エピローグ
一週間が経過した。
結論から言うと、死者数はゼロで収まった。ユニコーンの光は、自分が殺めた者達を、本当に余すこと無く救ったらしい。とはいえ、破損した建築物が直るわけでは当然なく、特に灯台を失ったことは大きい。
アグロラとリクシールは、とっくに姿を消していた。罪に問われる前に逃げるというのは、全く合理的ではあるが、二度と冒険者としては生きていけないだろう。
「格好つけて死んだのにな!」と、ラモンドはゲラゲラ笑っていたが、原因となったパーティの一人だったことに代わりはなく、なにか言われる前にと、さっさとクローベルを出ていった。
一方、ユニカ祭りは中止となり、復興のために冒険者たちが駆り出される事になった。《大型冒険依頼》で儲け損ねた連中が、ここぞとばかりに仕事を求めギルドに押しかけた。
そして。
「――この度は、ご迷惑をおかけしました。全て、私の責任だ」
《大型冒険依頼》の発注者であるタンドル氏は、クローベルにある、まだ無傷だった別荘に俺達を呼び集めて、そう言った。
「まあ、結果的にビアトルは助かったしいいんじゃねえの?」
「良くないよ、街、すごいことになってるよ?」
そもそも帰りの馬車を出せないという理由で、テトナとジーレもまだクローベルにいた。病気の子供は、ユニコーンが蘇生させた際に病が改善したらしい。なんともまあ、ハッピーエンドな事だ。
「そうでもないですよ」
と、リーンは俺の耳元で言った。
「どういう意味だ?」
「やったことの償いは、誰かがちゃんとしなきゃいけないってことです」
ちなみに、俺の身体だが、リーンが杖で地面を叩く――いつものあれをやった瞬間、元に戻った。服が完全に破けていたので別の意味で大問題だったし、リーンは顔を真赤にして殴ってくるもので余計なダメージを負ったが。
「なんとお礼を言ったらいいか、わかりません……息子可愛さに、街を巻き込んでしまった。これからは、復興に力を尽くします、ああそうだ」
タンドルは、小切手を取り出し、リーンに渡した。金額は……五千万エニー。
「これが依頼の報酬です。息子を救ってくださったのは、アナタ達だ。受け取って欲しい」
あの戦いの後で非現実的な金額が、ぽんと目の前に出されてもなんだか釈然としない物があるが、あって困るものでもなし、貰える物なら貰いたい、と俺は思ったのだが。
「いえ、これはお返しします。クローベルの復興に使ってください」
と、聖女もかくやという柔らかな笑みで、リーンは小切手を突き返した。突き返された当人は勿論、俺もジーレもテトナも、全員目を丸くした。ルドルフはあくびをしていた。
「ですが、それでは私の気が済まない! どうか――」
「だってこの先、その程度の額じゃ到底済まないですから」
それは、もっと寄越せ、という意味ではないだろう。同時に、俺は気づいた。
リーンは、感情を抑えて、本気で怒る時、笑顔になるのだ。そしてこいつは、人の身勝手による魔物達の被害を許さない。
「それは、どういう……」
「ユニコーンは実在しました。そして、クローベルの伝承も本当です。この街は本当に、ユニコーンによって守護られていたんですよ」
それは、現状の答え合わせだ。リーンは『何故』に対するピースを当てはめていく。
「ユニコーンは百年周期で子供を産み、自らの角を子供に与え、その力と役割を受け継がせる事で世代交代をします。ユニコーンの目撃証言があったのは、自分の子供に契約を引き継がせるため
だったんです。クローベルを災厄から守り、街を発展させる為に。かつての狩人、クローベルとの契約を、ちゃんと覚えていたんです」
その結果、タンドルはユニコーンに目をつけた。角さえあれば、子供は治ると信じて。
「子供を取り戻すためにユニコーンは暴れ、その死を覆すために、本来子供に継がせるべき力、全てを使って蘇生させました。自分が殺したクローベルの人間達まで癒やしたのが、ユニコーンの人間に対する、最後の義理立てです」
「………………!」
タンドルの顔から血の気が引いた。リーンの言葉の意味を、理解したのだろう。
クローベルはユニコーンの守護があるが故に街壁を築かなかった。
必要がなかったからだ。
だが、今はもうその加護は消え失せた。子供にもそんな義理はない。横に広がりすぎて、人の手と目だけでは到底守り切る事の出来ないクローベルに、いつ魔物が襲ってきても、もうおかしくないのだ。
街壁を新しく作る建設費用、人足、材料、壊れた灯台も早急に建て直さねば船も今までの半分しか動かせない。交易都市としてのクローベルは完全に死ぬ。
その損害を取り戻すのに、あるいは以前の形まで戻すのに、五千万エニーなど、そりゃあ端金だろう。十倍あっても、百倍あっても足りないかも知れない。そしてその責任を問われるのは誰か。その原因となったのは、きっかけを作ったのは?
すべての責任を追求されれば、いくらタンドルが豪商であっても関係ない。
「……ボクが稼ぐ」
小さな声がした。いつの間にか、室内に少年がいた、ビアトル。
「ボクが原因なんだ、ボクが稼いでやる。だから、大丈夫だよ、パパ」
力強い瞳で、そう告げるビアトルを、父親は抱きしめた。
「……ビアトル、私は、おお、おおおおお……」
慟哭するタンドルに、かける言葉は見つからなかった。この事実が明らかになるまで、まだ時間がかかるだろう、これからこの街がどうなっていくのかは、まだ誰もわからない。
◆
「じゃ、テトナはライデアに戻るのか」
「はい、ギルドから、早めに戻ったほうがいいって言われて、馬車を用意してくれるそうなので。ジーレくんは……」
「仕事だから、ライデアまで送るよ。そんでクローベルに戻ってくる、やる事色々ありそうだし、ビアトルも心配だしなー」
そんな訳で、チビ共とはここでお別れになった。去り際に、テトナが『リーンさんを大事にしてあげてくださいね』などと言ってきやがったが、無視した。
【聖女機構】は、事件収束の直後に、もう自前の船でさっさと港を出てしまったらしい。意識を失っていたルーヴィとは、その後話していない。まぁ、そうそう会うこともないだろう。というか会いたくない。末永くどこか遠くへ行ってほしい。
そして、残ったのは俺達だけになった。
「……リーン」
「はい、なんですか?」
「いや、その……お前の名前のことなんだけどさ。俺、一番最初に聞いてたんだな」
そう告げると、リーンはにんまりと笑った。心の底から、花のような笑顔だった。
「やぁっと思い出しましたか。ちゃんと名乗ったのに、名前を教えろ教えろと言われ続け、暴力を振るわれかけた事を許してあげた私が、どれだけ寛大だったかわかりましたか?」
「色々異論を唱えたい事はあるが、まぁ、そうだな、俺が悪かった」
「ふふん、わかればいいのです。あ、けど、普段はリーンって呼んでくださいね。その名前を出すときは、本当に必要な場面だけなのです」
その言葉に、俺は深く頷いた。
「……あ、でも」
リーンは、ふと何か思いついたとばかりに、俺に近寄ってきた。
「今は二人きりだから、名前を呼んでくれても、いいですよ?」
深い深い、吸い込まれてしまいそうな、緑色の瞳が、じっと俺を見つめる。今までその目を直視できなかったのは、きっと本当に、虜になってしまうと感じたからかも知れない。
人ではなく、魔人である俺は、結局、この女に逆らえないのだろう、そして、それはあまり、気分の悪いことじゃない。
「……リーン」
「はい?」
本名を呼ばれることを期待して、待ち構えていたリーンは、はてと首を傾げた。
「あの時、俺は意識が朦朧としてたし、今の今までその事を忘れてたわけだ」
「はい、それがなにか……」
「俺、お前の名前、覚えてねえんだ」
にこ、っと。リーンの形が、違う種類の笑みになった。間違いなく、怒っている。杖をギュッと握りしめ、振りかぶって、リーンは叫んだ。
「ハクラの………………ぶぁぁぁぁぁあかっ!」
「あっぶねぇ!」
全力で振り抜きやがった、何だこいつ!
「もうもうもうもう、さいっていです! 一発殴らせてください!」
「死ぬわ!」
『やれやれ、飽きぬな、二人共』
呆れたようにスライムが言った。呆れているのだろう。
「で――次はどこいくんだ、リーン」
「北です、ラディントンっ!」
「んじゃ……準備を整えようぜ、結局、ほとんど儲けにならなかったし」
「その前に、やるべきことがあります! いいですか、私の名前はですね」
「おう」
「…………やっぱり教えません! 思い出すまで、忘れててください!」
「何だそりゃ」
全く合理的じゃなくて、こんなにも無茶苦茶なのに、恐ろしいほど居心地がいい。
とりあえず、この魔物使いの娘と旅をしてわかったことは。
俺の居場所はこいつの隣だという、実感を得られたことぐらいだろうか。