助けるということ Ⅳ
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宿に戻ると、既にギルクが居た。何でも姉の家に行ってみたら、使用人から今忙しいから時間を改めて来いと門前払いを食らったらしい。それでいいのか貴族の末っ子。
「ええと、つまりこういう事かな、ハクラ」
ギルクは指を折りながら、一つ一つ要点を確認していく。
「教会にクレセン君を届けに行ったけど、ルーヴィ君は居なかった」
「おう」
「で、神父が【聖女機構】の面々に不当な待遇をしていた」
「おう」
「君はその惨状に、強い正義心から、彼女たちを守らねばならないと思った」
「いや、単純にあのハゲが気に食わなかっただけだが……」
「今、何とかして美談にまとめようとしているんだから口を挟まないでくれ」
「お、おう」
「それで思わず、その、神父様に喧嘩を売って、修道女二人を勢いのまま拐ってきたと」
改めて整理すると、かなりとんでもないことをしでかした気がする。
俺はとりあえずうんうんと頷いてから、後方で身を寄せ合うクレセンとラーディアを見て言った。
「…………同意は取ったよな?」
「「取ってません!!」」
声を揃えて叫ぶ修道女達だった、言われてみればそうだった気がする。
「うーん、パズのロスロ神父は、確かに洗礼を受けていない信者には一線を引くタイプの人ではあるんだけどね……」
「知ってんのか?」
「私が生まれる前からパズの教会に務めている人だもの、顔見知りだよ。でも、ここまでクレセン君達に強く当たるなんて……」
「……【聖女機構】は、どこでも大体そうですよ。誰一人洗礼を受けていないくせに、ミアスピカ大司教の名の下に傍若無人に振る舞う、小娘たちの集まり」
ラーディアが、ボソリと呟いた。
「ルーヴィ様という抑止力がなければ、どこだって、このようなものです。各地の教会に数日駐留するだけでも嫌な顔をされるのに、しばらく生活の面倒を見ろと言われれば、八つ当たりの一つもしたくなるのは、わかりますよ」
その表情から伺えるのは、慣れと諦めだった。
「だからって、ラーディアがあんな事をされる筋合いはありません!」
「でもクレセン、私達は我慢しないと」
一番の被害者であろうラーディアが、静かに首を横に振った。それから、俺とギルクを見て、頭を下げた。
「……連れ出してくれたことには、感謝します。ですが、他の娘たちが心配です。私達が戻らなければ、何をされるかわかりませんし、あなた達にも迷惑がかかるでしょう。これから、教会に戻ろうと思います」
「い、いやいや、待って、さすがに黙って見過ごせないよ、ハクラがしたことはかなりとてもすごくとんでもなく大きな問題だけど、ロスロ神父のやり方だって問題だ。君たちは何も悪くない」
「いいえ、私達が悪いんです」
慌てるギルクに、ラーディアは力なく微笑んだ。
「私達はどこまでいっても、魔女の烙印を押された娘なんです。疑われた時点で、もうその汚れは拭えない。どれだけ祈りを捧げても、どれだけ女神を称えても、認めてはくれません。だからせめて、【聖女機構】の仲間同士は、助け合わないといけないんです」
「ラーディア……」
「……お前らさぁ」
その諦観が、俺には酷く腹立たしかった。感情をそのまま言葉にしようとして、口を開いた瞬間。
「ハークーラーッ!」
凄まじい勢いで、部屋の扉を開け放つ、金髪の姿が割り込んできた。
「何考えてるんですか何をしてるんですか大問題ですよギルドにまで来たんですよ今頃虱潰しに宿をあさり始めてる頃ですよ!」
「えぇ……そんなマジになってんのか?」
「当たり前です! 教会にだって面子があるんですから! 目の前で冒険者に所有物を強奪されたら取り戻しに来るに決まってます!」
確かにリーンの言うことはもっともなのだが、酷く釈然としない物を感じる。なぜなら。
「けど、教会の面子を叩き潰すのはどちらかというと俺よりお前の得意技だろ」
「…………………………はっ、確かに」
「「「確かにじゃない!!」」」
クレセン、ラーディア、ギルク、三人の声が重なった。
「あの、それだと、私達が帰った所で話が解決しないのでは……?」
確かに、このままクレセンとラーディアを返せば、『あの冒険者は何だったのか』と問いただされるに違いない。俺達の関係性を言葉で説明すると〝冒険者とその依頼者〟なのだが、【聖女機構】所属のクレセンが冒険者を頼ったことが表沙汰になれば、それはそれでまた立場を悪くしそうだ。かといって黙っていれば今度は口では言えないようなことをしていたのだろうと難癖をつけられかねない。
「ち、面倒なことになったな……」
「他人事みたいに言わないでください!」
クレセンがついに着火した。確かに原因はほぼ俺なので言い返すことも出来ない。
「けど、ハクラ一人が全て悪いとは言えないよ。私だってその場面を見ていたら助けていただろうし、ロスロ神父はやりすぎだ」
「ギルクさん……」
クレセンが、申し訳無さと嬉しさが混ざりあった表情をギルクに向けた。
「言ったろう、君は私の友人だ。返しきれない大きな恩もある、そんな理不尽な目に会っている姿を見て、放ってはおけないよ」
何とも心温まるシーンだった。頭を撫でられるクレセンは、それだけで少し安心したのか、目の端に涙が滲んでいる。
「私は助けませんけどね」
そしてその感動をぶち壊す女が真横に居た。ラーディアがきっ、とリーンを睨んだが、どこ吹く風だった。
『薄情だな、お嬢』
「それをいうなら、そもそも保護者であるルーヴィさんがどっか行っちゃったのが悪いんです、権力でも何でも使って、無理やり【聖女機構】を全員連れていけばよかったんですよ」
「……もちろん、ルーヴィ様も最初はそうしようとしてくださいました」
主を非難されては黙っていられない、ラーディアは悔しそうな顔をしながら。
「ですが、ミアスピカからやってきた使者も特級騎士でした。ドゥグリー・ルワントンという名前は、聞いたことはありませんか?」
それを聞いて、俺は反射的にげ、と声を上げてしまった。クレセンに至っては両手を口の前に当てて、一気に顔を白くさせた程だ。
「おい、まさか〝あの〟ドゥグリーじゃねえだろうな」
「〝あの〟ドゥグリー特級騎士で、間違いありません」
「…………まだパズに居るなんてことはねえよな?」
「い、いえ、ルーヴィ様と一緒にミアスピカに発たれましたので……」
それなら、とりあえずは安心だ。反射的に大きく息を吐くと、リーンがちょいちょいと俺の肩を叩いてきた。
「あの、誰ですか、そのドングリなんちゃらって人は」
道中、レレントの竜骸を知らない俺の時とは対象的に、今度はリーン一人が知らない名前のようだ。しかし、それを茶化す気にもならない。
「し、知らないんですか? 〝あの〟ドゥグリー・ルワントンを?」
ラーディアが信じられない、と言った顔でリーンを見たが、本人はどこ吹く風だ。確かにリーンの立場……魔物と人間の間に立つ魔物使いの娘であれば無理もないかも知れな……いや、そう言えばこいつ、ルーヴィの事も知らなかったな。単に世情にマジで興味がないだけかも知れない。
「あのなリーン、ドゥグリーって奴は一言でいうと〝背教者殺し〟だ」
「背教者殺し?」
「一度女神サフィアに心身を捧げておきながら、教えに背いて戒律を破った〝裏切り者〟を始末する専門の騎士だよ」
五人居る特級騎士の内、最も冒険者に恐れられているのがこのドゥグリーだ。ルーヴィは商売敵だが、ドゥグリーは純粋に敵なのである。
特に治癒系の神聖魔法を使う治療士は、効率面から女神を信仰している事が多い。
しかし、秘輝石を埋め込みながら女神への信仰を語る事は、禁忌とされている。それを理由に斬り捨てられた奴の話を、噂ではなく事実として聞いたことが何度もある。
そして厄介なことに、サフィアを信仰する冒険者というのは、少数派と切って捨てられない程度には居るのだ。
「ぼ、冒険者を倒せるぐらい強いんですか?」
「らしい。俺は直接戦ってるところを見たことはないけどな。〝ドゥグリー・ルワントンには気をつけろ、触れるな寄るな関わるな〟ってのは、よくラモンドから聞かされたよ」
以前の仲間だったリクシールにしても、口が裂けても〝敬虔な信徒〟とは言えなかったが、暇がある時には両手を組んで祈りを捧げている所を見たことがある。
「…………あの、サフィア教の特級騎士ってそんな人達しかいないんですか?」
「そ、そんな人たちとはなんですか! ルーヴィ様は素晴らしいお方ですよ!」
「それにしたって〝魔女狩り〟に〝背教者殺し〟でしょう! 後は何を殺すんですか!」
リーンからしてみると正当な疑問だったのだろうが、それに対してクレセンはあっさりと指を五本折った。
「〝死霊祓い〟キールマン・エリン・メリン様、〝悪魔潰し〟ユーリィ・オーカー様、それに〝聖騎士王〟キャリバー・ルワントン様ですね」
最後の一人以外、徹底的に何かを殲滅する専門家であるらしい。というか悪魔潰しあたりは初めて聞いたが、俺が殺されかねないので本気で関わりたくない。
「……で、その人の何が問題なんですか?」
「問題も何も、ルーヴィは秘輝石を入れてる冒険者だぞ。ドゥグリーがその気になればその場で殺し合いが出来る」
「でも、流石にルーヴィさんのほうが強いんじゃ?」
「けど【聖女機構】の連中を守りきれない。トップが背教者だからその部下も、って話になったら不利なのはルーヴィだ」
大司教からの命令に逆らい、洗礼を受けていない少女達を大聖堂まで連れていくこと。即ち、女神サフィアに対する背信である、と脅されたら、ルーヴィは逆らわないだろう。
「というか、流石に無責任じゃないですか、ハクラ」
リーンが俺の行動を非難するのは、まぁ珍しい事ではないが。
「後先考えないで行動するのは、まあいいです。けど、自分で責任の取れないことはすべきじゃありませんでした。結果的に、より大事になってます。これからどうするんですか」
今回は少し方向性が違う。今までの無茶はあくまで迫りくる危機に対して、どう対応するか、という話だったが、今回は完全に俺の行動から発生した騒動だからだろう。
「……お前、時々滅茶苦茶まともなこと言うよな……」
「茶化さないでください、割と真面目な話をしてるんですけど」
瞳の色が真剣だったので、俺もリーンの顔を見て言い返す。
「別に俺は女神なんか信じてねえ。それと、【聖女機構】の連中がどんな目にあってようが、関係ねえ」
「そっ……」
クレセンが、勢いよく立ち上がって、裏切られたような目で俺を見た。
泣きそうな、苦しそうな、何かを我慢しているような、そんな顔だ。
「ただな」
俺はその頭を、軽く叩いて、それから、乱暴にグリグリと撫でた。
「こいつは俺の知ってる限り、一番誠実なサフィア教の信者だ」
エスマでも、パズでも、ラディントンでも。
クレセン・リリエットはどんな時でも、女神を信じる者として、正しくあろうとしていた。俺の知る限り例外は、ギルクを助けるために吐いた嘘だけだ。
「あ…………」
「そんなこいつを泣かせて、悦に浸ってるハゲこそが正しいってんなら上等だ。あのご立派な教会を今から瓦礫に変えてやる」
そこまで言うと、限界まで頬を膨らませたリーンが、じーっと俺を睨んでいた。
流石に暴論だったか、と若干の反省を浮かべた時。
『小僧、察してやれ』
リーンの膝の上で黙っていたスライムが、俺に向かっていった。
『お嬢は、小僧がお嬢以外のために体を張っていると、不機嫌になるのぶぐっ』
壁に向かって叩きつけられたスライムは、びたんという激しい音と共に平たくなって潰れた。隣の部屋から悲鳴があがったが、これは聞こえなかったことにする。
「わーかーりーまーしーたー、わーかーりーまーしーたーよー」
両手を上げて降参のポーズをしながら、リーンは不貞腐れつつも。
「考えてみたら教会の一つや二つ、壊してまかり通ってこそリングリーンです、ここは一つその作戦で行きましょう」
「「「行くな!!」」」
ギルクと、クレセンと、ラーディアの声がキレイに重なった。
「…………やっぱ駄目かな?」
「私が姉様に殺されるよ!? パズの教会は街の人々も多く利用してる、パズのシンボルの一つなんだ、流石にかばいきれなくなる!」
ギルクが代表して反対意見を述べたので、俺はうんうんと首を縦に振って。
「だよなぁ」
「何でそんな他人事みたいなんだ……?」
冷や汗を流すギルクを見て、俺はあえて不敵に笑って言った。
「実はちゃんと代案がある」
「ならそれを最初に言ってほしかったな! 私は!」
「えー、破壊しないんですか破壊」
杖をぶんぶん素振りする危険人物は放っておいて、俺は指を立てた。
「要するに、抑止力がないのが問題なんだろ。あのハゲがこいつらに好き勝手出来るのは、ルーヴィが居ないからだ。だったら、代わりの抑止力を用意してやればいい」
「代わりって……?」
不安げに尋ねるクレセン。俺は、ギルクを見た。
パズを含む北方大陸南部を統治する貴族、ヴァーラッド辺境伯のご令嬢を。
「ギルク、パズの領主は――――お前の姉貴なんだよな?」