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家畜

「ああああああ……広い~広いわ~、私って……! 広い……!!」


ペタちゃんが、9階層の草原を飛び回って悦に浸っていた。


「ふーん……? そんな風にダンジョン内部に入れたんだ」


俺はマスタールームからモニターごしに、9階層を飛び回り堪能するペタちゃんを眺めていた。


このモニターはスマホやタブレットの概念の実体化だけあって、遠くに離れたペタちゃんとも普通に会話ができた。


「まあ、この身体は実体じゃなくて意識のある幻影なんだけどね、私達はあのマスタールームから絶対出られない……というか、あのマスタールームそのものが私達なんだからさ、意識のない私の実体はちゃんとそこにあるでしょ?


あとこんなことめったにやらないわよ、ポイントがもったいないし、私だって40年前に自分の8階層ができた時に一回やったっきりよ」


そうなのか……。

ダンジョン内部をコアが探索する消費ポイント料を確認してみると、1時間5万ポイントとか表示されていた。


「高っ……。まあ……この程度なら別にいいか」


と、よそのダンジョンが聞いたら怒り出しそうな事を言う。


5万ポイントは平均的なサイズ(ペタちゃんが言うには5~6階層程度)に成長しているダンジョンが、一ヶ月かけてようやく稼ぐポイント量なのだ。

1時間、自分のダンジョンを、自分目線で体感するだけのために使うなんて行為普通はやらない。


「ああ……大きいわ……広いわ……素敵……」


うっとりとしながら広い草原を飛び回るペタちゃん。

うんうん、楽しそうで何よりです、お好きに堪能しちゃってください。








「……何でしょうかあれは?」


女騎士の一人が、ホコリのようなものが高速で空を飛んでいる事に気がついた。


蝿か蚊のたぐいかと思ったが明らかに違った、随分遠くの距離で何かが飛び回っている。


あまりにダンジョンが無意味に広いせいで、距離感が掴めず、実体の正しい大きさがまるでわからない、そんなに大きくはない鳥のようなモンスターなのかもしれないが、実は巨大サイズのモンスターの可能性もある。


飛行するタイプのモンスターは厄介だ、長距離からこちらに気づいて全速力で飛んできても、走ってくる獣タイプのモンスターと違い、こちらにたどり着くまでに疲弊してくれているなんて都合のいいこともない。


故に騎士団は、一度足を止め全力で飛行物の警戒にあたる。


「おいニコ、お前目がいいだろ、あれは何だ」


「うう~ん? あれはさすがに遠すぎるのかよく見えませんね隊長……。

でもあの遠さであの速さってずいぶん異様……ん? あれ……こっちに来ま……」


何かが遥か遠くからこちらに向かって飛んできたかと思ったその瞬間、私達の百メートルほど前の場所まで飛行物は接近していた。


私達があわてて武器を構えたときにはすでに、飛んできた何かは反対側に向かって飛び去っていき、あっという間に消えてしまった。


一体あれが何なのかははっきりとはよく見えなかったが、私達より小さい生き物だったように思える、だが問題はそこではない。


速い。


あまりにも速すぎた。


こちらに飛んできたと思った瞬間には、我々のすぐ近くまで飛んできた。

そして反対側に飛び去っていき、見えなくなるまでがほんの一瞬の出来事。


仮にあれがこのあたりのモンスターと同じ程度の戦闘力、という甘い見立てをしても。

あの速度を維持したままこちらに襲いかかってこられたならば、勝つことはできそうにもない、それほどあまりに異様な速度。


あの目にも止まらない速度で、なすすべなく首を切られていく自分たちの姿を想像してしまい、背筋がゾッとする。


「……ニコ。……やつの姿、見えたか?  おい?……ニコ?」


騎士団で一番目がいい娘である、ニコが真っ青な顔になっている。


「おい……どうした!? ニコ!?」


彼女は震えながら答える。


「あ……あれは……。あれは少女のような姿をした……羽の生えた、悪魔……でした」


悪魔だと!?

騎士団全体に緊張が走る。


人型の悪魔がダンジョンに出るというのはおかしなことではない、目撃例は世界中でいくつか存在する。


問題はその目撃情報のほとんどが、20階層を超える世界最大規模クラスの、巨大ダンジョンの最深部付近で。

という条件付きではあることだが。


我々は女騎士の中でも精鋭部隊ではあるが、本来は王女様や大貴族のご令嬢の警護などが主な任務なのだ、さすがに20階層ものダンジョンの探索経験を持ち合わせているような、ダンジョン探索の専門家は誰もいない。


あれが仮にこの階層のボスなのだとすれば、二手に分かれた15人の女騎士部隊で戦うのはかなり心もとない。

これは……広場のサイズ把握を一度中断して退却し、大部隊を編成し直すべきなのではないだろうか?








隊長が退却の決断を思考している中。

ニコはその目ではっきりと見た悪魔の顔を思い出していた。


……アレと私は目があった。


アレの目からは、私達への敵意は感じなかった……いや……むしろ。

()()()()()()()で私達を見ていた。


「ああ……そうか……。ダンジョンってそういうことなのか」


広々と広大な牧草地のある家畜農場で、生まれ育ったニコは思い出す。


アレは、お父さんやお母さんと、同じ目をしていたんだ……。

お父さんとお母さんが世話をしていた、家畜の牛や鶏を見ていた時と、同じ目を……。


そう……。両親は、牛や鶏をとても大切に育て大事に世話をし、とても優しい目で見ていた。


絶対的な搾取側が与える、いずれ必ず食い殺す未来を前提とした、敵意などない、やさしい慈しみの目。


つまりアレにとって私達は敵などではなく。

いつかアレに食べられるために、大事に誘い込まれ飼われている存在に過ぎないのだ。




私達は家畜なんだ……。


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