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階段を下りる

歪んだ提灯は、もう僕らの行く道を照らすには心もとない。行きとは違い、随分進みづらい道を、二人慎重に歩いた。しっかりと手を繋いでいるのに、ふいに彼女もいなくなって一人になってしまうのではと不安になって、時折彼女を横目に見る。するとその視線に気付いたのか、キツネ面越しに目を細め、彼女はそっと笑った。

「なあに?」

「…いや。……そういえば、君の瞳、しっかりと見えているよ。面を取ったらどうだい?」

「……ねえ。自分に起こる変化って、やっぱり自分が引き起こすものだと思わない?」

「…え?」

投げかけた問いへの返答とはとても言い難い彼女の言葉に、思わずぽかんと口が空いてしまう。改めて何と返して良いか分からず、僕は黙り込んでしまった。

「貴方もそうでしょう?勿論、ミカゲくんの想いあってのこの世界だったけれど、この世界を創りだしたのも、貴方が子供に戻ったのも、貴方が発端だったと思うの。」

確かに、僕が死のうとした事で、この世界は形を成し、祭りが始まった。

「……そういう事なのよ。きっと私、怖かったんだわ。もし貴方が私の顔を見ても、私の事を思い出せなかったら。…予防線を張っていたのね。この顔を消したのは私。…結果的に、消しておいて良かったのだけれど。」

「…そう。」

こん、こん、こん、と、階段を下りる音だけが、暗闇に響く。この息苦しさは、帰る場所に近付いているからか、それともこの沈黙からか。いずれにしろ、僕から何か話さなければならないと思い、口を開く。

「…でも、もう原因も分かった事だし、見せてくれても…良いんじゃないのかい?」

「ふふ、駄目よ。」

「どうして?」

「貴方をこっちの世界に執着させる為。私の愛って重いかしら?」

「…成る程。いいや、丁度良いよ。」

「うふふ。安心して、私ったら相変わらず美人なのよ。…会いに来て、くれるでしょう?」

彼女が少しだけ、歩みを止めた。僕も立ち止まり、振り返って微笑む。

「勿論だ。僕、また戻ってくるよ。もう、僕をこれほどに責める者は、いないから。

…僕は、海が怖かったんだ。溺れたからじゃない。海が僕を責めるよう感じたからだ。神社も怖かった。特に拝殿裏。あそこは僕のした悪い事を全部知ってる。僕はあの町にいるのが怖かった。僕の過去の罪に深く関わり過ぎる、あの町が。」

下から生温かい風が吹き上げた。彼女と一層手をしっかりと繋ぎ、その場に踏ん張る。先程優しいと思った風が、今は少しだけ不気味だ。

「………ふう。…でも、結局は僕、独りだったんだなあって。もう僕も、自分で自分の人生を進まなくちゃあいけないんだよ。僕の愛する僕の為に、僕の人生を、僕が選ばなくてはいけないんだ。」

静かになった階段を、再び下り始める。

「…そうね。人は誰しも一人と言うもの。…でもね、そんな誰かの人生に、他の誰かが寄り添って歩く事は、出来ると思うの。家族、恋人、友達。生きてる人、死んでしまった人。すると不思議ね、その人の人生って、その人だけのものでは無くなるのよ。…貴方の命には、沢山の人が寄り添っているように見えるわ。」

「……愛って、鬱陶しかったけど、今は何と無く…嬉しいな。」

 こぽ、こぽこぽ。

「っ、何、苦し……」

いつこの階段を降り切るのかなんて、分からなかった。でも、急に海の中のように息が出来なくなる。隣を見れば、彼女は平然と歩みを進めていた。

「頑張って、トウヤ。帰るのよ。そして、会いに来て。」

苦しい。どんどん息が出来なくなってくる。それでも、前に進む。帰らなくては。もう、振りかえる事は出来ない。

突然、彼女の手が離れて、僕は真っ白い光に包まれた。

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