旅するということ Ⅴ
「どういうことですか!」
翌朝。
どうせ時間をかけてラディントンに向かうなら荷物を運ぶなりの《冒険依頼》を受けたほうが合理的、ということで、ギルドに訪れた俺達の耳に入ってきたのは、若い女の怒鳴り声だった。
「ですから、ラディントン行きの依頼は受けられないんです。オルタリナ王、直々の勅命でして」
「そんな話がありますか!」
受付嬢に食ってかかる娘が怒りに任せて飛び上がる度、左右均等に結われた三つ編みがぴょこんぴょこんと小さく跳ねる。
「……なぁリーン」
「見ちゃ駄目ですよハクラ」
「いやでもあいつ見覚え」
「断言してもいいですけど、厄介ごとの入り口ですよあれ」
「……だよなぁ」
しかしそのキーキー声でカウンターを一つ独占しているものだから、周りの冒険者や、依頼の持ち込みに来た住人達はいい顔をしない。性質上、荒くれ者も多い場所なので、あれだけ騒いでいると……。
「うるせぇぞクソガキ! 邪魔だからさっさと退け!」
と、こうなるわけだ。百九十センチにも迫りそうな巨漢が、娘を見下ろしながら怒鳴り声をあげた。
これでビビって萎縮すれば可愛げもあるのだが、娘はよりによって男を睨みあげて十字架片手に怒鳴り返すから始末に置けない。
「大の大人が女性に向かって恫喝とは恥ずかしくないのですか! 女神はいつも貴方の素行を見ておられます、心なき暴言をか弱き者に投げかけるなど、女神はお許しになりません! 己の信仰と向き合い恥ずかしくないので…………きゃっ」
ぐだぐだ言い返している途中で、男も面倒になったらしい。首根っこを持ち上げられ、乱暴にぽいと放り投げられた。
「ひっ……」
そのままだと壁に直撃して、全身を打ち付けて、暫く痛みに悶える事になっただろう。
だが俺にとっては不幸なことに、足を伸ばせば間に割り込める位置に立っていて、更に最悪なことに俺はその娘の顔を知っていた。
「あーあ……」
リーンがポツリとそう漏らすのと、俺が娘の身体を受け止めるのはほぼ同時だった。
「っ………………あれ?」
なにせ武器を構えた冒険者相手に、それでも退かなかった娘だ。このまま放っておけば、どんな事態に発展するかわかったものじゃない。
「何してんだお前、えーっと確か……」
助けてやったにもかかわらず、顔を上げて俺の顔を認めた瞬間、きっ、と目を細め睨みつけてくる、ある種惚れ惚れするような豪胆さ。
「クレセンです、クレセン・リリエット!」
サフィア教【聖女機構】所属の修道女、クレセンは牙を剥きながらそう言った。
「つまり置いていかれたんだな?」
俺がそう言うと、クレセンは机を両手でバンと叩いて身を乗り出した。
「ち・が・い・ま・すっ!」
街と建物の大きさにもよるが、ギルドには大体飯を食う場所だったり談笑するための椅子だったり机だったりが置いてある。パズのギルドは三階建てで、場合によっては素泊まりも可能な大きなものだったので、幸い三人で座る席も空いていた。
「ルーヴィ様はお忙しいお方なのです、いつまでも終わった案件にかまってはいられません。ですから私にクローベルでの事後処理を任せ、一足先に北方大陸へと向かったのです!」
【聖女機構】の本隊は次の任務の為に、俺達よりも速く自前の船で北方大陸に向かったが、クレセンは諸事情で後から追いつくという話になっていたらしい、にしてもだ。
「お前みたいな子供がぁ?」
ユニコーンが大暴れして街を半壊させた挙げ句、奇跡が起こって死者は蘇りました。
クローベルで起こったことを一言で説明するとこうなるが、ユニコーンを聖獣と崇め奉るサフィア教からすれば大騒ぎかつ大問題になっただろう。
教会内部の諸事情に詳しいわけではないが、幼いクレセン一人が処理できるほど小さな話ではないはずだ。
「子供では、ありませんっ! それに……」
「それに?」
「…………何でもありません! とにかく、いま問題なのはそれではありません!」
怒りながらミルクをすする様はお子様そのものなのだが、言及すると話が進まなそうなので、無言で隣のリーンに目をやった。
「ふぁぁ……」
のんびりあくびしていた。興味がないにもほどがある。
視線に気づいたのか、む、と少しすねたような顔をして。
「厄介ごとの入り口だって、私はちゃんといいましたよ」
というのだから仕方ない。話を聞くのは俺の役目だということだ。
「どうしてラディントン行きの《冒険依頼》が提出できないのですか!」
「いや、俺らに言われても」
そう、パズのギルドでは、内容如何に関わらず『ラディントン方面へ向かう冒険依頼』は全て取り下げられて、新規の依頼もない状態らしいのだ。
受付嬢に確認した所、『領主の決定ですので』とのことで取り付く島がない。勿論、定期的に行き来しているはずの乗合馬車も停止している。
「勝手に向かう分にはいいのか?」
と尋ねた所、ため息とともに「ギルドとしてそれを止める理由はありませんが、おすすめはしません」とのお言葉を賜った。
「パズで待機して、ラディントンからルーヴィ達が帰ってくるのを待てばいいじゃねえか」
前も確認した通り、ラディントン周辺は山で囲まれている。何の目的があってルーヴィ達があの僻地に向かったのかは知らないが、こちらから向かうよりは待っている方が合理的に思える。
「それが出来るならそうしています!」
「何で出来ないんだよ」
「それをあなたにお話する理由はありません!」
生意気なことを言いながら、つーんと顔をそらす。助けてやった恩よりも、敵愾心が優先されるらしい。
「というか、ラディントンに何をしに行ったんです? ルーヴィさんは」
軽食で頼んだ野菜のチップスをつまみながら、リーンが尋ねた。
「あそこ、大したものないじゃないですか。天然の温泉と遺跡ぐらいでしょう?」
「え?」
その問いかけに、一度目を丸くしてから、その後、クレセンは少し困った顔をして。
「さぁ……?」
と返してきた。
「さぁって、お前……」
ここまで強情にルーヴィとの合流をしようとしているにも関わらず、当の目的はすっぽ抜けてるらしい。
「ル、ルーヴィ様は深い考えを持っておられます、私達下の者がすべてを知る必要はないんです!」
「お前らがそんなだからルーヴィに負担がかかりまくってんじゃねえのか?」
「~~~~~~~~っ!」
言い返してくるかな、と思ったら、悔しそうに顔をしかめて、悔しそうに睨んできた。……図星だったというか、自覚はあるのか。
「そうなんですか?」
「そうもなにも、【聖女機構】が教会の独立勢力を保ってるのはほぼ百%ルーヴィありきだろ」
A級冒険者の肩書と特級騎士の肩書、リーダーであるルーヴィがこの二つを兼ね備えているからこそ、か弱い少女しか居ない【聖女機構】がここまで恐れられているのだ。
勿論、恐れられるということは恨まれるということでもある。
サフィア教の教会なんて各地にいくらでもある。乗合馬車がなければ教会の保有する自前の物か、せめて馬の一頭でも借りればいいのだ。パズほど大きな街なら、それぐらいのものは用意できるはずだ。
だが、クレセンは、決して好んでいないはずのギルドを訪れた。それはクレセン一人の要望では、街の教会が足を用意してくれなかったことを意味している。
ルーヴィ特級騎士様がいないのであれば、小娘一人の使い走りなどゴメンだ、ということなのだろう。
「で、わざわざギルドまでやってきて、門前払い食らってキーキーやってたわけだ」
護衛をつけるなり、行商人の荷馬車に紛れ込むなりするつもりだったのだろうが、それも領主の命令でおじゃんとなってしまった。八方塞がりだ。
「……だ、だって。私は言われたんです。『ラディントンで待ってる』って」
顔を下に向けているのは、表情を見られないためにするだろうか。声が震えていても、気丈に振る舞おうとしているのは、見て取れる。
「だったら、わ、私は、ラディントンに、行かねばなりません。これ以上ルーヴィ様に、余計な心配や迷惑をかけるわけには、いっ、いきません……」
「けど、現実問題、お前がラディントンに向かう手段はないよな」
「……なら、歩いていきます」
「いや、やめとけ、死ぬぞ」
「死にません。正しい行いをするものを、女神サフィア様は見ておられます」
本当に女神なんて居ると思ってるのか、などと修道女に聞くわけには行くまい。
かといって、その信仰心に倣って荒野を行けば、間違いなく魔物に襲われる。
もっと悪ければ、野盗に出くわして、死ぬよりひどい目に合うだろう。一人広野を行く若い修道女なんぞ、またとないごちそうに違いない。
「………………」
一方、リーンは野菜チップスの消化に余念がない。こういう時グサグサ突き刺さる嫌味を滝のように垂れ流すのが趣味の女だと思っていたのだが、口を出さない。アグロラ達にぶちまけた毒はどこに行った。
「それが現実的じゃないとわかってるから、お前はギルドに来たんだろうが」
なので、俺が言うしか無い。売り言葉に買い言葉で言葉を並べ立てていたクレセンは、とうとうむっと口をつぐんだ。
「じゃあ、どうすればよいというのですか!」
「だからここで待ってろって。それが最善だろ」
いくら【聖女機構】がよく思われていなくて、馬車を出してくれなかったとはいえ、寝泊まりを拒否されるほどでは無いだろう。どれぐらいの期間になるかわからないが、現実を見据えればそれ以外クレセンが取れる手段はない。
「こっ、むっ、だっ、うっ、むっ…………」
なにか言い返したくて、しかし言い返せない事がわかっていて、もう自分でもどうにもならない、と言った様子だった。しかし、どう考えても、忠誠心と命では、命を取るべきだろう。
「…………教会には、頼れません」
やがて、力なく肩を落とし、心なしかしぼんだ三つ編みを萎ませて、ぼそりと言った。
「何でだよ」
「……私はまだ洗礼を授かっていないので」
それを言われると、こちらとしてもどうしようもない。一方で、リーンは首を傾げて、俺の袖をくいくい引っ張った。
「どういう意味です? クレセンちゃん、修道女なんでしょう?」
「肩書上はそうだが、正式には違うってことだ」
リーンが更に首をひねった。
こと専門分野に関しては他の追随を許さないほどの知識をもっているリーンだが、一方で慣習やら文化といったものに、興味がないのか、あまり頓着していないのか、かなり疎い所がある。リーンが受ける依頼は魔物絡みの案件が多いので、知る機会がなかったんだろう。曰く教会は敵らしいし。
「簡単に言うと、サフィア教に属する高位の神官が『お前はサフィア教の信者であり、女神に仕えるものである』と認める儀式の事だ。正式に洗礼を受ければ晴れて正式なサフィア教徒の正式な一員になる」
リーンの首が、反対方向に揺れた。
「信者になるのに許しがいるんですか?」
「信じるのは自由だけど信じさせる側にはルールがあるんだとよ」
教会は女神の慈悲でもって施しを行う。難民にパンを配ったりもするし、嵐の日にあてのない旅人を泊めることもある。
とにかく、基本的に教会は民衆の味方だ。なにせ女神を信じる者達からの寄付や援助で成り立っているので、無下に扱うことなど出来るわけもない。自分たちを信じる者に、彼らは援助を惜しまない。無論常識的な範囲で、だが。
一方で、『施す側』に回るのはなかなか難しい。いわば商人と客の関係だ。信者として女神を信じるのは自由だが、その教えを広め、説教をするとなれば相応の知識や経験を求められる。洗礼を受けるというのは、その第一歩、人生を女神に捧げるという証だ。
しかし女神が真に懐の内に入れるのは汚れなき者のみであり、その潔白を証明するために人は寄付を重ね、聖句を覚える。
修道女とは『洗礼を受け女神に仕える者』と『洗礼を受ける為に女神に仕える者』の二種類が居て、クレセンは後者なのだろう。馬車を出してもらえないのは、そういう事情もあるのかも知れない。
「でも、困ってたら屋根ぐらいは貸してくれるでしょう。私だって嵐の時はお世話になったことがありますよ」
冒険者かつ魔女の継承者でありながら教会の扉を叩けるその神経もなかなかに図太いが、事はそう単純ではない。
「そりゃあ、頼めば泊めてはもらえるだろうけどな」
「じゃあそうすればいいじゃないですか」
そう言われたクレセンのうつむき具合といったら。
「その場合こう言われるわけだ。『お困りであればお助けします。さぁどうぞお入りなさい。未熟な者であっても女神は見捨てはいたしません』、ってな。泊まれるのは良くて一日二日だろ、あくまで〝施し〟だからな」
それは、正式に洗礼を受けたい身であれば屈辱以外の何物でもないだろう。
あるいは、クレセンの立場であれば、【聖女機構】に属する事を根拠に通常の修道女として……つまり〝施し〟ではなく教会に属する者同士の〝互助〟としての扱いを求めたらどうなるか。
「かしこまりました、お助けしましょう。ところで貴女の上役はどなたでしたかな? となるわけだ」
お前の飼い犬は主の威を借りて、生意気にも一人前の扱いを求めてきたぞ、どんな教育をしているんだ? と、その負担は全て、【聖女機構】のトップであるルーヴィに向かうだろう。
「はー、教会って陰湿ですねえ」
「単純に【聖女機構】が好かれちゃいないしな」
なにせやっていることが〝魔女狩り〟だ。女神の教えに背く者を罰すると言えば聞こえは良いが、それで自前の船と馬を持ち、世界中を好き勝手飛び回り、現地の力関係など全て無視して振る舞うのだ。当然、その補給は各地の教会で行うことになるし、その対価をわざわざ払っていくとも思えない。そりゃあ、嫌われもするだろう。
「私達は……」
悔しそうに、クレセンは呟いた。
「無実を証明されたんです……ルーヴィ様に、してもらったんです、それなのに」
【聖女機構】は〝魔女でないことを証明された〟少女達の集団だ。だが不思議なことに、
彼女たちはその数を増やしていく。つまり、ルーヴィの庇護下でなければ生きていけない状況にある。
コーメカの時の様に、調査と対立の果てに行われる告発劇というのは、実は珍しい。
大体の場合は【聖女機構】の出番すら無い。フットワークは軽いだろうし、ルーヴィが率いる本隊以外にも動いているチームはあるのだろうが、全ての告発に間に合うわけでは、当然無い。その場合は、現地の教会にいる神父が判断を下す事になる。
食い扶持減らし、忌み子、不貞の子。誰かを疎んじる理由など、この世の中沢山ある。魔女であると認定を下すのは、最も合法的な〝人を殺す理由〟となる。
そんな立場にある娘達が、【聖女機構】の介入で助けられたとして、その生まれ故郷に残れるだろうか。
「……これ以上、ルーヴィ様に、迷惑は」
かけられないんです、と続けた。
後はもう、安宿を確保して、手持ちの資金でなんとかやりくりするしか無い。が、クレセンの様子を見れば、それが出来るなら最初からやっているだろう事ぐらいはわかる。今すぐどうこうなってしまうような事はないにせよ、万が一金を使い切っても【聖女機構】がパズに戻ってこなかった場合、今度こそ教会に、今度は無一文で頭を下げに行かねばならなくなる。
だったらその手持ちの金を《冒険依頼》に報酬にして、ラディントンに行くべきだ。辿り着けさえすれば、確実に合流できるのだから……という判断は、極めて合理的だ。
「…………で」
パリパリと食べ続けたせいで、もう野菜のチップスは残っていなかった。リーンは半眼で俺を見る。
「お人好しのハクラは、一体どうするつもりなんですか?」
結末は見えているんですけどねー、という声が、緑色の瞳に書いてある。
「俺はお人好しじゃない」
口にしてみた言葉は本音であったが、リーンは葬儀の場で笑えない冗談を聞いたかのように表情を変えなかった。
「俺は冒険者だ、合理的に、実益があって初めて動く。施しは教会の仕事だ」
「へー」
「……で、クレセン」
「なんですかっ」
顔を上げて、きっと俺を睨むクレセンの目尻には、わずかに涙が溜まっていた。
仇敵(俺達からすれば別にそうでもないが、こいつからしたらまあそうだろう)に弱音を吐いたことを後悔しているのかも知れないし、これからどうあがいたってルーヴィに迷惑をかけるであろうことは免れないことを悟った故の悔しさかも知れない。
「お前、いくらで《冒険依頼》を出すつもりだったんだ?」
「それをあなたに教える理由はありませんっ」
「俺達は馬車を持ってるんだけどな」
その一言で、クレセンの目が敵意から、驚愕の丸になった。冗談だと思ったのかも知れない。
「私の馬車ですからねっ、わ・た・し・のっ!」
「だそうだ。なのでこの大食い女の機嫌は取っといて損はないぞ…………痛っ!?」
机の下で脛を蹴られた。なんてことしやがる。
「ぁー……馬車には子供一人乗せても問題ないスペースがある。そんで、俺達の次の目的地はラディントンだ。奇遇だな?」
「え、あ、え、えええ……?」
目の前に、今必要としている物が全て現れた。
取り乱すなと言う方がどうかしている。だが、都合のいいように話が転ぶとは考えていないようだ。すぐさま、表情を取り繕い、再び俺を睨んだ。
「……何をすれば良いんですか」
わずかに椅子ごと体を退いたのは気の所為ではないだろう。
「俺達はどうせラディントンに行くなら《冒険依頼》を受けて稼ぐつもりで居た。ところがギルドはラディントン絡みの依頼を出せないらしい。だったら別の方法で少しでも稼いでおきたい」
つまり。
「お前が《冒険依頼》の報酬として支払うつもりだった額で、ラディントンまで運んでやる。どうだ?」
「……………………」
クレセンにとってはどう考えても破格の条件のはずだが、すぐに飛びつかないのはやはり警戒心が勝っているからだろう。
「…………千五百、いえ、二千エニー」
それでも、考えた時間は三十秒程度だった。
「…………それが限度です」
「わかった、それでいい」
多分、手持ちの総額は三千エニー前後と言ったところだろう。どれだけ狭い部屋でも、個室で泊まろうとすれば五百から八百エニーは取られる。そこから食費を引いたら、宿に泊まっていられるのはせいぜい三日がいいところだろう。
(ハクラ)
リーンが顔を耳元に寄せて、囁いた。
(相場的にはどうなんです?)
(五日間の足と護衛って意味じゃ、確実に相場以下だが、儲けにならんよりましだ)
それに、ちゃんと送り届けられれば【聖女機構】に恩を売れる。更に言うなら、馬車を駆ってラディントンについて、ルーヴィと鉢合わせれば、クレセンを見なかったかという話になるだろう。
見たと言えば何で連れてこなかったとなるし、見なかったと嘘をつけば後で合流したクレセンがあれこれ話して心象が最悪になる。
それ以前に、まかり間違ってギルドで怒鳴っていた時の様子でいようものならどこで野垂れ死ぬかわかったものではない。
(クレセンと遭遇した時点で、俺らは送り届ける以外の選択肢がないんだよ)
(ハクラって上手ですよね)
(あん?)
急に何を言い出すんだと思ったら、顔をすっと離して、べー、と舌を出した。
「人助けにもっともらしい理由をつけるの」
「やめてくれ、そういうんじゃねえ」
手を振って、目の前で内緒話をされたことでより一層顔をしかめているクレセンに言った。
「その条件でいい。飯は自分で用意しろよ」
「…………っ」
何か言おうとして、口をパクパクあけて、結局言葉にならず、うつむいて、それからやっと顔を上げて。
「ありがとう、ございます」
その言葉でもって、契約は成立した。