ユーザ女王陛下ご乱心
「はあ……。 ストレスで肌が荒れてきた、11階層の湯に早く浸からねば……」
ユーザ陛下が、うんざりとした様子でそうぼやいた。
ダンジョンからコショウが産出しだしたこと自体は、確実に国家に利益をもたらす内容ではあるので、腹が立っているといったタイプのストレスではない。
これまでの、コショウの貿易で商人たちと協定を結んでいた内容を、すべて一から見直す必要や、国が独自にコショウを手に入れるために、この国から航海に出している者たちへの今後の対応。
そういった、政治的な調整に追われることになった毎日に対するストレスである。
言うなれば突然、偶発的にヒット作家や大人気アイドルになってしまった途端に、今までにない大量の仕事が押し寄せてきてストレスになっているような、贅沢なストレスといった感じであろうか。
「コショウの件も、とりあえずは蜂蜜と同じでよい……。 王家が適正価格で、一度全部買い取ると通達しておけ」
陛下はアウフ嬢の進言通り、適正価格で買い取ることを約束することで、市場の値崩れとパニックを抑える事にしていた。
適正価格とは、船の交易で直接買い付ける仕入れ値とほぼ同額だ、これなら単純に仕入れ量が増えただけの話であって、そこまでパニックにはなるまい。
貧民層や冒険者達の羽振りが、今後、少々よくなりすぎるかもしれないが、それは国にとって悪いことになるような話でもないだろう、たぶん。
あのナウサ公爵の令嬢は役に立つ、温泉ダンジョンの9階層を手早く気球で解決した件といい、非凡な才を持った者であることは間違いない。
あの娘は、王族分家の一つであるナウサ公爵家の3女という事だが、長年、肌の病気痕を気にして、社交界の場にも長らく現れる事はなかった娘だ。
これまでは、そういった者がナウサ公爵家にいる、程度の情報でしか知らなかったような存在であったが、一度会っておく必要があるかもしれない。
「とりあえず、現在のコショウと蜂蜜の生産量予測としては、年間、船1隻分の取引に相当する感じなのか?」
「はい、出てくるサイズは、一度あたりこの程度の量ですので」
そういって部下の1人が、塩コショウの瓶を取り出す。
小さなガラス瓶の上に、プラスチックの蓋が閉まっている外観。
現代日本の食卓の上にぽつんとおいてありそうな、ありきたりのコショウ瓶である。
「現在の飯困らずダンジョンからドロップする一日の産出量から考えますと、多く見積もっても、年間で……、通常交易船1隻分のコショウの取引量と、さほど変わりはないと思われます」
「1隻分か……。現在世界各国からの年間の取引船が、平均して大型船3隻……通常船22隻分程度……。 船1隻分のコショウと、蜂蜜と、ちょっと美味しいふわふわのパンを、我が国が独占販売できるようになっただけでは、そこまで大騒ぎにはならぬよな? ……ならぬよな??」
女王の質問に周りの臣下たちは、なんとも言えない表情で無言になっているだけであった。
女王陛下の言う大騒ぎとは、町中で大喧嘩の発生、などという可愛いものではなく。
「市場を荒らしやがったな、殺す」「そんなにいいものが取れるのか、奪う」
といったような、国家に楯突く内乱者や侵略者が現れはじめるような状況を指す。
ただ、さすがに通常の交易船1隻分の高価な産出品が出る程度では、ダンジョンを奪いに国家に戦争ふっかけるほどの価値はないはずだ。
そう、今の状態だとないはずである。
そんな時、会議室に伝令が入ってきた。
「会議中に失礼いたします陛下! ご報告いたしたいことが!」
ユーザ陛下とその家臣たち一同、だいたい何を言われるのかを理解した上で聞く。
「……なんじゃ、また新しい食材でも出たか?」
「ハッ! さきほど飯困らずダンジョンにて、9階層への新しい道が発見されたとのこと! 9階層は温泉ダンジョンの、ひたすら広い9階層と酷似した作りとのことです!」
それは、いまや冒険者がいっぱいで、時々湧くモンスターの奪いあいになっている状態の、8階層の状況が劇的に改善されることを意味する。
そして、それは同時に、コショウの産出量も予想できないほど大幅に増加するであろうことも意味する。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ユーザ女王陛下が机をぶっ叩いて突然吠えた、周りの家臣や伝令は目を丸くして驚くしかなかった。
「ちょっとずつ! ちょっとずつ増えていくなら! 単純に国益になるから! 嬉しい悲鳴ですむのじゃが!
こんなにいっぺんに、色々と変化を叩き込んでくるでないわ!!!
国政に関わるような状況が、ちょろちょろと数週間おきに! こと細かに変わるのが! どれだけ議会を混乱させると思っておるのか、わかっておるのか!!
ああ!? いいものをジャンジャン出せば嬉しいだろと、至極単純に考えておるだろ!? このダンジョンはっ!!??
ここまでくると、嬉しい悲鳴じゃすまんのじゃ! ただの悲鳴しかでてこんわぁああああああああああ!!!
ああ!もう!!クソクソ!もう知らん! こんな事全部おぬしらに丸投げして、今すぐにでも11階層の湯を目指して、あの若々しい肌を手に入れに行きたい!!」
女王の心からのヤケクソな叫びに、家臣達は、誰も、何も言えなかった。
「うへへへへっへっへっへ9階9階9階! 私の作ったダンジョンも9階になった~~~!!!」
ペタちゃんが、小踊りしながら喜びをあらわにしている。
やはり自分の作ったダンジョンが伸びるというのは、心地がいいものなのだろう。
しかも、今回作った9階層はただの草原ではない、トウモロコシや、じゃがいもや、かぼちゃや、りんごや、麦や米など、自生可能な食材が適当に生えまくってる空間だ。
9階層のモンスターを、ものともしない実力者なら、ここで楽しく暮らすことだってできるだろう。
普通の食材も出したいけど、ドロップ品枠を一般的な食材で埋めるのはもったいないし、批判も出そうだな~と考えているうちに。
じゃあ、ちょっとした食材はダンジョンに自生させればよくね?
という結論に至ったのだ。
いまやこのダンジョンは、飯困らずダンジョンの名に恥じない、最高のお食事ダンジョンと言えるだろう。
俺の温泉ダンジョンの意味がなく広い9階層も、せっかくなので飯困らずダンジョンと同じように、食材を生やしまくっておこうかな、と思ったが、ダンジョンのコンセプトから外れたものを作るとなると、馬鹿みたいに高いポイントがかかってしまうのだ。
極端な例を言えば、炎のダンジョンにマグマ地帯を置くのは10ポイントで設置できても、氷のダンジョンに同じマグマ地帯を設置するのは1000万ポイントかかるような感じだろうか。
温泉ダンジョンにも食材が出てくる地帯を作れないわけではないようだが、赤字になりかねないほどコスパの悪いポイントを使ってまで、食材地帯を設置する必要が現状あるとは思えない。
ポイントが赤字になったとしても、温泉ダンジョンの9階層に、大規模な軍隊が長期滞在できる状況を作る必要がでてきた場合は食材地帯を作ってもいいと思うが、今はまだその時ではない。
「あ~、でも私のダンジョンを10階層まで伸ばすには、まだ結構時間がかかりそうね」
飯困らずダンジョンには、冒険者たちは長期滞在はしてくれるが、基本的に少数精鋭気質だ。
人数を集めてもただ取り分が減ってしまうだけだから、温泉ダンジョンのように数百人規模の人海戦術を取るような冒険者はいない。
また難民が常に大勢住んでいるとはいっても、浅い階層では、いくら人数が多くともポイントの還元率は悪い。
より深い階層に、より強い者が大勢留まって、そして激しく動き、戦ってもらってこそダンジョンポイントは多く手に入るのだ。
「ペタちゃんの食材ダンジョンのコンセプトの場合、国内の冒険者だけじゃどうしても不足するよなぁ……。
国外からも大勢の冒険者が駆けつけて、深層に長期滞在してくれるようになってくれればいいんだけど」
「だいたいの巨大ダンジョンだと、国外の冒険者は、ドロップ品を数割ダンジョン所有国に納める代わりに探索してもいい、みたいな仕組みになってる所が多いみたいね。
世界最大規模のダンジョンのいくつかは、冒険者どころか、色んな国がドロップ品を回収して国に持ち帰らせるために正規軍をダンジョンに派遣してる~みたいな事をしてるって聞いてるわ、詳しくは知らないけど」
「ああ、俺もそれ、女騎士たちの情報を読んでるときに、どこかで見たことあるな……。
うちの温泉を調査してる女騎士たちは、本来はユーザ女王陛下の側近かつ護衛が仕事の、女騎士第2部隊なんだけど。
最強の精鋭である第1部隊は、他国のダンジョン攻略に派遣されてて、国防、国益に関わる貴重なドロップ品を探しているのが主な任務だとかなんとか。
あくまで第2騎士団の騎士の娘から、断片的に読めただけの情報だから、あんまり詳しくは俺もわかんないけど」
「ふふん、つまりその第1部隊とやらが、他所のダンジョンじゃなくて、ウチのダンジョンの探索に乗り換えるほどに、ウチのダンジョンを魅力的にすればいいってわけよね!」
ほほう、ひたすら自分のダンジョンのポイント利益や、ダンジョン階層の増築だけを考える、目先の成長だけを考える初期段階の構想が終わり。
今では、他所のダンジョンへの対抗意識を燃やして、ウチのサービスの方が良いよ!ぜひうちに来て!と、競争を考える段階にまでペタちゃんは成長したようだな。
いいことだ。
「なんかスーパーやコンビニの客取り競争とやってること変わらないよな……ダンジョン経営」
「え? 何? スーパー? コンビニ?」
「なんでもない」
めんどくさい解説が必要になりそうだったので、俺はこの話を打ち切った。
「さて……。しばらく温泉も飯困らずも、やることはなさそうだな、1ヶ月ほど意識を切ってみるか」
「だねー。 ポイントどれだけ貯まるのか楽しみー」
俺達はそうして、1ヶ月後まで時間を飛ばすことにした。