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助けるということ Ⅲ


 ○


 ギルドというのは基本的に人が多い所ではあるのだが、本日は特に大盛況であった。ユニコーン騒ぎの際のクローベルではないにせよ、カウンターに駆け込んでは、依頼書を握りしめて出ていく冒険者が後を絶たない。


「うーん、何やらきな臭いですねー」

『で、あるなぁ』

 《冒険依頼(クエスト)》は、大雑把に三種類に分けることが出来る。魔物の討伐、物資や人間の輸送・護衛、指定された素材の収集、である。


 どれも前提となっているのは『強力な魔物とまともに戦えるのは冒険者のみである』という事だ。冒険者の仕事とは、基本的に魔物と戦うことと言ってよい。


 その冒険者に与えられる仕事が多いということは、魔物が人間の生活圏にはみ出してきている、ということにほかならない。


 人間と魔物の中間に立つお嬢としては、これは頭が痛い問題である。原因を探り、それを改善するまで解決しない事案なのか、それとも一過性であり時が解決してくれる部類のものなのかの検証が必要になってくるし、その為に様々な所に足を運ばねばならない。


「とりあえずいくつか《冒険依頼(クエスト)》を見てみましょう、気になったものがあれば現地調査ということで」

 そう言って、お嬢は依頼待ちの列に並んだ。

 クロムロームの封印はもちろん大事であるが、各土地の魔物の調査や問題ごとの調停もまた、お嬢の重要な仕事である。ライデアの一件しかり、レストンの一件しかり、なにか生じた時には、何か必ず原因がある。そしてそれらは大体の場合、お嬢以外には解決できないのだ。


『依頼を受けるならば、ギルク嬢はどうする? 連れ歩くわけにも行くまい』

「んー、お姉さんも居るんですよね? だったらパズで待っててもらうのが一番では」

『ふむ………………』

「…………なんですか、その長い沈黙は」

『いや、小僧と二人きりになりたいのかと思っぐおおお』

 今現在、我輩はお嬢のネックレス、厳密に言うと先端についた宝石に擬態しているわけだが、ヒモを掴まれて思い切り振られた。視界がぐるぐる回る。


「それとこれとは違います。単純に、戦闘能力のない人を守れる保証がありませんから」

『あぁ…………守るとすれば小僧がギルク嬢を、という形になるから面白くなごぶっ』

 今現在、我輩はお嬢のネックレス、厳密に言うと先端についた宝石に擬態しているわけだが、親指と人差し指で摘まれ、我輩の身体がミシミシと音を立て始めた。


『わかった、わかった、からかわぬから』

 解放される我輩の肉体。早くカウンターまでの列が消化されて欲しい。


「いいですか、アオ。勘違いしているようなので言っておきますけども」

『うむ』

「ハクラは私の所有物(モノ)ですから、当然、私を一番に考え、優先すべきなのです」

『うむ、うむ』

「だというのに、何も考えず人助けに走ったり、私が居るというのに他の人を気にかけたり、あまつさえ私を差し置いて他のことを優先されたりすると、それはもう腹が立つのです」

 あまりにあまりな物言いだが、それがお嬢の本心の全てではないことぐらいはわかる。


 そもそもお嬢としては、今隣に小僧がいない事自体、それなりに癪なのだろう。クレセン嬢を気遣って、自分をほったらかしにして教会へ行った小僧に対して、頭では納得出来ていても感情はそうは行かず、故に我輩が当たられているのだろう、うむ、理不尽なり。


「次の方、おまたせしました」

「あ、はぁーい」

 案内嬢から呼ばれて、お嬢はカウンターへ向かった。人数の割に早かったなと思い、他のカウンターを見てみると、若い冒険者を中心に、順番が回ってき次第、ろくに内容も確認せずに《冒険依頼(クエスト)》を受けている者が多いことがわかった。


「あー」

 その理由は、お嬢の前に並べられた現在の《冒険依頼(クエスト)》の一覧を見れば一目瞭然であった。そして、カウンターに着く前に話していたお嬢と我輩の懸念は、幸いなことに、あるいは残念なことに、単なる杞憂だったらしい。


 なぜなら、ほとんどの《冒険依頼(クエスト)》がラディントンの調査任務だったからである。


「予想より早く噴火が起きたけど、麓のラディントンが無事だった、って事で、領主から直接依頼が来まして」

 小僧によって、火砕流そのものは防ぐことが出来たが、降り積もった火山灰を処理せねばならぬし、有害なガスもどこから湧いてくるかわからない。場合によっては村人の避難ルートの確立も必要だ。よって周辺の調査を身体の頑丈な冒険者を使って、大規模に行うらしい。


 そもそも火山が噴火寸前だった為に行き来を止められていたラディントンには、商売の需要も多々ある為、旅団(キャラバン)系のギルドも出張ってくる。


 こうなってくると、辺境であるはずのラディントンは、一気に儲け話の場へと姿を変える。《冒険依頼(クエスト)》の拠点となるのは温泉街なので、体を休めるのに事欠かず、そこに滞在すればするだけ沢山の依頼をこなせる。直接的な戦闘ではないとは言え、危険な仕事であるが故に報酬も多い。リターンを考えれば、なるほど合理的である。


「まあ、ギルドも噴火の心配がないって言うなら、これを機にラディントンに支部を作ってしまいたいみたいで。その物資の輸送とかも結構。ヴァーラッドはオルタリナ王国の中では比較的ギルドに寛容ですからね、拠点はあるに越したことはないです」

「なるほどー、どおりで混み合うはずですね」

「まぁ……おかげで普通の依頼に手が回らないんですよね、飛竜(ワイバーン)の巣穴探しとか、リザードマンの追跡調査とか、地味な上に危険が多い奴より、皆そっちに行っちゃって……」

「リザードマン、ですか?」

 その名前を聞いて思い出すのは、ラディントンへの道中遭遇した、赤い鱗のリザードマン、セキと名乗った個体である。

 何故あの者がギルク嬢を襲ったのか、誰のしもべであるのか、未だはっきりせぬし、何よりお嬢の前に現れたことが偶然だとは思えぬ。


「ええ、元々レレントの側で見かけることが多い魔物なんですけど、最近はパズの近辺でも見るようになりまして。問題になる前に排除したいですね。街道に出てくるわ、荷物は盗むわ……飛竜(ワイバーン)も街の周辺を飛んでる事がちょこちょこあって……個体数が増えて山から追い出された、みたいな事になっていたら駆除しないと行けないですし……ああ、お嬢さんにやってもらおうとは思ってませんよ、ご心配なく」

 まさか目の前に居るのが、全ての魔物を従えられる、まさしくこの手の問題に対する最適解のような存在であることなど、もちろん思いもよらぬであろう受付嬢は、冗談まじりに笑ってそういった。

 お嬢は特に気分を害した様子もなく、そうですねぇ、と相槌を打った。






『…………で、結局何も受けぬのか』

「いったん持ち帰って、相談してもよいかなと思いまして。ラディントン周りの依頼はすぐはけちゃうでしょうけど、これは私達には関係ないので」

 お嬢の口から相談、などという言葉が出てきたことに我輩はまず驚いたのだが、それを口にするとまたひどい目に合いそうなので黙っておく。


「気になる所は、いくつかあるんですよね。荷物を盗むっていうのも気になりますし」

『腹を空かせて、食料を探しているのではないか?』

「だったら、食べ物が入ってるかどうかわからない荷物を盗むより、新鮮な肉が目の前にあるじゃないですか」

『なるほど、確かに』

 ライデアのコボルド達が騒ぎになったのは、あくまで〝コボルドが食人をしたから〟であって、大半の魔物にとっては、人間だろうが家畜だろうが仕留めた獲物は食料である。


『なにか企んでいる可能性がある、と?』

「裏にいるのが魔女であるなら、あるいは」

『では、しばらくはトカゲ退治か?』

「んー、適当な子を締め上げて話を聞くのが一番速いですかね……でもレレントまで先に行ってギルクさんとの依頼を先に片付けちゃえば…………ひゃ!」

 我輩と話しながら歩いていた為、注意を欠いていたのだろう。お嬢が妙な声を上げた、何かしらにぶつかってしまった様だ。


「わ、すいません! ……あれ?」

 反射的に謝ったお嬢であったが、ぱっと見た視界には何もなかったようで、はて? と首をかしげるもので。


『下だ、お嬢』

 我輩が教えてやった。お嬢の視線が導かれるように下がると、そこには、白く、もこもことした〝何か〟があった。


「うう……?」

 もこもこから声がする。実際の所、それは頭から足元まで、全身をすっぽりと包み込む、大きなフード付きの白いローブを被った子供であった。背丈の低いお嬢よりも、更に小さい。


「きゃあ! だ、大丈夫ですか? ちょっとよそ見してまして……」

 お嬢は基本的に傍若無人であるが、流石に自らの過失で転ばせた相手に対して一切フォローをしないほど邪悪でもない。手を伸ばすと、相手も指を伸ばしてきたので、そのまま掴んで引き起こす。


「ありがとうございます、わたくしは、大丈夫です。あなた様こそ、お怪我はございませんか?」

 言葉遣いとトーンからすると、若い娘か。一方的に身体をぶつけられたにしてはなんとも丁寧な言葉使いである。文句の一つぐらいは言われると思っていたのであろう、あのお嬢があっけにとられて、


「え、ええ、はい、全然そりゃもう」

 などと口走ってしまうほどである。


「それは、よかったです。この幸運に感謝を」

 心から安心したように、胸に手を当てて、大きな息を吐く仕草。一つ一つの動きがひどく大仰なのだが、やけに様になっている。

 しかし、それ以上に、耳に心地よい良く響く、不思議な声であった。澄み切った水を凍らせて、打ち鳴らせばこのような音色が響くのではないだろうか。


 ……どこかで聞き覚えがあるのは、気の所為か?


 兎にも角にも、お嬢が今まで遭遇したことのないタイプの人間である。どうリアクションしていいかわからずにぼけっとしている所に、娘は申し訳なさそうにお嬢を見上げて言った。


「あの、一つお尋ねしたいことがあるのですが」

「へ? えーと、私にわかることでしたら」

 ぶつかってしまった手前、嫌ですとも言えぬか。


「ぎるど、というのはこの建物で、あっているでしょうか?」

 お嬢はぽかんと口を開けて目を丸くした。

 もし我輩がネックレスになっていなかったら、我輩もそうしていただろう。


「えーっと、そうですね、逆にここがギルドじゃなかったらちょっと困りますね」

 お嬢にしては珍しい、歯に物の詰まったような物言いであった。建物の看板には堂々と、世界共通のシンボルマークである剣と杖が書かれている。


「というか、ここまで入ってきておいて質問は一体……」

「わたくし、ギルドにお願い……ではなくて、お仕事……ではなくて、あら?」

 何かを伝えたいが、適切な言葉が出てこないと言った感じであった。

 人間に対してあまり興味を惹かれないのがお嬢という娘であるが、この短い会話だけで、ここまでの世間知らずっぷりを見せつけられると、流石に世話の一つも焼くつもりになるらしい。


「んーと、《冒険依頼(クエスト)》の持ち込みですか?」

「それです! くえすと、を、お願いしに参ったのですけれども、どなたにお声をかければよいかわからなかったのです」

「あっちのカウンターの受付に行けば、職員が話を聞いてくれるはずですけど……」

 《冒険依頼(クエスト)》にはいくつか種類があるが、報酬を持ち込み、依頼を発注する際は、冒険者が受付をするのとは違う、専用のカウンターで手続きをせねばならない。内容と報酬に問題がなければ、その場で受理され、以降冒険者が依頼を受けられるようになる仕組みである。我輩らが利用したことはないが。


「まあ、そうでしたか。ありがとうございます、とても助かりました」

 ふんわりと微笑んで、カウンターへ向かおうとする少女に、お嬢は慌てて声をかけた。


「あ、あの、ちゃんと報酬がないと、依頼として受け付けてもらえませんからね?」

 いや、流石にそれぐらいはわかっているだろう、と言い切れない空気が、目の前の娘にはあった。なんというか全体的にふわふわしていて、ギルドという空間にとにかく似つかわしくない。


「はい、承知しております。あいにくと、この程度のものしか持ち合わせていないのですが……足りるでしょうか?」

 娘は首を傾げながら、ゴソゴソとフードの裾を弄り、何かを握って取り出した。

 小さな手に握られていたのは、大人の親指ほどはあろうかという、大粒のサファイアであった。精緻なカットが施されており、そのままブローチにでもすれば、今すぐ店で売りに出せそうなほど、立派な一品であった。


「ひえ」

 即物的なお嬢ですら、思わず悲鳴を上げてしまうほどである。品質にもよるが、我輩の見立てが間違っていなければ十万エニーは下らないはずだ。これだけで一財産である。


「もしかして、一つでは足りませんか? それなら……」

「わああああああああ! 待ってくださいしまってしまってしまって!」

「?」

 首を傾げながらも、少女は石を裾に戻した。内側がポケットになっているらしい、そして口ぶりからすると、持っている宝石は一つ二つではないようである。


「あのですね」

「はい」

「こういうところで、そういうものを見せるのはですね、とても駄目です」

「駄目なのですか?」

 何故? と全身で問いかけてくる少女に、お嬢はんんん、と言葉をつまらせた。

 普段から常識というものを置き去りにしているだけあって、いざ人に一般的な感性を説くのに大きな抵抗があるらしい。


「アオ、あとで覚えておいてくださいね」

 心を読まれた、理不尽である。


「困りました、わたくし、どうしても行かなければならないところがあるのですが……」

「あ、待ってください、やめてください」

「?」

「それ以上聞いたら私が関わらないといけなくなっちゃいそうなので、聞きたくありません!」

『最低だなお嬢!』

 確か以前小僧が似たようなことを言った時は目を丸くしていたはずであるが。


「うるっさいですよ! 騙し取らないだけ善良ですよ! 今ほどハクラが別行動で良かったと思ったことはありません!」

 今更ではあるが、基本的に我輩とお嬢の会話は他の人間には聞こえないため、少女は首を交互に揺らし『?』を繰り返すだけであった。


「それに、確か護送系の《冒険依頼(クエスト)》は、報酬の支払いは現金じゃないと駄目ですから、どっちにしても宝石を報酬にするのは厳しいですよ、一度換金しないと」

 お嬢の言う通り、人間の護衛や商品の輸送等、《冒険依頼(クエスト)》を受けた街と、完了する街が違う場合は、エニー払い以外では受け付けない、とするルールが存在する。対価が物品である場合はわざわざ戻って報酬を受け取りに行かねばならなくなるが、現金ならどこのギルドでも依頼状さえあれば支払いが可能だからだ。


「まあ、そうなのですか?」

「そうなのです、なので家出とかは止めて大人しくお家に帰るのが良いかと思います」

 恐らく、金持ちの商人や地主あたりの、箱庭育ちの一人娘が、実家から旅の資金として宝石を持ち出して、街の外に出ようとしているのだろう、とお嬢は推測したらしい。

 そうなってくると、手持ちの物品を換金するのも難しい。物が上等であればあるほど、その出処を追求されるからである。()()()()()()()()()()

 それに対して、娘が何か言おうとしたその時であった。


「失礼する!!」

 勢いよく扉を開け放ち、ぞろぞろとギルドに入ってきたのは、腰に剣を携えた騎士達だった。サフィア教の文様が入っている所を見るに、パズの教会に属する三等騎士辺りであろうか。ギルド中の視線が、彼らに集まる。何だ何だと騒ぐものから、相手を認識して剣に手をかけるもの、囃し立てるもの、様々であった。


「きゃっ」

「あっ、こら、なんですか!」

 その姿を見た途端、娘はお嬢の後ろにささっと隠れてしまった。布の多いローブであるので、意外と隠せるものだ。


「その、申し訳ありませんが、少しだけ身を隠させていただけないでしょうか」

「現在進行系で隠れながらいうんじゃあありません! 教会騎士に追われてるって事は、もしかしてあれですか、教会からバックレて逃げ出そうとしてるとか修道女かなにかですかあなた!」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

 そうこうしている間に、教会騎士の一人が一歩前に出て、大きな声を張り上げた。


「ギルドの冒険者に告げる! 先程パズの教会にて、冒険者が修道女を拐かし連れ去るという前代未聞の事件が発生した!」

 それを聞くと、娘はあれ? と首を傾げ、お嬢も釣られた。


「拐かされた修道女ですか?」

 念の為尋ねると、娘は首を横にふるふると振った。嘘をついているようには見えない。


「我々はこの罪深き冒険者を探している! 発見次第、連絡をするように!」

 目を離している隙に話は進む。冒険者たちの大半は偉そうにするな、だの知るか! だの適当な野次を飛ばしているが、何人かは考え込む仕草を見せている。同じ冒険者として評判を下げるような真似をするものは放っておけないと判断する者たちか、あるいは教会に恩を売る機会だと思っているものか。


『時にお嬢』

「なんですかアオ、私は今、このローブにへばりついてくるちっこいのをなんとか引き剥がしたいのですが……!」

 秘輝石を持つお嬢は常人よりも遥かに強い力を出せるはずだが、娘はなおも離れようとしなかった。なかなかにガッツがある。


『我輩は一人、教会から修道女を連れ出しそうな冒険者に心当たりがあるのだが』

「はいぃ? パズに冒険者の知り合い、なん、て………………」

 反射的に答えてみたものの、今、誰が、どこに向かっているのか、話しながら思い出したのだろう。

 答えは、代わりに教会騎士が告げてくれた。


()()()()()を持つ、()()()()()()だ! 情報を提供してくれたものには相応の礼をする!」


「…………ハ」

 お嬢の怒りが、一瞬で沸点に達した。こうなると、暴れる以外に鎮める方法はない。


「ハークーラァァァァァァアッ! なぁーにしてるんですかもう!」

 幸い、その声が教会騎士に聞き咎められることはなかった。

 代わりに、お嬢のローブに捕まっていた娘が、ビクリと震え上がった。


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