

おそらくは、しょっぱい味と大豆風味の液で、味噌汁の味を再現できると考えたのだと思う。

いや、すごいよ、初見で大豆の味まで理解して、そこまで大きくハズレていない物を作り上げるとは思っていなかった。

これはこれで美味しいじゃないか、と慰めるように言ってあげるつもりで俺は鍋の中の汁を椀によそう。


「……あれ?具材は?」


具材は完全に消えてなくなっていた、豚肉とか人参とかじゃがいもとか色々入っていたはずなのに、どこに行ってしまったんだ?

なんだこれと思って、できたスープをすすると、溶けた鉄を流し込んだかのような異常な熱さが口内を襲ってきた。


「ぶうううっ!!!! なんだこりゃ???」


口の中が燃えて無くなったんじゃないかと思うような常識外の熱さにびっくりしたが、熱さは感じても幸い俺の身体にダメージはないようだ、俺のマスターボディすげえ。


「よく煮込むために、1000度くらいにしてみたんだけど……」


バカを言うな……水は100度以上にはならな……、いや、なるか。

気圧が変われば水温は100度以上にもできる、圧力鍋の理屈だ。

マスタールームは気圧もクソもない謎の環境だから、1000度で煮込もうと思えば1000度でも煮込めるんだな……。

ふざけんなよ、溶鉱炉で豚汁作ってみた、みたいな動画サイトのバカ企画じゃねえんだぞ、全く。


「水は基本的に地上じゃ100度の温度にしかならないの! 次は、細かく手順を説明しながらやるから真似していってね」


「……は~い」


モニターの向こうでは、女騎士達が美味しそうに、完成した煮込みリゾットのようなものを食べていた。

ペタちゃんはムスッとした顔で、そんな女騎士達の様子を眺めていた。

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