命ということ XⅫ
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全身汗だくな所を見ると、相当走ったのだろう。
リーンは呼吸を整えながら、俺の横へと歩いてきた。
ただでさえ身長が伸びてしまったせいで、俺は顎を下に向けて、リーンを見下さねばならなかった。
「ハクラ、かっこいいじゃないですか」
「……俺、これ元に戻れるんだろうな」
「さあ」
「いや、さあじゃ困るんだが……」
そんな俺の意見はざっくり無視され、リーンはユニコーンのもとに歩み寄った。
「……なあ、大丈夫なのか?」
『無論だ、たとえ霊獣神獣のたぐいであっても、お嬢には手を出せない。見ておれ』
言葉通り、ユニコーンはリーンが近づいても、踏み潰すなり貫くなりの攻撃動作をしなかった。
だが依然、空は荒れ、力は凝縮され続けたままだ。
「……霊獣ユニコーン、人の子達が、あなたの子を殺めました」
そんなユニコーンに、リーンは臆することなく、正面から向き合って、言った。
『返せ』
「はい、お返しします」
白い包みをそっと地面に置くと、それを解いて中身を取り出す。
「……あれは……」
首だ。苦悶の末に絶命した、ユニコーンの子供の首。
変化は、劇的だった。
親が、目を細めてその遺骸を見つめて、顔を近づけ、頬を舐める。
『人の子よ』
ユニコーンの声に、お嬢は頷き、答えた。
「私の権限で、契約を解除します。あなたの子供は、もうクローベルに縛られません」
『そうか』
その声が響くと、ユニコーンは蹄を一度、地面に打ち鳴らした。
背中に乗せて運んできて、戦闘中は何処かに置いてあったのだろう……首から上がない、遺骸の片割れが、光とともに浮いて、首の前に降り立った。
『――人の子よ』
「…………」
「ハクラを呼んでますよ、今の」
「えっ、俺!?」
呼ばれ、顔を見上げると、正気を取り戻した瞳が、俺をじっと見据えていた。
――その瞬間、頭の中を、一つの感情が埋め尽くした。それがユニコーンの意思である事を、俺は直感で理解した。
――怒り、ではなかった。憎しみでも、恨みでもない。子供を殺され、首を斬られたユニコーンが抱いたのは。
……悲しみだ。今まで繋ぎ紡いできた、人との絆を、人自らが断ち切った事への。
『……還ろう、我らは』
ユニコーンの角の光が、更に強くなった。
太陽光を直視した時――どころではない。
あの熱線以上の光量が、目を焼く、何も見えない。
「おい……! 何するつもりだ!」
「大丈夫です、ハクラ。ユニコーンの力は、癒やしの力、その角は奇跡を起こす、生命力の結晶です。殺すよりも、治すほうが得意なんですよ」
リーンは落ち着き払って、そう言った。程なくして、光の正体が知れた。
暖かい光が風となって、ふいに頬を撫でた。
鈴の音のように、シャラシャラと世界を叩く音がする。
「ん……う……」
「……! おい!」
……心臓を貫かれ、死んでいたはずのルーヴィが、動いた。
意識はまだ失っているようだが、もう何処にも傷はない。鎧に穴が残っているだけだ。
その波動はクローベルの隅々まで広がってゆく。失われた命を取り戻す、奇跡が。
『…………ぷぇ?』
子供のユニコーンの身体もまた、光に包まれ、失われていたものを取り戻していく。
確かにわかたれていた首と身体が繋がって、ムクリと起き上がると、何事もなかったかのように、きゅいきゅいと鳴いて、光を放ち続ける親にすり寄った。
「……すげぇ」
光の放出はしばらく続いた。
生きているものは、その奇跡を見上げ続け。
命を奪われたものは、その奇跡によって、失ったはずのものを取り戻していった。
『………………』
どれほどだっただろう、五分もなかったように思う。終わりは、突然訪れた。
ユニコーンの角が、ボロリと先端から崩れていった。同時に、肉体も端の方から、塵になって、崩れていく。
「っ! おい!」
「今の光は」
リーンは、静かに首を横に振った。
目を伏せて、寂しそうに、形を崩していくユニコーンを、見つめていた。
「ユニコーンが生涯蓄えて、本来は子供に継承させるはずだった、種族として持つ力の全部です。その全放出による奇跡は、完全に死に切る前の命であれば、救う事すら可能です、でも――」
サラサラと崩壊していく身体を、誰も止める事はできなかった。きゅい、きゅい、と子供のユニコーンが鳴いた。
「それを失ったら、ユニコーンは、命を保てません」
形を留めなくなった親の側で、いつまでも。