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9階層の影響

「ああ~広かった~、幸せ……」


無表情でルームに転がってたペタちゃんの意識が、とろけきった顔になって戻ってきた。


「壁の端からさ~、端まで思いっきり飛ばしても、なかなかたどり着けない広さだなんて……うふ……うふふふ」


「なあペタちゃん、その時に女騎士達に向かって突っ込んでいっただろ? 騎士のみんながびっくりしてたぞ?」


「え? あ……いたわね。 そんなに近寄らなかったつもりなんだけど……なんか私と目があった娘もいたし……人間ってあんなに目が良かったっけ?」


「たぶん、その娘が特別なだけだ……すごい怯えてたぞ、その娘……」


「ん? あれ…? もしかしてまずかった?」


「……どうだろうな? 元々広すぎる時点で敬遠される階層になる気がしたが、そのうえ得体のしれない存在がいるとなると、9階層にはもう近寄らんとこ。 ……ってなる可能性もないわけじゃないな」


「えええええええ? どうしよう、それじゃ困る! もっともっと!も~っと来てくれないとダメ!

目指すは20階層超えの超巨大ダンジョンの仲間入りなのよ!」


「うーん……この国の女王陛下がどういう判断を下すかな~?」


だいたい美容のために大軍を投じるなんて事がイカれているのだ。

理性的な女王であったのなら、このあたりで正規の騎士団による捜索は打ち止めにして、9階層の温泉と地下階段の発見は莫大な賞金でもかけて、どこぞの馬の骨ともしれない、一攫千金を目指す冒険者に丸投げするべきなのである。


……逆に正規軍で捜索を続ける判断を下すようであれば。

おそらく次は、とんでもない数の人員が導入されるだろう。

そんな愚かな女王であれば、短期的にはとてつもないポイントを稼げる気もするんだが、その場合いずれ国自体が傾いて、後々やばくなる気がしなくもない。

うーん……どっちに転んでもあんまり美味しくないなぁ。


「ううう……誰も来なくなったらどうしよ~」


「まあ、そうなったらそうなったで対策はできるからそこまで問題はないけど……」


「マジで!?すごい!やっぱマスター天才!もう大好き!」


そう言ってペタちゃんは俺の背中に抱きついて、グリグリと顔を押し付けてくる。


「うーん……9階ができてから本当懐いたよなぁ……この娘」







セパンス国の女王陛下である、ユーザ・メッシニークィ・センシツは、美容にはうるさいタイプではある。

この温泉ダンジョンにおいて、望みの温泉効用が発見されるたび「わらわを早くそこの温泉まで連れていけ!」と大騒ぎをして、周囲を困らせる程度にはワガママでもある。


しかし、国を傾けてまで温泉ダンジョンの捜索に全力を注がせるほど愚かな女王でもない。

彼女は冷静な状態であれば、どちらかといえば、むしろ有能寄りな女王の部類である。


婿養子の立場である旦那をガッチリ押さえつけて、政は自分で運営しているし。

戦争においても、戦場に直接赴き司令官を務めあげる程度には行動力も武勇も持ち合わせている。

だからこそ、陛下がダンジョン奥に行こうとするのを誰も止められないのだが。


そして、そんなユーザ女王陛下は、9階層の調査報告を聞いた段階で、捜索を消極的にする判断の方に心が傾いていた。


戻ってきた女騎士たちの報告いわく。


副隊長の報告では、左右に分かれ3日かけても外周一周さえできない広大さがあり、温泉の発見のためには捜索隊の実力は少し目を瞑ってでも、数千単位の人員を揃えた人海戦術捜索が、長期間に渡り必要だろうと言う事。


かたや隊長の報告は、本来20階層以下のダンジョンでしか目撃情報のない悪魔を目撃。

こちらに興味がなさそうな感じで立ち去っていったが、もし敵意を持って襲ってこられていた場合、おそらく太刀打ちできないであろうとの事。

陣形を組んで戦える、手練れの軍勢を数多く用意しないと危険なのではないか?

といった報告がなされている。


この2つの情報を総合すると。


・ものすげー大規模な軍勢組んで捜索する必要がありますよ?

・それでもめっちゃ日数かかりますよ?

・なんかヤバそうな奴がいて、運が悪いと騎士団は大損害どころか全滅するかもしれませんよ?

・そんなリスクのある9階層の泉質はまだ不明で、効果はわかりませんよ?

・10階層へ降りる階段は、存在しているのかどうかわかりませんし、出てくるまでの期間は無駄な捜索を強いられ続けますよ?


といったところだろうか。


どう考えても大軍を投入するのは割に合わない。

一度9階層のことはきっぱりと忘れて、8階層まででのやりくりを考えたほうがいい気がする。


「あいわかった……。一度9階層の正規軍による捜索は打ち切ろう。

ただし温泉を見つけたものにはセパンス金貨で200、10階層への階段を見つけたものには300を出す。

そう冒険者共に伝えるがいい」


庶民一人が一生遊んで暮らせる金額がだいたい金貨50程度である。

そう考えるとかなり莫大な賞金に思えるが、万単位規模の大軍を動かすとなると、1日でそんな金は吹き飛ぶのだ。


物量作戦で見つけるとなると、万の軍勢を数百メートルほどの間隔を空け横並びに並べて、数日まっすぐ進むといった、ローラー作戦をするくらいしか思いつかないし。

そんな馬鹿げた予算を使う価値があるのは、国家存亡の危機がかかった大戦争の時くらいだろう、正直いくら金がかかるのか想像すらつかない


むしろ庶民の生涯賃金の、4~6倍程度のはした金で見つかるなら願ったり叶ったりである。

その程度の予算であれば貴族の娘達が募っている温泉ダンジョン探索出資金だけでも事足りる。


「ああ……男は禁止だぞ、賞金も出さん」


と男の冒険者の排除も通達する。



ダンジョンは長時間外部から持ち込んだ物を置いておくと、ダンジョンに吸収されてなくなってしまうのだ。

男湯と女湯を分ける仕切りを建造したところで、一週間もしないうちに仕切りはダンジョンに吸収されなくなってしまう。

男湯と女湯を分けることができないのだ。


つまり女がダンジョンの浴槽を自由気ままに使うためには、男はダンジョンから徹底排除するしかない。


もちろん男たちからも、俺達だって入りてえという不平不満は出ているが、1階層から持ち帰った湯の効能だけでだいたいの男は満足するし。


ツヤツヤぷるぷるした肌の男なんて気持ち悪くて嫌!

ワイルドな男性って素敵!

男のくせにシミや小じわ消したいってなんなの?軟弱ね!


といった風潮を、全力でこの国の女性たちが流しまくっているのである。


要は私達が入りたいんだから、お前らは来るな。

1階層の湯だけで済ませてろ! というだけの事なのだが、実際その意見に賛同する男はさほど珍しくもないし。

7階層の小シワ消えの湯や、8階層の傷消えの湯などは、ワイルドな男の冒険者にとっては、顔から威厳がなくなる、身体に刻まれた勲章が消えちまうじゃねえかと強い拒絶反応を示すものも少なくない。


4階層の、3歳若返る湯だけは少し心惹かれるものもいるが、所詮は3歳である、そこまで大騒ぎする事でもない。


実際問題、自分の顔のシミが消えるより、彼女や嫁や娼婦のお姉さんたちのお肌が綺麗になってくれるほうがありがたいし。

ご自慢のお肌を披露するために、女性側の露出とお誘いが積極的になるほうが男にとっては遥かに有益なのだ。


そんなこんなで温泉ダンジョンからの男の排除は、これまでは特に問題なく機能していた。



しかし、一生遊んで暮らせる賞金が出る探索となると話は別である。


どういうことだよ!説明しろ!と。

連日暴動のような抗議が王宮に寄せられる事となった。


……結果。たった数日で、男には賞金を出さないという条件は撤廃された。


代わりに、騎士団立ち会いのもと、9階層の階段前まで連れて行ってもらい。

9階層の探索以外はしない、という条件の下で男の冒険者でも入場が許可されることとなった。


そして、男も含めた数多くの一攫千金を夢見た冒険者が、ダンジョン9階層に乗り込んだ。




そしてついに!2週間後には!




……みんな諦めてしまった。


広すぎるのだ。

飯困らずダンジョンと違い、食料もすぐ底をついてしまう。

こんなところを虱潰しに捜索するなど正気の沙汰ではない。

ある程度の状況判断が利く冒険者は早々と諦め撤退し、無謀な探索をした者は普通に迷って死んでしまうだけである。


そして1ヶ月もたったころには、2人しか挑戦者はいなくなってしまった。


9階層へ向かう階段の入口で、見張りの騎士がうんざりした感じに座っている。


「はぁ~ヒマだなぁ~、8階層の傷消えの湯って何度も入る意味ないし~」

「それでも、まあ、普通のお風呂としては十分気持ちいいから……」

「6階の潤い湯なら! 何百回でも入りたいんだけどなぁ! ここから離れて入りに行くには遠すぎるしさ!」


挑戦者は数日は戻ってこないし、下手すれば死んで本当に戻ってこないという嫌な待ち時間である。

そして、やっとこさ帰還してきた冒険者からは「見つかりませんでした」という虚無の報告を聞いて「はあそうですか……」ってなるだけの簡単なお仕事です。


「ふざけんな! なんでこんなクソみたいな仕事しなきゃなんないの!?

だいたい今日の二人の挑戦者のうち、男はたった一人でしょ! なんでそいつだけのために、わざわざ見張りを立てて待ってなきゃいけないのよ!?

元はと言えば、賞金欲しくて男も入れろって暴動になったからこうなったんだろ! 責任取って見つけるまで帰ってくんな! 死ね!! 草原で干からびて死ねっ!!!」


「ここを単独で探索する判断をしている時点で、何かしら人生切羽詰まった奴らよ……。 仲間の見張りもなしにどうやって睡眠とる気なのかしら? 絶対死ぬわよ」


「その絶対死ぬ奴らの帰りを私達は待たなきゃいけないの~??

いけないの~~~???? もう帰っていい?」


見張りの騎士達のイライラは頂点に達していた。


「見張りの交代まだー? もうただのお湯でもいいから入りたーい」


そんな事を言っていたら挑戦者の一人が帰ってきた。

なんか生活に困ってそうな見た目をした、幸薄そうな顔の女シーフちゃんである。

このクソ長い階段を駆け上がってきたのだろうか、汗はダラダラ顔は真っ赤、顔は涙と鼻水でグシャグシャとひどいことになっている。


「どうしたのよ……。 あなたさっき降りていったばっかりじゃないの?」


「! まさか報告に上がってたあの悪魔に遭遇した……?」


息も絶え絶えなシーフは頭をふる。


「はあっ……はああ……。ちが……違います。

……見つけたんです。はあっ……。

わた……わたし……見つけたんです……確認お願い……します……。

……ハア……ハア」



「「「!!!」」」


見つけた!? 見つけたの?

マジで?嘘でしょ!

つまり……温泉!! ……新しい温泉に入れるっ!

私達が!最初に!最深部の温泉の効能を確認できる!

「ここの見張り役に回されるとか~ご愁傷さま」とか笑いやがった、同僚のアイツらに自慢してやる!

自慢しまくってやる!ざまあみろ!





そして案内された先の9階層にはたしかにあった。

下りてきた階段の入口の隣に、10階層行きの階段ができているのを……。


「ひいっ……ひいっ……。10階への階段見つけたら、金貨300でしたよね……あああああっ!」


なんか小汚いシーフが、顔をグシャグシャにしてひとり感涙しているけど、温泉じゃねえのかよ!

しかも、誰でも発見できる位置にできた階段を、たまたま一番最初に見つけただけじゃねえか!

ふざけんじゃねえ!


と、怒りに任せて、ナマス切りにしてやりたくなる気持ちを抑えつけることに女騎士達の心はいっぱいいっぱいであった。


なお、女シーフちゃんより数時間先に挑戦していた男冒険者は一週間たっても、戻ってくることはなかった。

きっと干からびて死んだのだろう。


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