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命ということ XⅥ



 ――――意識を失っていたようだ。我が子を産み落としてから、最近、こういった時間が増えた。周囲の環境を、かなりの間、野ざらしにしてしまっていた事になる。

 手早く魔力で周囲を満たし、再び『迷路』を造った時、異変に気づいた。

 もはや動かす事も億劫な体を起こし、蹄を鳴らす。それが己の体の一部であるように、住処を囲う水晶化した木々が割れ、道を作り出す。

 鼻が感じ取った臭いの先。もう大分嗅ぐこともなかったそれ。


『………………』


 道端に、それは転がっていた。

 白い体の首から下はドス黒い液体で染め上げられ、その上から先は、どこにも見当たらなかった。


『………………』


 角でそれを拾い上げ、自らの背中に乗せると、静かに歩き出す。

 蹄が地面を叩く度に、パチパチと、白い光が爆ぜた。空の青が、逃げ出すように自らを雲のベールで覆い始めた。

 その速度は徐々に徐々に高まっていき、一瞬後には周囲の景色全てを置き去りにした。



 山から下るようにして現れた黒雲が、街を包み込む頃になって、我輩らはクローベルに到着した。思ったより時間はかからなかったが、どうやら街の様子がおかしい。


「……リーン・シュトナベル、ついてきて」

「え、もう後は任せてのんびりしたいんですけど、なんでですか」

「万が一、角が機能しなかった時、責任をとってもらう、わ」

「いーーやーーー!」


 嫌がるお嬢の手を、ルーヴィ嬢はがっしり掴んで離さなかった。流石に抵抗の余地はないので、すぐに諦めて従うことになったが。


『……雲の色がおかしいな』


 あれだけ晴れ晴れとしていた空が、今は雷雨でも降り注がんばかりの黒雲に覆われている。それらは渦を巻いて、遠く……我々が来た辺りの空を中心に渦を巻いていた。


「異常気象……でなければ、大規模な魔素の乱れとかですかね」

「魔素で天気が変わる……の?」


 ルーヴィ嬢の疑問は、反射的にでたものだったのだろう。


「はい、精霊が機嫌を損ねれば雨が枯れるというように、土着の精霊やそれに伴う魔素の変化と天候は密接な関係にあります。でもあんな極端な変化となると…………」


 そこまで言って、お嬢は黙った。顎に手を当てている、何かを考えている仕草だ。

 そうこうしている間に、ギルドにたどり着いた、が、様子がおかしい。冒険者で溢れているはずのギルドは今や閑散とし、何人かが備え付けのバーで酒を飲んで管巻いているか、不機嫌そうに口論をしているだけであった。カウンターには誰も居ない。


「……どういう、こと?」


 首をかしげるルーヴィ嬢、その横で、お嬢が「あ」と言った。


「まさか、まさかまさかまさかまさかまさか」


 お嬢は受付に詰め寄った、ちょうど見知ったラメラネ嬢が椅子に座ったまま体を伸ばしているタイミングで、どんとカウンターを思い切り叩いて叫んだ。


「ラメラネさん! もしかしてユニコーンの角を持った冒険者、来ちゃいましたか!?」

「ふいぇ!? あ、はい? あー……はいはい、そーです、来ましたよ、遅かったですねー、残念でしたー」


 お嬢がギルドに来るのをすっぽかしたのを根に持っているのか、顔を認めるやいなやかなり雑な態度であった。が、お嬢は無視して叫んだ。


「今すぐ緊急命令を出して! 街の全員避難させてください!」

「…………へ? な、何言ってるんです? そんなの私の権限じゃどうにも……」

「いいから早く! もう来ちゃ――――――」


 その時、ずずん、と建物全体が揺れた。次いで、悲鳴と轟音。


「――――ってるじゃないですかあ!」



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