命ということ XX
○
「俺についてきて良かったのか?」
『現状、脅威はユニコーンの方だ。それに、今回に限っては我輩の力が必要であろう』
お嬢は我輩を小僧に預け、一人目的の場所へと向かった。小僧に抱えられたまま、街を駆け、街壁を越える。同時に、場を支配する『圧』とも呼べるべき何かが、全身をビリビリと打ち据える。
「……あれか」
我輩の目にも見えた。ユニコーン。立ち上がったその高さは、頭部までで四メートル近くある。角の長さを含めれば、その倍はあろう。傍らには、ルーヴィ嬢が倒れていた。心臓に大きく穴が穿たれ、生きていない事は明らかであった。
『――人の子よ』
「……なあ、声が聞こえるのは幻聴か?」
『幼き個体と違い、成長した霊獣は意識に問いかける。言語は関係ない』
ユニコーンは、小僧を見下ろし、告げた。
『返せ、それ以外を求めぬ』
「……お前の子供を殺したのは、俺だ。俺を殺して満足しちゃくれないか?」
『返せ』
返答は変わらなかった。
『それ以外を求めぬ』
「だよなぁ……!」
小僧はその言葉とともに剣を抜き放った。その速度も勢いも鋭さも、おそらくは小僧が出せる最善にして、最高のものであった。
ミシ、と音を立てて、魔導銀の刃はユニコーンの体毛の一本も斬る事ができなかった。埒外な硬さと柔らかさを持つその毛と皮膚に、すべての衝撃が吸収された。
「な…………!」
ズン、と蹄が軽く踏まれる。それだけで濃密に圧縮された魔素の塊が、霊獣の体を通し個性を帯び、熱量のある光となって小僧を貫いた。人間が行う『魔法』と同じ現象を、たったそれだけの動きで出来てしまうのが、霊獣なのだ。
「が、っは……!」
腸を貫かれた小僧は、その場で膝をついて、倒れた。
◆
ふいに、その時のことを思い出した。
ヒドラが転がっていた。何故、どうやって倒せたのか、それはわからない。
確実なのは、全身から血と熱が失われている、つまりもう助からないだろうということだ。
だから、霞む視界で、見た緑色を、俺は幻覚だと思った。
(生きたいですか? それとも、楽になりたいですか?)
そいつは、そう問いかけてきた。
誰か、何故か、という疑問を抱くこともなく、俺は考える。
死ぬことは怖くない。生きることは面倒だ。
疲れた。止めてしまいたい。
もう全部、どうでもいい。
心のどこかがそう言っている。
頭のどこかが叫んでいる。
だけど、俺の口から出てきた言葉は、全く逆のそれだった。
『生きたい。死にたくない。まだ……やるべきことがある』
言葉を聞いた緑色は、静かに頷いて、俺の手をとった。
(わかりました――では、私と契約をしましょう)
『契約――――?』
(はい、私は、あなたを生かします。代わりに、あなたは私の旅を手伝ってください。遠い遠い北の果て、クロムロームの約束の地まで。私を守り、私を支え、私と共に、来てください)
優しい声だった。
甘やかな声だった。
すべてを委ねたくなるような声だった。
『――――わかった――――』
こんな下らない世界で。
こんな下らない俺が。
その言葉だけは裏切らないようにと思った。
(――――我が名は×××××××・リングリーン。汝、我と寄り添い共に歩むならば)
その声が、俺に力をくれた。遠のいた光を、再び手に戻す、緑色の、柔らかな。
(――――目覚めて、生きなさい。死なないで――ハクラ・イスティラ!)