故郷ということ Ⅶ
「どうして!? まだ一ヶ月以上余裕があったはずなのに……!」
悲鳴のような叫びに答えるものは、無慈悲で継続的な地震と、ボム、ボムと爆発音を響かせる火の山。
夜の空が、違う黒に塗りつぶされていく。これが、火の山の泣き声か。
「ああ、見ろ、あれ!」
そしてとうとう、山頂から赤いなにかがごぼごぼと溢れ、溢れだした。山肌をつたい、そこにあるもの全てを焼き焦がし、燃やし尽くして、どんどんと勢いと量を増していく。
「……今から全速力で逃げたら、間に合ったりするか?」
「全員は、多分無理です。私達だけで、ニコちゃんが本気を出したら、ぎりぎり、かもしれません」
「……クソッ」
冒険者は合理的な生き物だ、だから合理的に考えるなら、今すぐここから逃げるべきなのだ。
だと言うのに、何故俺は、別のことを考えているのだろう。
「……ね、ハクラ」
「……なんだよ」
「ハクラは今、自分がどんな顔してるか、わかりますか?」
「顔?」
「『あー、こいつら全員、助けてぇー、そのためなら、命ぐらいいくらでもかけてやるぜー!』、って顔をしてます」
「…………そりゃ悪かったな」
「お人好し」
「うるせえ」
もはや言い返す気力もない。お人好しで結構だ。
「私が気に食わないのは、ハクラがそう思うのが、私のためではないところです」
「…………はぁ?」
「だって、ギルクさんは綺麗だけどなんだか守ってあげたいタイプですし? クレセンちゃんは妹みたいで可愛いでしょう? ルーヴィさんにも、随分デレデレしてたじゃないですか」
「さっき剣交えたばっかりだけどな……」
当のルーヴィは、クレセンを抱きしめながら、俺とリーンをキッと睨んでいた。
「ハクラ、ハクラ。あなたは、誰のモノですか?」
この期に及んでそう言われれば、クソ、と吐き捨てるしか無い。
ラディントンに来てこっち、リーンには言わなかっただけで、何回も繰り返してきた。
俺はこいつの隣に居ると決めたのだから。
「……俺はお前のモノだよ」
えへへ、とリーンは嬉しそうに笑い。
「わかってるなら、いいです」
杖をとん、とんと鳴らす。先端の宝玉が震え、光の波紋を広げてゆく。
「――――ハクラのお人好しは、止められませんから」
ほんの数秒で、俺の体は大きく変じていた。
視界が随分と高くなって、その場にいる全員を見下ろせるようになった。背中の翼は、未だに使い方がよくわからない。
悪魔と魔女の混血児、魔人。
それが俺、ハクラ・イスティラの本性にして、正体だ。
「おおおお!」「なんだあれ――」「悪魔……?」
民衆はもとより、ギルクも、クレセンも、ルーヴィも、呆然と俺を見上げるのみだった。
「炎は熱、熱は光です。ティタニアスの権能なら、熱を奪い、溶岩を岩に戻せるはずです。ラディントンの手前で、止められると思います。でも」
熱を奪うということは、体に蓄えるということだ。
莫大なエネルギーを、体の中に。
「ハクラの体は、耐えられません」
「……万能じゃねえのな、魔人ってのも」
「だからさせたくないんです! もうもうもう! せめて私のためにしてほしかったです!」
頬を膨らませて、地団駄を踏みながらそんな事を言うもんだから。
思わず、笑ってしまった。
「何がおかしいんですか!」
「いや、あのなぁ……お前のためだろ」
「…………ふへ?」
「だから、このまま溶岩がラディントンに来たら、お前も巻き添えだろ」
「…………あ、そうでした」
「忘れるなよ!」
「だ、だって、ハクラはいっつも意地悪じゃないですか! 私はこーんなに尽くしてるのに!」
「よく堂々と俺にそこまで言い切れたなオイ!」
どこまでも身勝手すぎる女だった。
翼を広げる。飛ぶのはまだ慣れないが、行けるはずだ。
リーンが、ここにいるのだから。
「………………っ、いいですか、ハクラ!」
びっと杖を俺に突きつけて、リーンは叫んだ。
「帰って来たら、一緒に温泉に入りましょう! ルーヴィさんとは入ったんだから……ずるいです!」
ズン、と大きく大地が揺れて、更に溶岩が吹き上がった。
「…………ああ、帰ってきたらな」
正直な所。
それは凄く、楽しみではある。
◆
飛ぶ。
夜を飛ぶ。
闇を飛ぶ。
魔人の体である今、それら全てが俺の力だ。
『アッハッハッハッハッハッハッハ!』
流れ、迫りくる溶岩の中に、あの精霊が居た。
笑いながら、全てを飲み尽くそうとする、炎そのもの。熱そのもの。
「――――ああ、遊んでやるよ」
両手を広げると、形を伴った暗闇が、視界全てを覆い尽くし、世界を闇に染め上げる。
『アハハハッ!?』
闇がその手を伸ばし、触れた側から、赤熱した溶岩は、黒い岩に変じる。
赤が黒に、塗りつぶされていく。
「がっ――――!」
代償は、すぐさま身を焼いた。人の体なら近づいただけで、全てが蒸発するほどの熱が、体内を蹂躙する。
『アハ…………アッハッハッハ! アハハハハハ! ハハッ!』
ついに、本命の爆炎が吹き上がった。天に届く、赤熱の柱。
「…………笑ってんじゃねえ」
まるで意思を持っているかのように、上から崩れ落ち、流れ、こぼれ、全てを飲み込もうとする。川の様に流れ来る、溶岩の濁流。
あの熱量を、奪いきれなかったら。
俺の後ろにあるものは、全てあれに飲み込まれる。
「癇に障るんだよ、くそったれがあああああああああ!」
だから、それを通す事だけは、絶対にしない。
何があっても、絶対に。