こんぺいとう
「いらっしゃい」
パステルカラーのこんぺいとう。金や銀の紙に包まれたチョコレイト。透明なフィルムの中でビィ玉のようにキラキラと光る飴玉。カラフルな屋台に、先程奇抜だと思っていた燕尾服の青年は至極馴染んでいた。
「綺麗。まるで宝石の山だ。」
まるで、先程の揉め事など無かったかのように、ウミカゲは楽しそうに笑う。僕はといえば、青年に赤獅子と呼ばれていた男の存在が気になっていた。
「ねえ。さっき、赤獅子は災いの根源、だとか言っていたでしょう?あれって、どういう事なんですか。」
「…言葉の通りです。あれは、名を持ちます。名を持つ者がこの世界で忌み嫌われるのは、ご存じでしょう。それだけではない。あれは、名の無き私達を苦しめる、全ての災いの発端なのです。」
そろそろ、意味が分からないとは言っていられない。分からなくても、一から考えなくてはならない時だ。まず、彼の話からして、此処は名の無い者たちの世界だと仮定する。そうすると、名を持つ者は外部からやってきた存在。それは忌み嫌われる。名の無い者たちは、この小さな箱庭を愛している。愛している、と言っては過言だろうか。ただ、この箱庭の秩序を乱したくないのかもしれない。彼は赤獅子を災いの発端と言った。外部から人が入って来られるようになった原因、という事だろうか?まだ情報が少ない。…そして、この世界で唯一、名を持ちながら嫌われない僕は、一体何だ…?
「うわっ!トウヤ、見て!お兄さん、瓶に光を入れたよ。」
小さな頭でうんと考えていると、ウミカゲがこんぺいとうの屋台の青年の、手元を指さした。彼の手に握られ、しっかりと蓋をされた瓶の中には、眩い金色の光が転がっている。
「星の光です。こんぺいとうの材料。」
その言葉を疑問に思えば、すっかり自分の関心は赤獅子から瓶の中へと移されてしまった。瓶の中で踊り、流水柄のようにうねる光に目を奪われる。
「こんぺいとうは、砂糖で作るんでは無いのですか。」
「さあ。私はこのように、あの夜に点々と滲む光を摘みます。」
青年が指差す先の夜空を見上げた。煌びやかな祭りの明かりに霞んではいるものの、確かにぽつぽつと星が見える。
「夜空は穴の空いた黒いカーテン。その先は黄金に満ちていて、それが穴から漏れ出しますね。それを、星と呼びますでしょう。その星の漏れた光を掬って、瓶に入れ、転がすのです。」
「変だよ。だってあれは穴なんかじゃないもの。」
その時、無垢なまでのウミカゲの言葉が、非常識的空間を打ち破った。
「タイキケンってのを越えた、その先には宇宙があってね、月やあの星や、それから僕らを乗せた地球とかが浮かんでるのさ。」
その話は僕も聞き覚えがあって、こんぺいとうの屋台の青年の話より余程現実味がある。しかし、お兄さんは焦りもしなければ悪びれた様子も無く、さも自分の意見はまだ正しいと言いたげに此方を見つめていた。
「それで。貴方はそれを、その目で見たのですか。」
「まあ、なんて事を言うんだ。僕は見た事無いけれど、沢山の大人がそれを見てきたんだよ。」
「貴方は見た事が無いのでしょう。そうして、大人の言う事を鵜呑みにするのです。太陽の大きさ、地球から遥か遠くの星までの距離。貴方は大人が算出したその数字を、疑いもせず覚えるのです。」
「……お兄さん、友達少ないでしょう。」
「こらウミカゲ、なんて失礼な事を!」
青年の発言は屁理屈と呼べるもので、ウミカゲの言う通り生き辛い人なのだろうとは感じた。しかし、だからと言ってそんな失礼な事を言って良いわけは無く、遅かったものの慌ててウミカゲの口を塞ぐ。
「良いのです。正しい事は正しいと仰いなさい。私は独りです。群れの中にいたって、独りなのです。神さまはそう仰いました。寂しい。寂しい自分が愚かで恥ずかしい。」
唄うように語りながら、こんぺいとうの屋台の青年がころころと瓶の中の光を転がすと、それはいつしか幾つかの白いこんぺいとうの粒となっていた。瓶の蓋を取り、こんぺいとうの乗った皿へそれを注ぎ足す。
「何だか、お兄さん可哀想になってきた。ごめんよ。僕ら、友達になろうじゃないか。」
そんなこんぺいとうの屋台の青年の姿を見て、反省した様子でウミカゲが謝ると、屋台の青年は桃色の髪を揺らして優しく微笑んだ。
「良いのですよ。そうして私を、神を受け入れなさい。そうしてずっと、私達は共にあるのです。…ねえ、トウヤ……。」
その優しい笑みが、優しい言葉が、僕には不気味に感じる。反射的に一歩後ずさって、引き攣った笑みを返すとウミカゲの手を引いた。
「ぼ、僕らもう、行かなくちゃ。ねえ、ウミカゲ。赤獅子の所へ行ってみよう。彼、何か知っているようだった。怖いものから逃げているばかりじゃ駄目だと思う。僕は、怖いけれど…彼と、話がしたいんだ。」
その言葉にウミカゲは驚いた顔をし、こんぺいとうの屋台の青年は怖い顔をしている。その沈黙に、向かいの屋台へ足を踏み出そうにも、踏み出しにくい状況だ。しかし、そんな沈黙を打ち破り僕を後押ししてくれたのは、ウミカゲの執着だった。
「いいよ。僕はトウヤがそうしたいなら、何処へだって着いていくさ。」
優しい微笑みと伝わる愛情とは裏腹に、ねっとりとこびり付くような恐怖は、砂浜に寄せては引く波にどこか似ている。僕は青年の視線を振り切り、黒い蠢きの中へ進んで行った。