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穴を掘る男

次に向かうのは、こんぺいとうの屋台。そう振り向いた僕の視界が、黒い影を捉えた。

「…皆、もう帰ったのに。」

よく見ればその黒い影は黒衣の客人で、参道を外れた藪の方で何やらごそごそと動いている。

「……ねえ、君。もう皆、帰ったよ。君も帰るんだ。お祭りは終わった。この場所もその内、壊れるよ。」

忠告せねばと近付けば、彼はスコップで穴を掘っているようだった。そしてその横には、やせ細った黒衣の男が横たわっている。

「き、君…っ!もしかして…!」

「いいえ。彼は息絶えたのです。」

彼は僕の言いたい事を察したのか、それを否定するよう、言葉を返した。

「先輩は、とても優しいお方でした。…それゆえに、生きづらい方だったのでしょう。」

スコップの先を土に刺して、それに片腕を置くと一息つく。先輩、と呼ばれた黒衣の男を見れば、彼の首には首輪が嵌められていた。

「あの時の…。」

「先輩を、ご存じでしたか。」

「ええ。彼、体の大きなおじさんと一緒にいただろう。」

「あれは、僕らの上司ですよ。」

三人の関係が分かった所で、もう一度息絶えた男を見つめる。元々細かった彼は、倒れて動かなくなってしまえば、人間では無い、何か棒状の物にしか見えなかった。

「上司は帰ったの?」

「あれは、先輩を捨てたのです。使い物にならないと、人をゴミのように放った。あれこそ、粗大ゴミなのですがね。」

「そんな風には見えなかったけれど…。酷い。…でも、先輩と呼ばれている彼も、あまり仕事の出来た人間では無かったんだろうね。」

「そうですね、先輩は不器用でした。…でも、とても優しい方だったんです。優しすぎたのです。」

後輩の男は、穴掘りを再開する。がり、がり、と土を削る音だけが響いて、それが誰かのすすり泣くような声に似ていると思った。

「君は先輩の事、好きだったんだね。…さっきの、悪く思わないでくれ。僕にとても似ていると思ったんだ。だから、きっとそうなんじゃあないかなって。」

「…いえ。好きと言える程の尊敬も、執着もありません。…ただ、可哀想な人だと思ったのです。」

スコップが穴を掘る音が止んだ所で彼の足元を見れば、そこには丸めれば大人一人位入れそうな穴が空いている。

「何にも無いなら、墓なんて苦労して掘ってあげる事も無いんじゃあないの。」

「可哀想だからですよ。本当に、それだけです。…本当に。」

細い棒のようになってしまっても、やはり男の体。重さはそれなりにあるようで、後輩の男が脇に手を差し込み引き摺ろうとしたが、中々動かない。僕は息絶えた男の足を掴み、二人で転がすように穴へ彼を葬った。

「手伝ってくださって、ありがとうございます。」

「いいえ。僕は何だか、こっちが手伝ってもらった気分だよ。」

「はあ。」

僕の言葉に不思議そうに返事をした後、後輩の男は息絶えた男に土をかけ始める。もう、本当にこれで、彼とはさよならだ。最後に整地するようにスコップのさじ部で土を叩くと、彼は汗を拭うように額の辺りを腕で擦った。

「さあ、もうお帰り。用は済んだろう。」

「ええ。お世話になりました。」

畏まった様子で頭を深く下げる彼の礼儀正しさについ苦笑しては、彼を階段前の鳥居まで送る。しかし、彼は階段を一つ降りた所で此方に振り返った。まだ何かあるのだろうかと首を傾げる。

「…先程の言葉、嘘かもしれません。」

「……え?」

「僕は少し、先輩のああいう所が、好きでした。…先輩に伝えて下さい。」

「僕は死者と会話は出来ないけれども。」

「…伝えて下さい。」

「……ああ、分かった。先輩も喜ぶよ。」

良かった、と呟く彼が笑っているように見えて、僕も笑みが零れた。手を振る姿が見えなくなるまで、鳥居の下で彼を見送る。

階段下から優しい風が吹いて、こっちの世界もそんなに恐ろしいものでも無かったのかもしれない、などと今更思って踵を返した。


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