命ということ XⅧ
◆
「……っ」
どれ位意識を失ってただろうか、体感ではほんの僅かなはずだ。
(重てぇ……)
誰かが俺に乗っている。硬い感触から、瓦礫か? と思ったが、どうやら違う。
「……おう、無事らしいな」
ラモンドだった。俺をかばうようにのしかかり、頭から血を流している。
「――ラモンド!」
「心配するな、ぐふっ、大したことぁ無い……」
どうみても、大したことがある。何せ腹部の半分が無い。瓦礫に鎧ごと潰されて平べったくなっていた。中身の肉と内臓は、無残なことになっているはずだ。
「……っ」
周囲を見る、瓦礫の山だ。上を見上げると黒い空があった。二階がふっとばされて、まとめて落ちてきたんだろう。部屋にいた面子の内、アグロラとリクシールの姿はない。ギルドの職員や有識者達の、動かない腕がチラホラと見えた。
「……お前が助けた命だ、お前を助けるために使っても……はは、いいだろうよ」
「馬鹿野郎、頼んでねえぞ」
「それを言ったら、俺もお前のあの日、助けてくれとは言ってな……ぐ」
「……喋るなよ」
「…………ハクラ、お前は、冒険者に向いてない」
ラモンドは、呼吸を荒くしながら言った。もう目は俺をみていない。
「……お前は――――だからな、好きに、生き――――」
それで終わりだった。再会した仲間との別れは、唐突に訪れ、随分あっさりとしていた。
「……そうだ、ジーレ達は……」
「ワオウ!」
聞き覚えのある鳴き声だった。ルドルフが、瓦礫の上を器用に辿って、近づいてきた。
「ルドルフ、お前も居たのか」
「ウォウォウ! ウォン!」
俺を見て一声吠えると、そのまま鼻をふんふんと鳴らし、やがて瓦礫の山の一つに執拗に爪を立て始めた。
「どいてろ」
力を込めて、瓦礫を退ける。冒険者の力なら訳はない。
「ジーレ、テトナ、無事か」
果たして、瓦礫の下に二人は居た。ジーレがテトナをかばう形で上に乗っている。
「……いってぇぇぇ! あ、ハクラの兄ちゃん! 俺達は平気、テトナが気失ってるけど、怪我はない……あ、ビアトル――――」
瓦礫から這い出てきたジーレの視線の先を、俺も見た。
ベッドごと、巨大な瓦礫に潰されていた。下に誰かいたら、ひとたまりもないだろう。
足の先だけ僅かに見えた。小さな体の上に、太い、恰幅の良い男の体が重なっていた。
「……………………ちっくしょう、治るんじゃなかったのかよ」
ジーレの声は、悔しさに滲んでいた。拳を強く握って、けれど、泣かなかった。
「……とりあえずお前らは安全な所に逃げろ」
「安全な所って?」
「わからん。ただ、光線は陸地から出てたから、とりあえず港の方だ」
「……わかった、ハクラの兄ちゃんは?」
「止めに行く」
何を、とは、ジーレは聞かなかった。その頭を、俺は小さく叩いた。
「ちゃんとテトナを守れたな、一人前の冒険者だぜ、お前」
「…………仲直りしろよな」
「ん?」
「リーンの姉ちゃんと! テトナ、すっげー気にしてたから」
「……ああ、わかった、ありがとな」
俺は駆け出す前にもう一度、ラモンドの亡骸を見た。兜越しの表情は、なぜだろう。
満足そうに死にやがって、悲しみ辛いじゃねえか。