さよなら、こんぺいとう
すっかり道草を食ってしまったと、僕は真っ直ぐにこんぺいとうの屋台へ向かった。そこは相変わらず煌びやかなのに、青年だけが暗い面持ちでその屋台に違和感を醸し出している。
「そんな顔、しないで。迎えに来たんだ。」
屈みこんで、座る彼より少し低い位置から、顔を覗き込むように話しかけた。屋台の青年は視界に僕が映ると、はっと顔を上げる。
「トウヤ…。」
「君はずっと、寂しかったんだろうね。」
「…そんな私が、貴方は嫌いだったのでしょう。」
自嘲気味に笑う彼の言葉を否定しきれず、口を噤んだ。それを図星と取った彼は、足を組んでその上に腕を置き、ゆっくりと頬杖をつく。
「良いのですよ。貴方は私が殺したい程憎いでしょう。それでも私は、貴方から離れられない。岩にこびり付いた苔のように、はたまた野晒しにされた金属片の錆のように、一際存在感を放って、貴方に付いて回るでしょう。」
その時、この屋台の、彼の放つ違和感の正体がはっきりと分かった。それは、この煌びやかな檻に悲しい生き物が閉じこもっているからではない。この華やかな檻にどす黒く醜い生き物が住みついているからだ。
「…君は、僕の孤独だろう。ただ、孤独を作りだしたのも君だ。…神さまの、僕の自我の中でも、醜く凝り固まった意地や、見栄っ張りだ。」
「……分かった所で、貴方には選択肢など無いでしょう。貴方は私を受け入れるしかない。許すしかない。あの男には私を殺せない。
…可哀想ですね。私がいつまでも、傍にいて差し上げましょう。」
低く笑うその声さえも、僕を挑発しているように思う。もう僕が、彼を拒めない事を知っているのだ。
「そうだね。君を受け入れるよ。僕は君を許す。僕へ帰っておいで。」
立ち上がり腕を広げると、青年が華やかな檻を離れ、僕に近付く。受け入れるしかない僕に蔦のように絡みつく腕をそのままに、僕も彼に腕を回した。
「一緒に死ぬんだ。」
そして近距離で、毒となる言葉を打ち込む。ひゅっと息を吸う音が聞こえたと思ったその途端、青年も屋台も一瞬にして姿を消した。ただ、都会の地面に張り付いたガムのような嫌な感情が、僕の心にこびり付いている。それはさっきやって来たようで、ずっと前から居座っているようにも感じた。
地面に目を向けると、キラキラと光るものがある。屈みこんでよく見てみると、それは白いこんぺいとうだった。作り立てだったのだろうか。未だ自ら発光するそれは、星だった頃の記憶を宿しているようだ。
「…なんて、僕も大概だなあ。」
夜空を見上げればまだぽつりぽつりと星が瞬いていて、そのそれぞれの距離がとても寂しい。金魚すくいの屋台の青年のように、こんぺいとうを持ち上げて天に差し伸べたのだけれど、彼らはもう夜空へは帰る事が出来ないようだった。
「なあ、本当に夜空が大きな黒いカーテンなら、もっと穴を開けようじゃないか。この夜は、…都会の夜は、なんて寂しいんだろうか。」
手の平のこんぺいとうが砕けて、さらさらと地へ落ちて行く。星は光れど、僕は一人だ。この小さな世界で、僕は一人なのだ。星空は無数の個体の集まりでは無い。無数の空虚の集まりなのだと、そう思っていたのは僕なのかもしれない。