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9階層

9階層への階段を発見したという報告を受けた女騎士団は、早速ダンジョン捜索担当の女騎士30名を招集し、目的地へと向かった。


精鋭部隊である彼女たちは、もう何十回潜ったかしれないダンジョンを進み。

途中、休憩で5階層と6階層の湯もしっかり堪能し。

その後、9階層へと続く階段まで難なくたどり着き、階段を下り始める。


……。


…………。


……………。


………………………………………。


………………………………………………………………………………。


………長い。


いったいどれほどの距離を下りたのだろうか?

あとからこれを登って帰るのか……。

と思うと、とても憂鬱な気分になる。


彼女たちは重たい鎧と武器で武装している上、一週間分近い食事や水なども携帯しているのだ、登る時のしんどさは下りの比ではない。


たとえ鍛え抜かれた軍人であろうと、フルプレート装備で大量の食事と水の詰まったリュックを背負い、東京タワーの階段徒歩コースを登頂してみよう。

と言われたら誰だって嫌だろう。


せめて帰りの時を忘れさせてくれるくらいに、素晴らしい温泉が湧いていて欲しい……。

そんな希望を胸に、女騎士達は9階層にたどり着く。


……………。











広い。










アホみたいに広い……。


女騎士達はちょっとだけ懐かしい気持ちになった。

この作り……。我が国固有のダンジョンである、飯困らずダンジョンの8階層の作りに、かなり似ているのである。


この国の一級騎士として認定されるための試験の一つに、飯困らずダンジョンの8階層に、一人で一週間滞在する試練があるのだ。

ここに来ている30名の女騎士は全員その経験がある。


ただ……。あの飯困らずダンジョンとは明らかに違うことは誰もが感じた。

広さが明らかに違いすぎる。

あのダンジョンは天井が見えないほどに高いなんてことはなかったし、むこう岸の壁が見えない点は同じではあるが、天井がないせいか、あれとは全く別格の広さがありそうな雰囲気を感じるのだ。


「いかがいたします?隊長」


「……まず、飯困らずダンジョン8階層と同様の探索法で回る」


「壁伝いに一周して、まずはサイズの確認ですね」


「ただし、この階層の敵の強さを、入口付近でしばらく確認した後に行う。

半数は8階層以下のダンジョンの経験がなかろう。

私とて、国外のダンジョンで10階層以下を経験したのは数回程度だ。

……あれらのダンジョンと同じ程度のモンスターなら問題はないはずだが、念の為だ」


ちょうど遠くから豆粒のようなものが、何体かこちらに走ってきているのが見える。

おそらく敵なのだろう、遠すぎてなんの生き物なのかはわからない。


「フサフサした顔のヤマネコみたいな生き物がこっちに走って来ますね。

あともっと遠くから鹿みたいなのと、イノシシ風の生き物が……」


「あんなものが見えるのか?……相変わらず目がいいな、ニコは」


「あれって……強さの確認になります? 隊長」


「……ならないかもしれないな」


侵入者を見かけると問答無用で襲ってくる。

それがダンジョンのモンスターの本能だ。

このように広いダンジョンだとはるか遠くから索敵され、モンスターはいきり立って全力で襲いかかってくる。

そう……全力で襲いかかってくる。


全力疾走してきたモンスターは、身体が鱗に覆われた小型のライオンのような怪物だった。

ただ騎士たちのもとにたどり着く頃にはすっかり疲弊しきっており、走る速度もすでにヨタヨタ状態である。


「懐かしいですね……隊長」


「ああ……あの間抜けなダンジョンでも何度も見た光景だ」


そういいながら二人の騎士が剣を抜き、息のあった連携で二手に分かれ、左右同時にモンスターに斬りかかる。

すでに疲労困憊のモンスターはなすすべもなく、そのまま切り捨てられた。


「どうだ?」


「8階層よりは硬い身体ですね、ですが何も問題ないレベルかと思います」


遅れてやってきた残り数匹のモンスターも事なく片付けると、切りつけた時の感触を元に隊長が評価を下す。


「ふむ……走る速度や体力から見ても、敵の体力が万全であっても我々にとってはさほどの脅威ではないと判断する。

5階層のボスのようなイレギュラーがいたとしてもまだ十分に対処できる範囲だ。


まず二手に分かれ、この階層を壁伝いに一周する。

ぐるりと回りお互いが合流したのち距離を歩数で報告。

壁に横穴を発見した場合は、内部に温泉が即、目視できるといった場合を除き、何歩目の位置に洞窟があったのかをメモをするだけで、中は決して探索せず今回は無視しろ。

まずはこの大広間のサイズを確認することだ」


「「「ハッ!」」」


「それでは片方のチームは、私ヴィヒタが指揮いたします、ご武運を」


ヴィヒタと名乗る副隊長が半分の騎士を引き連れて二手に分かれようとしたその時、隊長が声を上げる。


「………待て!」


「? なんでしょう……隊長」


「一つ付け加える……3日分の食料を使っても合流に至らない場合は、その瞬間に退却の判断をせよ」


「………まさか?」


ヴィヒタ副隊長は考える。

たしか、飯困らずダンジョンの8階層でも、ぐるりと一周するのにかかる時間は、だいたい休憩と就寝を挟んで丸一日くらいはかかります。

たしかにあそこよりは格段に広そうではありますけど、二手に分かれ3日分の食料を使っても合流に至れない広さなど悪夢でしかありません。





そして結論から言えば、3日後に私達は、退却を余儀なくされました。


3日歩き続けても何の変化もありません。

反対側から向かってくるはずの隊長とも、合流できそうにありません。

ただただ広く……目印も何も無いのです。

この階層は無限に広がっているのでは? という錯覚におちいりそうになって、心が折れそうです……。


「……無理です。

ここの探索に必要なものは強さなんかじゃありません……。

人数です……膨大な人数と物資が必要です」



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