命ということ XⅣ
○
「…………どういうつもり、なの」
山を下り、【聖女機構】のキャンプに乗り込んだお嬢は、ルーヴィ嬢を呼び出すや否や、ユニコーンの角の欠片を差し出した。当然、ものすごい疑いの眼差しで射抜かれることになるが、お嬢はどこ吹く風である。
「いえ、私がギルドに渡すよりは、ルーヴィさんにやってもらったほうが角が立たないかなと」
「…………信用できない、わ」
この角の欠片は五千万エニーに加え、冒険者としての莫大な名誉との引換券である。冒険者にとっては人生のゴールにも等しい、のだが。
「いえ、正直な所、私、そんなに注目されたくないんですよ。ほら、こんな感じなので」
ぶよんぶよんと、お嬢は膝の上に乗せた我輩を引っ張った。
「そもそも教会騎士のくせに冒険者の権限を持ってるのは、こういう時にギルドから金をタカる為じゃないんですか」
「…………言い方」
ルーヴィ嬢の警戒心は強い。あれだけやらかしたお嬢相手なら当たり前ではあるが。
「勿論、タダとは言いません。これをあげるので、ちゃんとギルドに提出して、病気のこどもを治療してあげてください。それと、ユニコーンの捕獲を諦めて、今すぐキャンプを引き上げて、撤収してください」
「……本気で言ってる、の?」
「本気も本気、ちょー本気です。ユニコーンに手出しされるのが一番困りますし、それはルーヴィさんも同じでしょう? 《大型冒険依頼》が片付いたら、冒険者たちは興味を失います。お互い、メリットがあると思いますけども」
「……何で、あなたがそんなことを、気にするの?」
「それが私の役割だからです。あ、それと、この前の一件に関してはこれでチャラにしてもらえたら嬉しいかなーって。教会にずーっと恨まれるのはゴメンですからね」
「………………」
実際、ユニコーンを捕らえる労力と手間を考えれば、今眼の前の現物を持ち帰れるのはルーヴィ嬢にとっても魅力的だろう。流石にお嬢も口にはしなかったが、エスマで誤った人間を魔女と断じ、本物の魔女を見逃しかけた失態は大きいはずだ。何らかの形でそれを補填せねば、ルーヴィ嬢の立場はよろしくないはずだ。
お嬢が差し出した角の欠片を手にとって、じっと眺め、
「……はぁ」
突如、自分の爪で手のひらをひっかき、肉を裂いた。少なくない血が溢れ出て、テントを少し汚した。そのまま角を握りしめ、目を閉じる。呼応するように光が溢れ、出来たばかりの傷は、みるみるうちにふさがっていった。
「……本物、ね」
「ここで偽物渡したら私殺されちゃうじゃないですか」
正論である。
「………………わかった、わ。その条件を、飲みましょう」
最大の難門を突破である。この《大型冒険依頼》の後を引かぬ落とし所としては、十分であろう。
「あ、そうだ。代わりといってはなんですけど、クローベルまでご一緒してもいいですか? 帰り道で他の冒険者とトラブりまして、ギルドまでは保護してほしいんですけど」
露骨に嫌そうな顔をしたルーヴィ嬢であったが、拒む理由も特にないと判断したのだろう。
「いい、わ。ただ……キャンプの撤収に、時間がかかるから、それまで……手伝いなさい」
「えー、めんどくさ……」
「…………」
「あ、すいません、冗談です、手伝います」
正面から殴り合って勝てない相手ということもあって、真っ向から睨まれると、お嬢も流石に腰が引けるようであった。
……ある意味では、全てが悪い方向に回っていたのかも知れぬ。
撤収を始め、もう冒険者の足止めをしなくなって良くなった【聖女機構】の面々は、三頭の馬が猛スピードで草原を駆けてゆく姿を、特に気には止めなかった。