生きるということ Ⅳ
そこそこ栄えた街が近い村というのは活気がある。旅人を泊める宿があり、そこに誘うための名物があり、それを盛り上げて金を落としてもらうために村人は様々な工夫をする。
特にライデアのような売りのある村はその傾向が強いのだが、歩いて見た限りでは、極めて空気が重く意気消沈している。
祭り時に村の名産を大量出荷した……つまり儲けがでたあとのハズなのだが、親しい隣人がいつ鉈を振り上げて襲ってくるかわからない、という状態は大分応えるのだろう。
「……一応確認したいんだが、相手は本当にコボルドなんだろうな。実は人狼でした、とかだったら洒落にならねえぞ」
「こんなところに人狼がいたらそもそも村が壊滅してます。人間だって余程のことがない限りは食べません」
「余程の事があったら喰うのか」
「北部大陸の人狼の一部の群れは、成人の儀式の為に人間を狩ったりしますけど」
「怖ぇよ……相手にしたくねえ」
「ハクラなら大丈夫ですよ、頑張れ頑張れ」
「雑に褒めんなや! つーか俺がどれだけ戦えるか知らねえだろ」
「あら、三つ首ヒドラを一人で倒せるぐらいには強いんでしょう?」
リーンに意地悪い顔で聞かれ、俺は頭を掻いた。
「……正直火事場の馬鹿力だよ、どうやって倒したのか覚えてねえ。相打ちに出来たのは奇跡だ」
「はあ、じゃあハクラは前衛としても下の下のクソザコナメクジだということですか。ち、つっかえないですねー」
「極端から極端に走るんじゃねえよすげぇ速度で罵倒してくんなや!」
「じゃあ実際の所、どんなもんなんです? 全然気にしてませんでしたけど、冒険者階級は?」
冒険者階級は、ギルドが制定した『あなたはこの職種に於いてこれぐらい強いですよ』という指標だ。戦士、格闘士、射手、魔道士、治癒士と言った具合に『何ができるか』でカテゴリ分けされ、下はEから上はSまでの合計六段階。さらに細かくプラスマイナスの評価がつく。
これによって受けられる冒険依頼の規模や報酬が変わってくる。“秘輝石”を照合すれば一発で判明する為、偽装も出来ない。
E,Dが駆け出し。Cで一人前とされ、ここまでが冒険者全体の六割を占める。
三割がBに属し、いわゆるベテランの扱いを受ける。最後の一割がAランク、その道における達人とされ、地位と富と名声を思いのままにできる冒険者の『終着点』と呼ばれる。
Sは長いギルドの歴史の中でも、両手の指で足りるか足りないか程度しか存在しない、文字通り伝説だ。
閑話休題。
「戦士のB+だよ、文句あるか」
その物差しで言うと、俺は三割に含まれる。プラスの評価は戦力以外の要素で付与されたものだが――――
「はあ……じゃあ本当にハクラそこそこ強いんですね、あてになりそうでよかったです」
「お前は! 何で! 俺を! 護衛に雇った!」
「流れですけど……」
「その雑な流れでここまでお前に振り回されている俺の気持ちがわかるか、あぁ!?」
ちなみにコボルド退治の適正ランクはEだ。なぜ俺がキレたかわかろうというものだろう。
「うっふふ、じゃあ私、楽できそうですねー。乱暴ごとは全部ハクラに任せます!」
「元々そのつもりではあったんだが、明言されると腹立つな……っつか」
俺はリーンの右手の、エメラルドグリーンの“秘輝石”を睨みながら言う。
「お前の冒険者階級は何なんだよ」
「ひ・み・つ、で~すがっ」
全く悪意はなかったのだが、口元に人差し指を立ててウインクしながら可愛くのたまったリーンの頭部を、俺は反射的に鷲掴みにしていた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!?」
「はっ! 俺はなんてことを――――体が勝手に!」
「痛いって言ってるでしょうーっ!?」
「すまねえ、リーン……目の前の女があまりに腹立たしすぎてつい……」
「いーーーたーーーいーーーってばーーー!」
『お嬢、お嬢、周りの目が気になるから静かにしろ』
「止めてくださいよ!?」
「で、冒険者階級は」
「その前に離してくーだーさーいーっ!」
そうだった、意識的にやったことではないからつい手放すのが遅れてしまった……カッとなりやすいのは俺の悪い癖だ、注意せねばならない。それを身体を張って教えてくれたリーンに、ほんの少しだが感謝という名前の感情が芽生えた。思わず手に力がこもってしまう。
「ちょ、洒落にならな……あ、ぎぎぎぎがががががが」
俺がこいつに対して、そんなことを想える事を、どこか嬉しく感じる。そうだ、一言礼を言っておくのも悪くないんじゃないだろうか、そう考えられるぐらいに。
「リーン……ありがとな」
「あがががががががが!!!」
「俺、お前のお陰で大事なことを少し思い出せた気がするよ……」
『小僧、小僧、そろそろ離してやれ、段々年頃の娘が発していい悲鳴ではなくなってきた』
流石に言うとおりなので、開放してやった。
手が離れた直後、リーンは凄まじい抜き打ち速度で杖を振りかぶって、全体重を乗せて全力で俺に向けて振り下ろしてきた。
ガキン、と鈍い音がする。金属製の杖と、俺の剣の鞘がかち合って、膠着した。
「ハァー、ハァー、ハァー……」
「ごめん待った悪かったすげえ腹たったけどそれはそれとして謝るからその顔やめろ」
リーンの、深緑の美しい瞳がこれでもかとばかりに据わり血走っている。悪鬼の形相だった。
流石に冒険者の膂力でこの獲物が俺の頭に直撃すると深手は免れないので、俺は下手に出るしか無い。
『……出ているか?』
「心を読むな」
そのまましばらく俺達は睨み合っていたが、力比べでは勝てないと理解したらしく、リーンは一歩引くと、ぶすっとした顔で言った。
「今日の夕飯のハクラの分の鶏は私がもらいますからねっ!」
「そこで食い物で妥協する辺りがお前らしいな……」
「ぜぇーったいぜぇーったい許しませんからねーっ!」
「お前本当に自分が何かされることに関しては根深いな恨みが!」
「私が舐めた態度をとったことに関してはこれでチャラにしてあげただけありがたいと思って下さい!」
「まった文脈の前後が死ぬほど噛み合ってねえ」
とにかく、小競り合いが終わった。いや、人の冒険者階級を尋ねておいて自分のは言わない、というのは冒険者間の礼儀としては最高に無礼に値するのだ。名前を聞いておいて名乗らないようなものである。
……俺、この女に両方されてるな……。
「で、結局お前の冒険者階級は?」
「EXです。魔物使いなんてカテゴリはギルドにはないですからね」
EX、あるいはEX。
ギルドが『どう区分していいかわからない』時につけられる階級である――――あらゆる魔物を敵としないが、(おそらくは)戦闘力においてはそう高くないリーンに対してならば、妥当な評価ではある。
「……本当に色々と無茶苦茶な奴だな」
とりあえず溜飲が下がったので、この話題に関しては切り上げだ。やるべき本題は別にある。
「――――――――」
その時、何分、公衆の面前で大騒ぎしていた事もあって――――俺達をじーっと睨みつけている誰かがいることには気づかなかった。