終わらない祭り
拝殿へ戻ると、廃墟のように廃れた拝殿前にて、ミカゲ、赤獅子、イチノセヒロコが僕を待っていた。
「トウヤ!」
ミカゲが僕の腰に抱きつく。それが彼の永遠をありありと感じさせた。彼は永遠に、子供のままなのだ。
「…トウヤくん、もう、全部終わったの…?」
「……その筈…、なんだけれど。」
振り返っても、参道には誰もいない。確かに祭りは終わったのに、この夜は明ける気配も無かった。
「…僕だけじゃない。」
「え?」
「この世界を創る事に携わった人間が、いる筈なんだ。僕はもう、こんな世界早く消してしまいたいんだ。僕の決意が揺らぐ前に。それでもこの世界が消えてくれようとしないのは、やっぱり誰かが…、この祭りを終わらせたくない誰かが、この世界の崩壊を喰い止めているのだと思う。」
この夜を渇望した人。そうして口に出してしまえば、それが誰かは明確だった。
「…ねえ、ミカゲ。やっぱり僕も、君と一緒に帰るよ。だから、だからこの世界は…」
「いやだ。」
突然、提灯が一層強く辺りを照らし、ごうごうという地響きと共に参道脇に歪な屋台が立ち並んでいく。
「ミカゲ!これは…!」
「まだ、終わらないよ。お祭りは…終わらない。僕が望めば、このお祭りはいつまでだって続く。…僕はこの日を楽しみにしていたんだ、もう何年も…。」
ミカゲの瞳の色が濁って、僕は間違いに気付いてしまった。ここに彼を止まらせたのは僕ではない。僕と交わした約束なのだ。彼の魂は約束だけを胸に抱え、ずっと僕を待っていた。他の何が削げ落ちても、その約束だけは落とすまいと。
「ミカゲ、もうあの日は、ずっと前に…」
「聞きたくない!トウヤはずっと、僕とここにいればいいんだ!」
どう、どう、どう
どっと屋台が膨れ上がって、客のいない参道で祭りの盛り上がりを体現している。提灯が揺れて、空から紙吹雪が散った。
「ここは楽しいだろう?辛い所に無理して帰る事はないよ。何も無い所に行く事もないよ。僕と一緒にずっとここにいたら良いんだ。君が屋台という檻に感情を一つずつ閉じ込めるなら、僕はこの夜という檻に君を閉じ込めよう。」
彼はもう彼では無い。約束に囚われた思念だ。僕はどうしたら良いんだ。彼を、この約束から解き放つ言葉は。
「ヤシロくん!」
緊迫した空気を打ち破ったのは、イチノセヒロコの透き通った声だった。
「…ヤシロくん、トウヤくんに謝りたい事があったんだよね?」
いっぱいに膨れ上がった屋台が、ミカゲの精神状態でも表すように傾き始める。
「……ごめんね、貴方のお手紙、読んでしまったの。」
「あ…あ……それ、は……」
「…トウヤくん。」
ヒロコさんの手には、水色の封筒が握られていた。僕に差し出されたそれは、”トウヤへ”と書かれている。そうだ、これはミカゲが僕に、あの前日にくれた手紙だ。
僕はその手紙を今一度開いて、彼の想いを思い出すことにした。