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チョコバナナ

チョコバナナの屋台の青年は、銀色のふわふわの髪を、作りたての綿あめのように揺らして笑っている。

「神…さま?」

「皆さん、あまり気にしていないというか、聞いていないようでしたが。」

「神なんて、とってもありがたいものでも無いんですヨ。私達の創造主であり、私達と同じ様なモノでもあル。さあさあ、そんな事より、チョコバナナはいかがでしょウ。甘く蕩けるチョコレイト。脳まで酩酊、ユメゴコチ。時には甘えて良いですヨ、だってこのヨは君のもノ。我慢ばかりじゃいつかは爆ぜル。ねえ、あと3本なんだヨ、トウヤとそっちの青いのと、私で終わリ!窮屈は嫌いなんでス、早く救いだしテ。」

彼の話を理解しきれずにいたが、それより先に次いで彼が可笑しな事を言うものだから、謎は謎のまま頭の片隅へ放られてしまった。

「色々と突っ込みたい所だけど、ううん、どうしたものか。」

「僕、チョコバナナ食べたいと思っていたんだ。ねえ、買ってしまおうよ、トウヤ。今買わないと、きっと売り切れてしまうよ。若しくは、このお兄さんが全部食べてしまうんだ。」

チョコバナナの屋台の青年は、肯定するように頷いて笑っている。仕方ない、と懐を無意識に探ったところで、ハッとした。僕は、お金なんて持っているのだろうか。しかし懐に突っ込んだ手は、意外にも何か紙切れを握って出てきた。

「千円札だ…。」

「僕もその位お小遣いを貰ったよ。千円あれば、充分楽しめる。」

「1本150円だヨ。」

「随分安いなあ。本当だ。これなら、充分楽しめそうだ。」

チョコバナナの屋台の青年に千円を渡した。しかし渡す間際、何か違和感を覚える。

「…?ねえ、千円札って、まだこのおじさんだったっけ。」

「ええっ?何を言っているんだい、トウヤ。ずうっとこのおじさんじゃない。」

「夏目漱石、ネ。」

彼はキツネのように笑って此方へ千円札を広げて見せると、木箱にしまって代わりに850円を僕に手渡した。

この違和感は何だろう。僕だけ、ボタンを一つ掛け間違えているような違和感。僕が、間違っているのだろうか。

「ああ、トウヤ。小銭を何処にしまう気?握っているわけにもいかないだろう。これで良ければお使いよ。」

手のひらに散らばる小銭を眺めていたら、ウミカゲが小さな缶の入れ物を僕にくれた。ところどころ錆ついていて、どこか懐かしい気持ちになる。

「…ありがとう。」

「はい、二人とも、チョコバナナだヨ。ああ、終わった、終わっタ。これにて、閉店!」

そう、チョコバナナの屋台の青年は2本のチョコバナナを僕らへ、最後の1本であったチョコバナナを口に咥え、”そうるどあうと”と書かれた紙をぺたりと店頭に貼り付ける。

「…これで私はもう、”チョコバナナの屋台の青年”じゃあないヨ。ふふ、実は私、独立する為に名前を拾ったんダ。多分生き物じゃあ無いから、大丈夫だと思ウ。と、言う訳で、これから私の名前はキジコ。また会ったら、キジコと呼んデ。」

その言葉も到底理解できるものではなく、頭に疑問符を浮かべながらもただ僕は、彼を今後キジコと呼ぶ事だけは覚えておこうと思った。

そして彼が去っていくのを眺めながら、小銭を缶へ入れていく。

 からん、からん

缶の中へ軽い金属が落ちる音。僕はそれに、至極懐かしい気持ちになった。それからその音に何となく恐怖を感じて、それを紛らわすように蓋を閉じた。

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