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命ということ XX



「俺についてきて良かったのか?」

『現状、脅威はユニコーンの方だ。それに、今回に限っては我輩の力が必要であろう』


 お嬢は我輩を小僧に預け、一人目的の場所へと向かった。小僧に抱えられたまま、街を駆け、街壁を越える。同時に、場を支配する『圧』とも呼べるべき何かが、全身をビリビリと打ち据える。


「……あれか」


 我輩の目にも見えた。ユニコーン。立ち上がったその高さは、頭部までで四メートル近くある。角の長さを含めれば、その倍はあろう。傍らには、ルーヴィ嬢が倒れていた。心臓に大きく穴が穿たれ、生きていない事は明らかであった。


『――人の子よ』

「……なあ、声が聞こえるのは幻聴か?」

『幼き個体と違い、成長した霊獣は意識に問いかける。言語は関係ない』


 ユニコーンは、小僧を見下ろし、告げた。


返せ(、、)、それ以外を求めぬ』

「……お前の子供を殺したのは、俺だ。俺を殺して満足しちゃくれないか?」

返せ(、、)


 返答は変わらなかった。


『それ以外を求めぬ』

「だよなぁ……!」


 小僧はその言葉とともに剣を抜き放った。その速度も勢いも鋭さも、おそらくは小僧が出せる最善にして、最高のものであった。

 ミシ、と音を立てて、魔導銀(ミスリル)の刃はユニコーンの体毛の一本も斬る事ができなかった。埒外な硬さと柔らかさを持つその毛と皮膚に、すべての衝撃が吸収された。


「な…………!」


 ズン、と蹄が軽く踏まれる。それだけで濃密に圧縮された魔素の塊が、霊獣の体を通し個性を帯び、熱量のある光となって小僧を貫いた。人間が行う『魔法』と同じ現象を、たったそれだけの動きで出来てしまうのが、霊獣なのだ。


「が、っは……!」


 腸を貫かれた小僧は、その場で膝をついて、倒れた。



 ふいに、その時のことを思い出した。

 

 ヒドラが転がっていた。何故、どうやって倒せたのか、それはわからない。

 確実なのは、全身から血と熱が失われている、つまりもう助からないだろうということだ。

 だから、霞む視界で、見た緑色を、俺は幻覚だと思った。


(生きたいですか? それとも、楽になりたいですか?)


 そいつは、そう問いかけてきた。

 誰か、何故か、という疑問を抱くこともなく、俺は考える。

 死ぬことは怖くない。生きることは面倒だ。

 疲れた。止めてしまいたい。

 もう全部、どうでもいい。


 心のどこかがそう言っている。

 頭のどこかが叫んでいる。

 だけど、俺の口から出てきた言葉は、全く逆のそれだった。


『生きたい。死にたくない。まだ……やるべきことがある』


 言葉を聞いた緑色は、静かに頷いて、俺の手をとった。


(わかりました――では、私と契約をしましょう)

『契約――――?』

(はい、私は、あなたを生かします。代わりに、あなたは私の旅を手伝ってください。遠い遠い北の果て、クロムロームの約束の地まで。私を守り、私を支え、私と共に、来てください)


 優しい声だった。

 甘やかな声だった。

 すべてを委ねたくなるような声だった。


『――――わかった――――』


 こんな下らない世界で。

 こんな下らない俺が。

 その言葉だけは裏切らないようにと思った。


(――――我が名は×××××××・リングリーン。汝、我と寄り添い共に歩むならば)


 その声が、俺に力をくれた。遠のいた光を、再び手に戻す、緑色の、柔らかな。


(――――目覚めて、生きなさい。死なないで――ハクラ・イスティラ!)



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