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命ということ XⅧ



「……っ」


 どれ位意識を失ってただろうか、体感ではほんの僅かなはずだ。


(重てぇ……)


 誰かが俺に乗っている。硬い感触から、瓦礫か? と思ったが、どうやら違う。


「……おう、無事らしいな」


 ラモンドだった。俺をかばうようにのしかかり、頭から血を流している。


「――ラモンド!」

「心配するな、ぐふっ、大したことぁ無い……」


 どうみても、大したことがある。何せ腹部の半分が無い。瓦礫に鎧ごと潰されて平べったくなっていた。中身の肉と内臓は、無残なことになっているはずだ。


「……っ」


 周囲を見る、瓦礫の山だ。上を見上げると黒い空があった。二階がふっとばされて、まとめて落ちてきたんだろう。部屋にいた面子の内、アグロラとリクシールの姿はない。ギルドの職員や有識者達の、動かない腕がチラホラと見えた。


「……お前が助けた命だ、お前を助けるために使っても……はは、いいだろうよ」

「馬鹿野郎、頼んでねえぞ」

「それを言ったら、俺もお前のあの日、助けてくれとは言ってな……ぐ」

「……喋るなよ」

「…………ハクラ、お前は、冒険者に向いてない」


 ラモンドは、呼吸を荒くしながら言った。もう目は俺をみていない。


「……お前は――――だからな、好きに、生き――――」


 それで終わりだった。再会した仲間との別れは、唐突に訪れ、随分あっさりとしていた。


「……そうだ、ジーレ達は……」

「ワオウ!」


 聞き覚えのある鳴き声だった。ルドルフが、瓦礫の上を器用に辿って、近づいてきた。


「ルドルフ、お前も居たのか」

「ウォウォウ! ウォン!」


 俺を見て一声吠えると、そのまま鼻をふんふんと鳴らし、やがて瓦礫の山の一つに執拗に爪を立て始めた。


「どいてろ」


 力を込めて、瓦礫を退ける。冒険者の力なら訳はない。


「ジーレ、テトナ、無事か」


 果たして、瓦礫の下に二人は居た。ジーレがテトナをかばう形で上に乗っている。


「……いってぇぇぇ! あ、ハクラの兄ちゃん! 俺達は平気、テトナが気失ってるけど、怪我はない……あ、ビアトル――――」


 瓦礫から這い出てきたジーレの視線の先を、俺も見た。

 ベッドごと、巨大な瓦礫に潰されていた。下に誰かいたら、ひとたまりもないだろう。

 足の先だけ僅かに見えた。小さな体の上に、太い、恰幅の良い男の体が重なっていた。


「……………………ちっくしょう、治るんじゃなかったのかよ」


 ジーレの声は、悔しさに滲んでいた。拳を強く握って、けれど、泣かなかった。


「……とりあえずお前らは安全な所に逃げろ」

「安全な所って?」

「わからん。ただ、光線は陸地から出てたから、とりあえず港の方だ」

「……わかった、ハクラの兄ちゃんは?」

「止めに行く」


 何を、とは、ジーレは聞かなかった。その頭を、俺は小さく叩いた。


「ちゃんとテトナを守れたな、一人前の冒険者だぜ、お前」

「…………仲直りしろよな」

「ん?」

「リーンの姉ちゃんと! テトナ、すっげー気にしてたから」

「……ああ、わかった、ありがとな」


 俺は駆け出す前にもう一度、ラモンドの亡骸を見た。兜越しの表情は、なぜだろう。

 満足そうに死にやがって、悲しみ辛いじゃねえか。



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