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戦略的停滞

「さて……。11階層を作るか」


と宣言した瞬間、ペタちゃんが凄まじい笑顔になった。

ここ最近9階層、10階層と立て続けに増築しているからな、早く大きくなりたいペタちゃんが歓喜するのも無理はない。


「で……でもぉ~。さすがに11階の建設は、結構ポイントギリギリじゃない? 大丈夫?」


期待感たっぷりにもじもじしながらも、ごもっともな忠告はダンジョンコアらしく、一応してきた。

実際、今11階層を作ると、ほとんど残存ポイントはなくなってしまうので、設置ペースが早すぎると思うのは当然のことだろう。


「でも作る」


「へ……へぇ~。 大丈夫なのかしら……?」


ニヤつきが抑えられないような顔をしながらも、ペタちゃんが心配してくれる。


「うん大丈夫、だってこれ作ったあとは2年間ほど増築しないから」


さっきまで、嬉しさが漏れ出してニヤニヤしてたペタちゃんの顔が一瞬で固まり、は? って顔になった。


「ちょ……、ちょちょちょ、待ってよ! なんで!? 2年も!? なんで?」


「まず10階層の湯ってさ、しばらくの間は効果がまったく実感できないんだよ、そんな湯に入るために10階層の最深部まで、毎度毎度人が来るとは思えない。

たとえ何かあるに違いない!という未知の期待感を以てしても、9階層の長ったらしい階段を下りてまで大勢が入りに行こうと思うだろうか? 多分思わないんだよね」


「あー……。 そうなの……。 それで?」


増築の嬉しさに水をぶっかけられたペタちゃんは、思いっきりテンション下がってしまった。

しかし11階層を作るという嬉しさがなくなるわけではないので、大っぴらに癇癪を起こすこともなく、説明を大人しく聞いてくれた。


「そこで11階は素早く作る必要がある、内容はわかり易く大人気の、1、2、6階層の肌艶効果の更なる強化版だ。

これなら11階層を目指すついでに、10階層の効果のわからない湯にも一応入っておくか……。ってなってくれるはずだからな」


「はー……。 最深部にいいお湯がないと人は来ない、だから11階層は急いで作る、それはわかったわ。

でもなんでそれが、そのあと2年間も増築しないって結論になるのよ!?」


よそのダンジョン事情を鑑みると、10年に1階層も伸びれば、十分大したものであるはずなのに。

今のペタちゃんは2年の停滞宣言で、ご不満になられるほどに贅沢になってしまわれたようだ。


「10階層の湯の効果は、覚えてるか?」


「なんだっけ……。 ダンジョン内にいる間の、身体強化経験の底上げ効果とかだったっけ?」


「そう、入ったら強くなる湯、と言うよりは、入ったら得られる経験値がダンジョンにいる間、何倍にも跳ね上がる感じかな。

2年という期間は増築分のポイントを貯めるための期間でもあるけど、探索に来ている騎士たちのレベルアップを待つ期間でもあるんだ」


俺は、情報収集の5階層の湯の効果で、女騎士各自の強さも、だいたい数値レベルで把握することができている。

ダンジョン内のモンスターの強さは、俺が掌握しているモンスターという扱いではあるので強さの程度は、はっきりと見える。


現状の女騎士達とモンスターの強さを見比べたところ、今のままの強さでも、よっぽど運が悪くない限り11階層のモンスターにやられることはないだろうが。

15階層あたりからは当然のように死人が出始めることだろう。

だから、今は暫くの間10階層と11階層を、繰り返し繰り返し、何度も探索してもらってレベルアップに励んでもらわないといけない。


「でもさ、死んだらポイントがいっぱい手に入るわけじゃない?」


ペタちゃんが、悪魔らしさ漂う物騒な意見で物を言う。


「そしたら、誰がそこから先の階層を探索するんだ?」


そういうと、ペタちゃんはきょとんとした顔をした。

そんなこと考えたこともなかった、というような顔だ。


「いいかいペタちゃん、いくら20階層以下まで増築を進めても、そこに入り込めるだけの強さを持つ侵入者が減ってしまえば、そのうちダンジョンは必ず頭打ちになってしまう。

だから俺は、深部まで探索できる強さを持った探索者を時間をかけて大量に育て上げる。

これはいずれ20階層、30階層と深く掘り進めるのには絶対に必要な手順だ」


これは俺も、ダンジョン運営の途中で、女騎士のパラメーターとモンスターのパラメーターを見比べている時に気がついた事である。

この「ダンジョン巨大化ゲーム」の、ゲームシステムを考えると、探索者のレベルアップは絶対に後半必要な要素になってくる。

これを怠って深部への成長を優先し続けると、最後は誰も入れない難易度になってしまい。

最終的には、国家最強の超英雄みたいな奴が数名潜って、すごいお宝を持ち帰り、ワー、キャーと国民から黄色い声援を得る。

ダンジョン最深部はただそれだけの、ほんの一握りの英雄を気持ちよくさせるためだけの舞台装置へと成り果ててしまうことだろう。


「この探索者の育成手順を抜かして、ダンジョン増築にばかり勤しんだら、たとえいくら魅力的な財宝が出るダンジョンであったとしてもだ。

探索者とモンスターの強さが逆転した段階で、ダンジョンの成長は停滞するんじゃないかな?」


「えっ……。 あ……。 あああ! だから! あのダンジョンも、あのダンジョンも……!」


なんかペタちゃんには思い当たるフシがあるらしい。

おそらく超巨大なダンジョンまで成長出来たのはいいが、誰にもその深部の探索が出来ないくらいの難易度になり。

ポイントこそ豊富にあるが、成長が頭打ちになってしまったような超巨大ダンジョンがよそにいくつもあるのだろう。


「つまり、ここで女騎士たちが20階層くらいの深さにまで、誰も死なずに潜れるレベルになるまで放置する期間は必須だ、いいね」


ペタちゃんは、雷に打たれたかのような衝撃のあと、目を丸くした顔でぼーっとしていた。

これまでの彼女は冒険者が死ねば、大きいポイントゲット、やったね!くらいにしか思っていなかった。


しかしよくよく考えれば当たり前の話だ。

深い階層を作っても、誰も探索できないのであれば何の意味もない。


「……というわけで、11階層を作ったあとは2年間くらい放置しまーす」


ペタちゃんはコクコクと無言で頷くしかなかった。

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