前へ次へ
21/37

飯困らずダンジョンの変化

「ん? なんだか冒険者達が慌ただしいですね?」


11階層から女騎士たちが帰還すると、地上付近にいた冒険者たちの様子がおかしかった。


「あ! 隊長! 11階の調査から戻られたのですか?」


ダンジョンの入口に立っていた見張りの騎士が、そう言ってくる


「ああ、無事温泉は発見できたぞ……。 ひどい階層だったがな。

それより何かあったのか? 冒険者達が色々ざわついているようだが?」


「はい! 飯困らずダンジョンの方で、新しい食べ物が出てくるようになったのです!」


「ほう? あそこは我々が生まれる前から、安い宝石や、私達が普段食べている携帯食そのままのものが出てきたり、乾パンが出てくる程度のダンジョンだったはずだが。

とうとう変化があったのか、多少はマシな食べ物が出るようにでもなったか?」


「それが……。とてつもなく美味しいのです、今まで食べた中でも一番美味しい……あれ? 隊長、その肌、すごいことになっていません?」


「いや、それはいいから、何の食べ物が……」


「それはあとでいいです! 肌を! 少し肌を見せてください! 11階層ですか? これが11階層の湯の効果なんですかあああ??」


「ええい! 何の食べ物が出てきたのか報告せんかっ! 馬鹿者!」








「ふー……。 やっと実装できたな、飯困らずダンジョンに食パン」


「結構時間かかっちゃったわね、私に食欲を発生させるの」


俺は今、マスタールームでパリパリとポテチをかじりながら、コーラを飲み。

ぐうたらしながら、女騎士達の会話をモニターから見ていた。

食欲を発生させようと意気込んで、義務感たっぷりに大量の飯を食うよりも、こうやってぐうたらと食事を楽しんだ方が、ペタちゃんの食欲を発生させることに繋がりやすいと学んだからだ、決してサボっているわけではないぞ。


今では毎日、ペタちゃんも俺の隣で食パンをもそもそと食べている。


「ふーむ、これが食事ってものなのね、少しずつ良さがわかってきたかも、そのマスターが食べてるのも食べてみていい?」


「いいぞ、味が複雑すぎると思うけど」


ペタちゃんがパリパリとポテチをつまみ、変な顔をする。

そして次にコーラを飲んで、ますます変な顔をする。


「なんだろう……。 うん、なんだろうこれ。 口がピリピリしてしゅわしゅわする……。 表現できないわ」


「まあ、おいおい理解してくれ、ポテチはともかく、コーラは多分ここの住民にもまだ早いしな。

次に出してほしいのはこれだから、これの味を覚えてくれるか?」


そう言って俺は、はちみつを取り出す。

情報開示能力で、女騎士や貴族の娘さんが食べている朝ご飯を俺は調べていたのだ。

その中に時々、はちみつが存在していたので、これは問題なく受け入れられるはずだ。


「これを食パンに塗って食べるんだ」


そう言うと、素直にペタちゃんははちみつを食パンに塗ってはむはむと食べる。


「ふーん……。 はー、ああ~、なんか口の中が強烈に妙な味が広がってきて……これいいかも」


「その味はな、甘いっていうんだ」


……どうやら、口の中が甘くなっても、それを甘いと表現できないみたいだ。

甘い、しょっぱい、辛い、苦い、すっぱいといった、基本的な味覚から順番に教えていかないとダメみたいだな、先は長そうだ。


そして、1週間後に飯困らずダンジョンには食パンの他に、はちみつ入りの瓶もドロップするようになった。


そして……。どえらいことになった。









飯困らずダンジョンの低階層は長年、食うにも困る貧民たちが生活する住処と化していた。

1階層と2階層のフロアは、貧民たちに埋めつくされている。


腕に覚えがないと危険な3階層以下のフロアも、幼少期を1階2階で過ごした、毎日が探索の日々だった少年たちにとっては大した問題のない場所である。

そして、そのままダンジョン内で生き延び続け、5階層以下を探索できるような腕前を身につけた者は。

5階層で得た金品を資金に街にでて、冒険者として自分を登録し、依頼をこなして実力をつけていくうちにセパンス王国の一般平民となる。

それを夢見て、飯困らずダンジョン出身の少年たちは、ダンジョンで戦い、そして多くは散っていく。


あの飯困らずダンジョンは、貧民の救済と育成と間引き、そのすべてを自動で同時に行える便利な施設として長年使われてきたのだ。

雨風が防げて、気温が一定で、ダンジョン魔力の明かりもあり、時々食料さえ出てくる、他国にある本当にただの洞窟でしかない貧民窟と比べると、まるで天国のような環境だ。

ろくな実入りがなく、強い冒険者は寄り付かないこのダンジョンが、8階層までのサイズに成長できたのは、そちらの貧民救済施設としての恩恵のほうがはるかに大きかった。

それが、飯困らずダンジョン低階層の役割だったのだ。


そこに突然、王族貴族ですら舌鼓をうつ芳醇な味のやわらかいパンが出現しはじめた。

さらに、これまで究極の甘味として、貴族の特権のように取り扱われてきた食材のはちみつが、1階層にすら時々ドロップアイテムとして出現するようになってしまった。

1階層のモンスターは、ちょっと剣を習った子どもでも対応できる強さなのだ。

セパンス王国では、パンとはちみつを街に売りにきて、服や靴を買っていく子どもたちの姿がちらほら見られるようになった。


低階層に住んでいる住民をすべて追い払って、俺達でドロップ品を独占しよう、と企むあくどい冒険者や貴族が一部現れたりもしたが。

この国に住む、腕のたつ冒険者や兵士のうちの数割は、幼い頃から飯困らずダンジョンで産まれ育った出身者なのだ。

そのような、故郷の平和を乱す企みを見過ごしてくれるはずもなく、悪巧みをした者は逆に自分たちが手痛い反撃を食らうことになった。


結果として、飯困らずダンジョンの低階層は、これまで通り不可侵領域として放置されることになり。

しっかりした装備を整えた、高い腕前を持つ冒険者しか入れない、6~8階層のフロアに大勢の冒険者たちが詰めかけることとなった。


これまで広々とした空間に、1日に1人ほど、他の冒険者とすれ違う程度の人口密度であったはずの飯困らずダンジョンの最深部は。

今ではもう周辺を見渡せば数グループの冒険者が見えるほどに大盛況の状態である。


「おい! こら! それは俺のみつけた獲物だ!」

「やかましい! こっちに向かってきたんだから俺の獲物だ!」

「なんだよ屑宝石じゃねえか! ハズレだ!」


いまや、飯困らずダンジョンの8階層は、そこらじゅうから欲にまみれた怒号が飛び交うほどに活気づいていた。








「うふふふ……。 うふふふふふ~~~~~」


ペタちゃんがすごいニヤニヤした笑いを浮かべている。

自分のダンジョンのポイントが、ガンガン増えてきている事に喜びを隠せないようだ。


「マスターすごい、マスターすごい、マスターすごいいいいい~~うひひひ、うへへへ」


「うーん……。 パンとはちみつだけでここまで騒ぎになるとは思わなかったな」


「ねえねえ! 次は何だそうか? 何を出すのが一番、人間が来るかしら? ねえっ!ねえっ!」


鼻息を荒くしてペタちゃんが次を催促してくる。


「そうだな、冒険者向けに6階層以下でしか出ないものも欲しいからな、ペタちゃんは何を出すのがいいと思う?」


そう質問して、ペタちゃんがどの程度、人間の食と味覚を理解したのかをチェックしてみる。


「大学いもね!!」


……なんか、すごい予想外のものを、めちゃくちゃ自信満々に答えられてしまった。

どこをどう突っついたら大学いもなんて回答がでるんだよ、美味かったのか?


「ホクホクした食べごたえのある甘い芋に、今みんなが熱狂してるはちみつがべったりついてて、とてもおいしい! 絶対ウケる! これはウケるわ!」


あーー…? ああ……。 なるほどなるほど。

芋はたしかに誰にでもウケがいい食材だろうし、世間のはちみつ熱狂の事も考慮に入れている。

一見、荒唐無稽な回答のようで、根拠はしっかりしているな、この短期間の食事学習で出した答えとしては高得点と言えるだろう。

ペタちゃんは常識知らずなだけで、地頭や学習力自体はかなりのものだ。


「腹持ちもいいし、素朴な素材の味に、この国でも受け入れられているはちみつみたいな味か……。 たしかに問題なく受け入れられるだろうな」


「でしょ!?」


ペタちゃんが無い胸をふんぞり返らせて、鼻高々にしている。


「……じゃ。 6階層以下では、塩コショウも出るようにしてくれるかい」


「なんでよ!!!??」


さすがに、人間の味覚や食事をある程度理解できるようになってきても。

食材がもたらす社会的役割や需要まで配慮に入れた回答を、ダンジョンコアが導き出すのは不可能なようである。


「塩コショウって……、焼いたお肉とかに少量かければ済むあの粉でしょ? そんなものいっぱい出してどうするのよ? それで大丈夫なの? わかんない! 全然わかんないわよ!」


と、ペタちゃんが喚いているが仕方ない、保存食のレベルアップは今後の温泉ダンジョンの深部探索にも貢献するのだ。

飯困らずダンジョンの方にも、こちらのダンジョンの探索の役に立ってもらうことにするよ。


前へ次へ目次