ヨシカゲヤシロの手紙
トウヤへ
僕が毎日会える君に何故こうして手紙を書いたのかといえば、君に残るものを持っていて欲しかったからだ。僕はあと、もう数日ほどで、トウヤとは会えなくなってしまう。病院に入院するんだ。それから多分、もう帰っては来れない。だからこの手紙、無くしちゃあ駄目だよ。
こんな事、きっと言ってはいけないことなんだろうけど、君に話すだけだから良いかな。テレビなんかで、自殺をした人のニュースをよく見るけど、僕にはあの人たちがうらやましいんだ。
僕は、死ぬってことはもう何にも無くなってしまうことだと思う。きっと僕、僕のお墓にそえられた花が何色か知ることも無ければ、僕のために泣いてくださるお母さんやお父さんの顔を見ることも無いんだ。お墓参りだって、みんなお墓に向かって手を合わせて、想いを伝えようとしているけれど、僕には何を伝えたいのかなんて分かることは無いんだ。僕はそれが、とても怖い。だから、命を持て余してることがうらやましいんじゃない。何にも無くなることが怖くないのが、とてもうらやましいんだ。
トウヤは、神さまって信じる?神さまって、どんな方だと思う?最近僕は思うんだ。神さまには、特別な力なんて無いんじゃあないかなって。だって僕の病気は治らないんだもの。沢山の善良な命が失われることもあれば、一人の悪人が生き延びる日がある。僕の命が善良とは言い切れない。けれど、生物の生き死には、きっと抗いようのないものなんだ。
テレビでスーツを着た、太ったおじさんが言ってたの。「人には何か役目がある。それを終えた時、死はやってくる。」僕には何か出来たのかな。僕より前に死んでいった皆、何か役目を持ってて、それを果たせたのかな。もしかしたら僕は、役目すらもらえなかった人間なのかもしれない。
でもね、僕神さまがいないなんて思った事はないよ。だって凄いと思わないかい?地球って一つの星に、僕ら沢山の人が暮らしてる。宇宙には空気が無いらしい。その広い真っ暗闇に、星が沢山浮いてるっていうじゃあないか。夜にキラキラ光っているのがそうなんだろう?僕はお母さんのおなかから生まれてきた。じゃあ宇宙は、星は、何から生まれてきたんだろう?それを全部、神さまが創ったのだとしたら。神さまが死ぬ日、全て終わるのかな。
話がそれてしまってごめん。本当はもっと話したいんだ。くだらないことも、むずかしいことも。でも、僕が僕である時間は、もうとても少ないんだ。生まれ変わりなんかを信じているわけじゃあないよ。でも、僕は死ぬってことに、心が消されてしまうよう思う。だって、もし僕が誰かの生まれ変わりだったとしても、僕は前世の僕の悲しみも、願いも受け継ぐことは出来ていないし、そうだとしたら、生まれ変わることが出来たとしても、僕の想いを受け継いでくれる僕はいないんだもの。だから僕は、僕として生きられるうちに、楽しいことがしたい。少しでも、ああ、もう死んでもいいやって思えるくらい、楽しいこと。明日の夜、近くの神社でお祭りがあるのは知ってるかい?僕は、トウヤとお祭りに行きたいんだ。お父さんもお母さんも、是非行っておいで、と言ってくれた。
それから、僕はその夜、君に謝りたいことがあるんだ。君を嫌ってやったことじゃないんだ。僕はトウヤが大好きだもの。大好きだから、謝りたいんだ。大好きだから、留めておけないよね。僕もトウヤも、前に進まなくちゃあいけないもんね。だから、お願い。ほんの一、ニ時間で良いんだ。僕とお祭りに行ってください。
神社の入り口の、大きな赤鳥居の下で君を待つよ。