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生きるということ Ⅷ

※同人版「魔物使いの娘」からの掲載です。


 目が血走っている。

 牙がむき出しになっている。

 舌が溢れている。

 ガリガリにやせ細っているのに、爪は異様に鋭い。

 俺が何も知らずにこいつらを見たら、コボルドだとは理解できないだろう。亜種の小悪鬼(ゴブリン)と言われても信じるかも知れない。

 眼前に現れたのは、それほどまでに異様な風体のコボルド達だった。


「ゲジュ、グリュルウ」

「グジュ」

「ガフ、フッフ」


 かすれたような声でやり取りをする、三匹のコボルドは、それぞれ剣や斧といった獲物で武装していた。どれも冒険者が戦う為に使うような上等な品ではないが、叩きつけて何かを殺傷するには十分だ。


「あ、あ…………」


 震えて、声を漏らしたのは、俺の背後でリーンに抱きついたままのテトナだった。

 剣を持った一体を指差して、震えた声で呟いた。


「あ、あれ、パパ、の……持って、た……」


 襲われて、消息不明になった村人は三人、全員が武器を持っていたらしい。

 なれば、あれらの獲物は、それを奪った物か。


「……リーン、お前、魔物の言葉がわかるんだよな」

「ええ」

「なんて言ってんだ? あいつら」

「目の前に、小豚の丸焼きが置かれた私みたいな感じです」

「死ぬほどわかりやすくてありがてえよ」


 その瞬間、コボルド達は一斉に武器を構えて突っ込んできた。

 俺には目もくれず(、、、、、、、、)、一直線に、テトナとルドルフを抱きしめる、リーンに向かって。


「きゃあああっ! あ……っ?」

 

 一瞬、テトナが悲鳴を上げて――――すぐに収まった。


「ギャ」

「グッ」

「ギッ! ガッ、ギッ」


首を切断された二匹と、両手足を切断された一匹のコボルドが、リーン達の手前で転がっている。

 買ったばかりの剣を鞘に収めながら(、、、、、、、)、俺は聞いた。


「一匹は殺さなかったけど、よかったか?」

「はい、聞きたいことがありますので」


 俺のことを一切見ずに、横を通り抜けるものだから、それを斬る事には何の障害もなかったのだが、生き残った一匹は、痛みと、何故こうなったかが理解できないようで、わけも分からず、ぎゃうぎゃう吠えている。


『うむ、さすがミスリルの剣。軽くて速い、斬り口も鋭いのであるな』

「ええ、開き直って全財産叩いただけはありますね!」

「まず俺の剣技を褒めろや!」

「わー、ハクラすっごーい」

「報酬上乗せしなかったらお前ぶん殴るからな……」


 俺達が軽口を叩き合う様を、テトナはリーンの腕の中で、ぽかん、と見ていた。


「え、あ、あれ、どう、なったの?」


 突如現れ、襲い来る〝人喰い〝のコボルドは、テトナにとっては恐怖の象徴だったはずだ。

 彼女にとって最も頼りになる父を殺害した、『勝ち得ない』存在。

 だが。


「怖く見えても、コボルドです。冒険者は――ハクラは負けません」


 リーンはテトナの頭を撫でながら、もう一度抱きしめた。


「なにせ、ヒドラを倒しちゃうぐらい強いんですからね」




 さて、手足を斬り飛ばしたという事は出血も激しいというわけで、どのみち長くは保たない。尋問するならさっさとせねばならないのだが……。


「……子供には見せない方がいいんじゃねえか?」


 苦悶の果てに息絶えた首が二つと、バラけた四肢、それに伴う流血は、子供が積極的に望んで見るべきモノじゃあないはずだ。


「大丈夫」


 だが、脅威が去ったことを理解したのか、おずおずとリーンの腕から出てきたテトナは、笑顔を作りながら言った。


「家畜をバラすのは、手伝ったりしてるから」

「そりゃ逞しいな」


 頭の一つでも撫でてみようかと思ったが、柄ではないし、役目でもない。

出しかけた手を引っ込めて、テトナを守るように寄り添い、もがいた同族に向けて、牙をむき出しにして唸るルドルフを見た。


「グルル、フシュッ、ウウー……」

「……何でこいつが唸ってんだ?」

「それも含めて、聞いてみましょう」


 リーンは四肢を失ったコボルドのそばにしゃがみ込むと、くるくると喉から不思議な音を出した。


「くぁう、くる、くるる」


それは、不思議な響きの伴う音だった。リーンの声の高さには変わりないが、どこか不協和音のような不快感がある。俺には間違っても言語には聞こえないが……


「ガッ、ガウッ、ギュル、グゥッ!」


 しかし、コボルドの方はそれに応じるように喉を鳴らしていることから、本当にしっかりとコミュニケーションが成立しているようだ。


「ギュウ……ギィッ、ギィッ!」

「グァッ! グァアアアッ!」

「ル、ルドルフッ? どうしたのっ!」


 コボルドが吼えると、ルドルフがそれをかき消すように吼え、テトナが慌てて抑えつけた。


「……ルドルフ君にとっても、色々因縁があるみたいですね」

「え……そう、なの? ルドルフ……」

「グウウウウウ……」


 唸り、今にも襲い掛かりそうなルドルフの様子は、尋常ではない。こいつとテトナの結びつきは俺の知ったことではないが、万が一、何かの拍子にテトナが傷つくと非常に困るので、俺はルドルフの肩に手をかけて、少しだけ力を込めた。


「リーンに任せろ。お前はテトナを守れ」

「グウ……」


 言葉が通じるとは思って居なかったが……予想に反して、ルドルフは、立てた爪を収めて、唸りを沈めた。


「……伝わるもんだな」

『姫を守るというのは騎士の本懐であるからな、我輩もそうである』

「アイツが姫でお前が騎士なのか……」

『我輩、お嬢の護衛である故な』


 俺の足元で、その辺から調達してきたのか、あるいはルドルフが持ち帰ったモノを拝借したのかは知らないが、体内に甘果実(エリシェ)を取り込んで捕食しているスライムはそう言った。


『それに、ルドルフは勇敢な雄であるぞ。テトナが現れた時は貴様に対しても臆さなかったではないか』

「巣を壊された直後は全速力で逃げようとしてたが……」

『生存戦略としては間違っておるまい。要するに、ここぞ、という時に命を賭けられるかどうかが男の価値であろう』

「何でスライムに男の価値を説かれにゃならんのだ」


 くだらない雑談も、やることがない時は丁度よい。

 リーンとコボルドが唸るような会話を続けている間、テトナは不安げにルドルフを抱きしめていた。


「ルドルフは、頭がいいんだよ。すっごく」


 それが俺とスライムに対して向けられた言葉だと気づくのに十秒程度かかり、そして返事を期待していなかったのか、テトナは俺達の反応を待つことなく続けた。


「ルドルフは、赤ちゃんだったの、三年ぐらい前に、村の入り口に一匹で泣いてたの」


 親とはぐれた子供、というのは、人間でも魔物でも動物でも、別段珍しくない。

 ただ、コボルドという魔物の弱さを考えるなら、それは他の魔物か動物の餌になるという意味のはずなのだが、ルドルフは運が良かったようだ。


「私の持ってた甘果実(エリシェ)をあげたら、泣き止んで、何だ、おなかすいてたんだってわかって。皆でどうしよっか、って言ってたら、ルドルフのパパとママ、村の入口でウロウロしてて」

「そりゃ随分と度胸があるな」


 村長の話によれば、コボルドと村の人間は以前までは共生出来ていたらしいので、ルドルフの両親も人間の村に対してある程度慣れ親しんでいたのか、少なくとも殺されることはないと思っていたのか、どちらにしても勇気は振り絞ったに違いない。


「私と、パパで、ルドルフを連れて行ってあげたの。ルドルフは両親に会えて、森に帰っていったの」


 ルドルフの頭をなでながら、テトナは続ける。


「それから二週間ぐらいしたら、毎日村の入り口の前に、ルドルフが甘果実(エリシェ)を置いていってくれるようになって……」

「……赤ん坊だったのが二週間でそこまでか」

『お嬢も言っていたが、コボルドはとにかく繁殖速度が速い。つまり成長速度も、ということであるな。寿命も短いが』

「へえ、何年ぐらいなんだ?」

『長寿でも十年前後だそうだ。犬と対して変わらぬ』

「うん、コボルドは、すぐにおっきくなるって、パパも言ってた。それから、私とルドルフは、一緒に遊ぶようになったの。お家にも案内してくれたんだよ」


 そのお家を完膚なきまでに破壊してしまった奴の同行者としては、その思い出を語られると非常に耳が痛い。


「森で遊んで迷子になった時も、ルドルフは村まで連れて行ってくれたし……一緒に木に登って甘果実(エリシェ)を採る時は、とびきり美味しいのを見つけて、私に渡してくれるの。ルドルフと一緒に食べる甘果実(エリシェ)が、私、一番好きなの」


 同意するように、ルドルフがうぉん、と喉を鳴らした。傍から見たら、懐いた犬とその飼い主だ。泥臭い元巣穴の中で、こんな状況でなければ、微笑ましくすらある。


「だから……ルドルフは、そんなことしないって、わかってた。でも、皆は、コボルドを許さない、って言うの。皆、殺しちゃえ、って、恩知らず、って」

「まあ、そうなるだろうな」

「冒険者に来てほしくなんて無かった、だって、ルドルフも、殺しちゃうでしょう?」

「……少なくとも俺だけだったらそうしてたな」


 テトナ個人の思い入れを無視するなら、村人からすればルドルフも他のコボルドも大差ないだろう、平等に裏切り者だ。

 隣にコボルドが居ても駆逐することをせず、共に森の恵を得て暮らしてきた隣人だったのに、何故だ、という問いは、容易に怒りに転嫁する。

 身内を失ってまで、なお『友達である』という理由だけで、ルドルフを信じられるテトナのほうが理に適っていない、とも言える。


「……何で、こんなことになっちゃったんだろう。私、ルドルフだけじゃない。ルドルフのパパも、ママも会ったことあるよ。友達だって。皆可愛くて、いい子だったのに」

「……そいつらは、今どこにいるんだ?」

「わかんない、私がお家の場所を知ってるのは、ルドルフのだけだったから」


 ちらりとルドルフを見る。俺にはこいつが何を考えているかなどわかりはしないが、物悲しそうに目を伏せている、程度の表情はかろうじて分かる。


「…………」


 この森の中で(、、、、、、)何が起こったのか(、、、、、、、、)

 何故コボルドは人を襲ったのか。

 コボルドとやり取りを続ける、リーンの背中を見る。


「グアウ、グアウ!」


 ひときわ高い鳴き声が響いた。


「っ」


 テトナが反射的に硬直して、ルドルフが即座に飛び上がり、爪を立てて身構えた。


「くる、くぁう?」

「グォウ!」


 しかし――――声の主である、四肢を切られたコボルドは、そんなことはお構いなしだった――俺から見てもわかる、嬉しそう(、、、、)な表情を浮かべていた。


 地面に転がったまま、コクコクと何度も頷いて、リーンに媚びを売るように舌を出す。


「くぅ」


 リーンは喉を鳴らして立ち上がると、手にしていた杖を少しだけもちあげて、コボルドの頭にのせた。


「ギ――――!?」


 パギュッ、と何かが割れて潰れる、くぐもった音が鳴って、静かになった。


「はあ」

『お疲れであるな、お嬢。して、居場所は割れたのか?』


 頭を砕かれた最後の一匹の表情は、もはやわからない。直前までは歓喜の声を上げていたそれは、もう二度と喋ることはない。

 テトナもルドルフも、唖然としている。俺もだ。

 平然としているのは、ボムボムと飛び跳ねてリーンに近寄るスライムぐらいのものだろう。


「はい、この子達の巣の場所もわかりました」

「…………そりゃ喜ばしいが――――お前、なんて言ったんだ?」


 ルドルフよりも豊かな表情変化を見せた、絶体絶命のあのコボルドが、何があったらあそこまで露骨な喜びを表すのか。


「大したことじゃないですよ」


 リーンは、ため息を吐きながら言った。


「あなたの巣の場所を教えてくれたら、助けてあげるって言っただけです」


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