故郷ということ Ⅷ
大蛇の様にうねりをあげながら迫りくる火砕流が、ボロボロと己を支えられなくなって崩れ落ちていく。
破滅の使者は、ラディントンに至る、本当に一歩手前で止まった。熱を奪われ、黒ずんだそれらは、未だ人が触れられる温度ではないものの、流体としての性質を完全に失っていた。
奇跡が起こった。
しかし、歓声はなかった。
誰がその姿を見て、喜べるだろう。代償として失ったものは、あまりに大きかった。
魔人としての姿を失い、落ちてきた小僧の両手足は、すでに存在していなかった。
胴体は七割以上が炭化し、内部で未だ赤熱を続け、残った肉を焼き続けていた。
あるいは、わずかに呼吸がある事自体が、既に奇跡なのやも知れぬ。それも、じきに消えてゆくだろう。
「あーあ、ちゃんと契約、したのにな」
お嬢が、目を閉じた小僧の頭を、ゆっくり撫でた。じゅう、とかすかに肉の焼ける音がしたが、誰も止めはしなかった。
「本当に、馬鹿なんですから。ばーか」
慈しむようにそうする様は、ある種の宗教画じみた美しさすら感じさせられる。
「…………う」
ギルク嬢が両手で己の顔を覆い、膝から崩れた。他の村人達も、似たようなものだ。
「……女神様」
クレセン嬢は、両手を組んで、祈った。天を仰ぎ、涙を流しながら、乞う。
「お願いします、助けてください、女神様。なんでもしますから。だから……この人を」
「クレセン」
ルーヴィ嬢が、静かに修道女の肩を叩いた。悔しそうに見えたのは、我輩の気の所為ではないだろう。
「……私達には、何も、できない」
「でも」
「できない、んだよ」
「クローベルでは、起きたじゃないですか、ルーヴィ様はだって、だから、今度も」
「…………奇跡は、もう起きた」
小僧が起こした。ラディントンを救う、という奇跡を。
二度は起こらない。
だから、奇跡――――。
『きゅぃ』
その時。
ぱかぽこと、のんきな足音を立てて、ニコが現れた。お嬢らが帰ってこないものだから、しびれを切らしたらしい。
「………………あ」
『きゅい?』
ニコの顔を見た瞬間。
小僧の頭を撫でていたお嬢が、ばっと飛び跳ねるように立ち上がって、ルーヴィ嬢の手を掴んだ。
「ルーヴィさん!」
「な、何?」
あっけにとられたルーヴィ嬢を差し置いて、お嬢はまくし立てた。
「クローベルですよ! クローベルの奇跡!」
「な、何?」
「もう一回起こせばいいんです!」
「何を、言って…………っ」
戸惑っていたのは、ほんの僅かだった。
お嬢の言葉の意味を、理解したのだろうか。
ば、と振り向いたルーヴィ嬢の視線の先には。
「………………え?」
祈りの手を組んだままの、クレセン嬢が居た。