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命ということ XV



 ラメラネ・エスマは盛大に溜息を吐いた。街の人々からは『うちの《冒険依頼(クエスト)》はどうなってるんだ』と苦情が来るし、冒険者からは『《大型冒険依頼(グランドクエスト)》の新情報を寄越せ』と突かれる。普通の《冒険依頼(クエスト)》を受けてくれるみたいなことを言ってた少女は結局翌日から姿を現さない、期待して損をした。


「はぁーあ……」


 自分に言われても仕方ないことを延々と言われ続けるというのはかなりの精神的疲労が伴う物だ。ユニカ祭りに備えて申請していた休暇もこの様子だと取れそうにない。


「……?」


 不意に、ギルドの中がざわつき始めた、カウンターに押しかけていた人の群れが分かれて、その真中を誰かが歩いてくる。見覚えのない冒険者だ。エスマの優秀な先輩ならばまだしも、ラメラネは数が多すぎていちいち覚えていられない。


「失礼、僕はアグロラという。《大型冒険依頼(グランドクエスト)》の発注者である、タンドル氏に取次いで欲しい」


 若い冒険者は、赤い色をにじませたズタ袋を片手に言った。


「ユニコーンの角を、僕達のパーティが見つけたと!」



「私、船って初めてみたけど、あんなに大きくて重たいのに、何で水に浮くの?」

「浮力っていうんだよ、物が水を押しのけた時には上に対して浮き上がる力が働くんだ」

「ていうか、俺、海初めてみた」

「そう、すっごい広くて、びっくりしちゃった。とっても綺麗だし、あれってどこまで続いてるんだろう?」

「海は全部繋がってるよ、ていうか海の上に大陸があるんだよ。ここがクローベルで――」


 翌日の挨拶回りを終えて、俺とテトナが、またビアトルの部屋で話をしていた。ビアトルは滅茶苦茶ものしりだ。体が動かない分、勉強だけは沢山したって本人は言ってる。俺は机に向かって文字を見ると眠くなるから、素直にすごいと思う。


 地図を広げて、この青い部分が全部海で、人間が住める陸上はこれだけしか無いと言われたときは、俺もテトナも唖然としたし、世界は実は丸くて、陸地も海も関係なくずーっとまっすぐに進んだら、同じ場所に戻ってくるって聞かされたときはもっとびっくりした。


 ちなみに、俺達が話してる間、ルドルフは手の空いたメイドの姉ちゃん達に撫でられたり可愛がられたり甘果実(エリシェ)を貰ったりしてすげぇ楽しそうだった、あれはあれで、ちょっといいな。


「――ビアトル!」


 そんな時、タンドルのおっさんが勢いよく駆け込んできた。ぜぇぜぇ息を切らせて、腹がタプタプ揺れていた。


「見つかった! 見つかったぞ! お前の病気を治せる!」

「――マジで!」


 ビアトルより先に俺が喜んでしまった。いっけね。


「……パパ、本当?」

「ああ、冒険者が見つけてきてくれた、ユニコーンの角だ! さあ、アグロラさん! こちらへ!」

「……アグロラ?」


 タンドルのおっさんに招かれて入ってきたのは、俺の知ってる冒険者達だった。アグロラさんに、リクシールの姉ちゃんに、ラモンドのおっさんに……。


「ハクラの兄ちゃん!」

「ジーレ? テトナも……お前なんでこんなとこいんだ」


 なんか疲れてるように見えるけど、確かにハクラ兄ちゃんだった。そっか、アグロラさんたちと合流できたんだっけ。


「やあジーレ、久しぶりだね」


 アグロラさんも、前と変わらないように見え……いや、なんか、怖いな、笑顔。手に持ってる袋が赤く滲んでるのも、なんかヤバそうに見える。


「早速だが、お願いしてもよいだろうか」


 さらに、ぞろぞろと入ってきたのは、ギルドの職員のおっさんだったり、見るからに偉そうなおっさん達だったり、教会の神官だったり……立会人か何かなんだろうか。

 居てもたっていられない、って感じで、タンドルのおっさんはアグロラさんを促した。アグロラさんは頷いて、ズタ袋を開いて、それ(、、)を取り出した。

「わ」

 テトナが小さく声を上げた。悲鳴ってよりはびっくりしたみたいだ。

 それ(、、)は、真っ白な馬の首だった。白目を剥いて、だらっと口から舌が溢れて、苦しそうな表情で死んでた。頭から短い角が生えてて、絵とか詩とかで聞いたことのある、ユニコーンだってすぐわかった。死体が生々しすぎて、作り物にはとてもじゃないけど見えない。


「な、何これ……え、これで、ボク、治るの?」


 俺は魔物の死体を見慣れてるし、テトナも村育ちなら家畜の屠殺ぐらいしたことあるだろうけど、ビアトルはこんなもん、見たこと無いだろう。思わずそう言ったのも無理ないと思う。


「勿論だ、教会の方にも確認していただいた、正真正銘、本物のユニコーンの角だ」


 首を畳んだ真っ赤な毛布の上に乗せて、リクシールの姉ちゃんがビアトルに一歩近づいた。


「さあ、この角に触れて。私の魔法であなたの体に癒やしの力を流し込むの、そうすれば、すぐに病気は良くなるわ」


 ビアトルは、少したじろいだけど、少ししてから言われた通りに角を握った。


「【癒せ(ヒリング)】」


 詠唱が唱えられた。秘輝石(スフィア)に刻んだ魔法は、事前の準備とか関係なしに、短い一言で即座に発動できるんだとエリフェル姉ちゃんに教わった記憶がある。


「……っ!」


 すぐに変化が起きた。角の内側から真っ赤な光(、、、、、)が溢れて、ビアトルに流れ込んでいく。


「あ、あああああああああああああああああああっ!」


 ビアトルが体を起こして、ぐっと身を丸めて、胸元を抑えて、悲鳴を上げた。


「!?」


 その場にいる全員が、同じ様に驚いた。タンドルのおっさんが叫びながら、ビアトルの肩を抱いた。


「おい、どうなってる!? これは本物か!? なぜビアトルが苦しんでる!」

「た、確かに角は本物で……おい! どういうことだ!」


 ギルドの職員が、アグロラさんに詰め寄った。けど、アグロラさん達も困惑してる。


「…………ね、ねえ、ジーレくん」


 大人たちが大慌てでやいのやいのとやってる中、不安そうな顔で、テトナが俺の手を引いた。


「空、変じゃない? さっきまで、晴れてたのに」

「空って、それどころじゃないだろ! ビアトルがやばそ――――」

「ビアトル君、言ってたよね、天気は必ず予兆があるって……」


 窓の外を見るテトナにつられて、俺も窓の外を見た。

 ……ここしばらく、ずっと青空だったのに、いつの間にか、空にぐるぐる、真っ黒な雲が渦巻いていた。


「――――――なんだ、あれ」


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