さよならの始まり
静かに放送の電源を切る。全てを思い出してしまった僕らは、もうお祭りを楽しめる子供ではいられなかった。
「ミカゲ。…君の髪は、すっかりあの海に染まってしまったのかい。」
優しく梳いてやった髪は、やはりとてもひんやりとしていて、少し湿っぽい。
「…もう、お祭りは終わるよ。僕も、君も、帰らなくちゃいけないんだ。」
「……嫌だ、まだ終わらないよ。お祭りは終わらない。君と僕が望めば、このお祭りはいつまでだって続く。僕はこの日を楽しみにしていたんだ、もう何年も…。」
「…だから、終わらせなくちゃいけないんだよ。君の為にも、僕の為にも。」
「分からないよ!僕はまだ、子供だもの。トウヤの言ってる事、分からない。」
「…そうだね。君は……、ミカゲはずっと、11歳だ。でも、僕はもう…大人になってしまったよ。」
「トウヤ……?」
記憶を失くした事で彼と同い年だと思い込んでいた僕の体は、いつの間にか大人になっていて、細い体にはみっともなくよれたスーツを着こんでいた。こんな体たらくになってしまったのか、などと、他人事のように骨張った手の甲を見つめる。
「トウヤ、すべき事は分かっただろう。行きなさい。」
その声に顔を上げると、立ちはだかるのは僅かに祭りから漏れ出す提灯の明かりに背を照らされた、赤獅子だった。やっぱり彼は、大人になった僕よりも大きい。僕は、この先どんなに大きくなろうと、彼より大きくはなれないのだろうとふと悟った。
「俺は彼と、ここで待っている。」
散らばっていた筈の小さな王冠をいつの間に拾ったのか、彼は僕にそれらを差し出す。これは、僕にとってとても恐ろしいものだった。しかし、いつまでもそうして逃げてはいられない。人は、罪からは逃れられない。きっと、死んでも。四つの王冠を受け取り、ウミカゲに貰った缶の中へ入れた。
「…はい。ありがとう、ございます。」
「嫌だよ、トウヤ。行かないで。お願い。僕もう、待つのは嫌だよ。」
ミカゲの声をなるべく聞かないようにして、足を踏み出す。
「待って!トウヤ!トウヤ!」
痛切な叫びに、振り返った。赤獅子が、暴れるミカゲを抱え、抑えてくれている。あの日、父を入れた柩が火葬場へ運ばれていくのを見た僕のようだったもので、僕は彼を放ってはおけなかった。
「ウミカゲ。僕…、帰ってくるから。…今度は一緒。だから…、許して。」
我ながらその言葉は、至極ずるいと思う。ウミカゲは何も言えなくなり、静寂に見守られながら、僕は拝殿前を後にした。その際、視界の端に映った藪の向こうは、やっぱりただの畑のようだった。