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命ということ XⅢ

 ☆


 やっぱり、きになります。

 たのしそう、きょうみ、ありますので、ついてく。

 こっそり、てくてく。

 あれ、りんぐりーん、みえなくなた?

 あ、だれかみつけたり。

 こんにちは、あなたはにんげん?


 ◆


 山中捜索、二日目の昼に差し掛かっても、何も得るものがないとなると、流石にそろそろ別の手段を考えるべきではないか? という空気になってくる。

 川の流れを見つけて上へたどっていっても、いつの間にか道に迷っていたり、獣道を歩いていたら、突然崖が現れて落ちかけたり。半日かけて歩いて、やっと開けた場所に出た、と思ったら、俺達が前日過ごしたキャンプの跡地だった時は、流石に立ち上がる気力もわかなかった。


「くそっ」


 アグロラの苛立ちはどんどん募っていく。リーダーの頭に血が上ると、集団というのはそれに従ってピリピリして来る。

 ラモンドは何も言わなかったが、リクシールはブツブツと不満を零し、それがアグロラの勘に触り、静かにしてくれ! と怒鳴る声が一時間ごとに響いて、森の木々に吸い込まれていく。


「この辺りなんだ、絶対にこの辺りに居るはずなんだ……クソ、何でだ、何で見つからない……!」


 正直、心当たりはものすごいある。リーンは『霊獣は魔力によって自らの周囲を迷路にする』と言っていた。

 『普通の人間には見つけられない』とも。だが、これを言った所で、わかるのは俺達には手の打ち様が無いという事実だけだ。

 それでも、現状に何らかの変化を与えるには、この情報を吐き出す必要があるか、と思った所で。


「あれ? 誰かいます?」


 と、滅茶苦茶聞き覚えのある声が、俺の耳に入ってきた。

 俺も含めて、全員の視線がそちらに向いた。前の藪をかき分け、現れたのは、森の中を通ってきただろうに、全く乱れない金糸の長髪をふわりと揺らし、頭にスライムを乗せ、杖を突きながら現れた、リーンの姿だった。


「あ」

「……リーン」


 俺の顔を見るやいなや、リーンはむすっと頬を膨らませて、ぷいっとそっぽをむいた。いや、子供か。


「君は……ハクラと一緒にいた」


 アグロラは警戒心を隠さないまま、リーンを睨んだ。


「こーんなところで何をなさってるんです? ピクニックにしては随分とご機嫌よろしくないようですけど」


 敵に回った瞬間、いや味方でもそうだった気はするが、ナチュラルに突き刺してくる嫌味の刃に、俺は辟易と懐かしさを同時に感じつつ答えた。


「よくここまでこれたな、【聖女機構(ジャンヌダルク)】の連中がいただろ」

「『あれー? おかしいですねー、私に借りがあるはずですがー? ああそう言えば肩が痛いなあエリフェルさんは元気かなあ』と言ってみたら快く通してくれまして」


 全く同じ方法で切り抜けやがっていた。あと肩を刺されたのは俺だ。


「じゃあ、私はクローベルに戻りますので、失礼します」


 てくてくと歩き始めようとするリーンの前に、アグロラが躍り出た。


「む、なんですか」

「クローベルに、戻る? ここまで来て? 一体、なぜ?」


 それは言い換えればこういうことだ。『お前はユニコーンを見つけたのか』。

 アグロラの声には一切の温度が無かった。


「あなた達じゃ百年たっても見つけられませんよ」


 そしてこのタイミングで挑発をぶっこんでくるものだから、この女は本当に最悪だ。


「な……」

「いいことを教えてあげましょう、ユニコーンと接触するのに必要不可欠な最大要素を、あなた達は持っていないのです。そう」


 リーンはぴっ、と、リクシールを指さした。


「ユニコーンの『迷路』を抜けるには、純潔の乙女(、、、、、)であることが必須条件なのです」

「…………っ!」


 リクシールの額に青筋が浮かんだ。すごいぞこの女。どんどん人様のパーティの地雷を踏み抜きまくってやがる。


「……そうか、それで魔女狩り専門の【聖女機構(ジャンヌダルク)】が駆り出されたのか」


 出自の都合上、なんというか男を知らない少女達ばかりで構成された集団だ、ユニコーン探しに最も適している。

 アイツらが俺達を見逃したのは、それを見越した上での事だったのか。


「というわけで、無駄足ご苦労様でした。どうぞ無意味に森を彷徨った事を後悔しながら負け犬のように帰ってください」

「お前の口に情けとか躊躇とかのストッパーはついてねえのか!」

「私にそれが付いてるところを見たことがありますか!」

「ねえけどよ!」


 クローベルに帰ろうとしている、前の道から現れたリーン。

 状況が導き出す答えは一つだ。こいつは、もうユニコーンの角を手に入れている。


「ではごきげんよう、早く戻らないと、ユニカ祭りに間に合いませんよ?」


 リーンはそのまま、アグロラの横をすり抜けて山道を降ろうとした。


「………………っ」


 ――――アグロラが背負っていた弓を一瞬で構え、矢を番えて、リーンに向けた。


「――――おい!」


 止める暇もなかった。冒険者の膂力で引き絞られ、それに耐えられる素材で作られた弓と矢の威力は、下手な砲弾よりも遥かに高い。この距離なら、肉体など容易に貫通しかねない程に。


「へ?」


 リーンが振り向く、という反応ができただけ奇跡だろう。だが、避けるまでには至らない。当たる。

 ズルっと。

 リーンの頭に乗っていたスライムが落ちて矢の直撃を受けた。

 貫通せず、ぴたりと矢を止めて、ブルブルと揺れながら地面に落下し――――そのまま矢を溶かしてしまった。


「は――――?」


 そりゃあ、呆然ともする。俺もビビった。そんな事出来たのかお前。


『む、ダマスカス鋼の(やじり)とは高価であるな……』

「―――――ええええええええ!?」


 が、助かったとは言え、それはそれとして、さすがのリーンも現状を認識してビビったようだった。

 まさか不意打ちで殺しにかかられるとは思ってなかったんだろう。


「アグロラ!」


 構わず第二射を構えようとしたアグロラの前に、俺は立った。何時でも抜き打ち出来るように、剣の柄はもう握っている。


「退けハクラ、その女は角を持ってる」

「冒険者同士の殺し合いは資格剥奪の上で、場合によっちゃ縛り首だってわかって言ってんだろうな、おい」

「ハクラ、退け」

「やるなら俺ごと撃てよ、この距離なら俺のほうが速い」

「状況を考えろ、五千万エニーだぞ。ここでなら死体は埋めればバレやしない。合理的に考えろ、情でも移ったのか」

「殺して埋めた程度で大人しくなる女だったら苦労しねえんだよ」

「ちょっと、助けてくれたんじゃないんですかハクラ!」

「いいからさっさと逃げろ馬鹿お前が居ると話がややこしくなんだよ!」

「むっかーっ!」


 怒りながらも、リーンは駆けていく、気配が遠ざかるのを背中で感じながら、俺はアグロラと睨み合った。


「ハクラーっ!」


 背後から声、だが、この距離でもアグロラなら当てる。目は離せない、振り向けない。


「べぇーっだ! ハクラのぶぁーかっ!」


 捨て台詞は悪口だった…………いや、本当に子供か、お前。

 リーンがアグロラの射程外まで逃げてから、俺は柄から手を離した。


「……何考えてんだ、アグロラ」


 自分の弓でも届かない距離まで、リーンが行ってしまった事を理解したのだろう、両手からだらんと力を抜いて、アグロラは俺を睨んだ。


「――――何で邪魔をした」

「こっちのセリフだ馬鹿、あいつもここに来る途中、【聖女機構(ジャンヌダルク)】とかち合ってる。帰ってこなかったらバレるぞ」

「何で邪魔をした」

「お前こそ、いくらなんでも限度ってもんがあるだろ。合理的は犯罪の免罪符じゃ――――」

「何で邪魔をしたぁあああああああああ!」


 ヒュゴッ、と、空を裂いて、俺の顔の真横を矢が通過した。

 頬を、つ、と熱いものが伝う感触。


「お前はまだいいよなハクラ! 僕達を命がけで守った勇敢な冒険者だもんな! だけど生きて帰った僕達がなんて言われたと思ってる!?」


 ラモンドは俺を『冷静な現実主義者だと思っていた』と言った。俺も、アグロラのことはそうだと思っていた。


「仲間を見捨てて逃げ帰ってきた『冒険者の恥さらし』だ! 何処へ行っても指をさされてゴミみたいな目で見られる! クローベルまで来ても変わらない! お前たちに回す仕事なんかないってコボルド退治みたいなクズみたいな仕事にしかありつけない屈辱がお前にわかるのか! えぇ!?」


 その目のどこに冷静の色があるというのか。リクシールも、ラモンドも、何も言わない。アグロラの意見に賛成かはわからないが、立場も扱いも、同じだったのだろう事は想像がつく。


「成果が必要なんだ! 僕達には手柄が必要なんだよ! 連中の鼻を明かすほど劇的な手柄が! この《大型冒険依頼(グランドクエスト)》をこなせなかったら僕達はおしまいなんだ!」


 その物言いに、俺はなんと言えばよかったのだろう。怒りや呆れを通り越して、何の感情も湧いてこなかった。

 ――アグロラ。お前、今自分がどんな顔してるかわかるか。

 ――《人食い》のコボルドよりも、醜い面だぜ、おい。


「――――なあ」


 それでも作った言葉を吐き出そうとした瞬間、茂みが、がさりと揺れた。


「――――――」


 そこから出てきたモノは、追い求めていたはずなのに、想像も出来ないものだった。

 白い体に、まだ短い(たてがみ)。仔馬より一回り大きいぐらいの、そいつは。


『キュゥイ、キュイ、キュ?』


 俺達に近寄ってきて、額から生えた小さな角を振り回しながら、甘えるような鳴き声を上げた。


「――――あは」


 アグロラは躊躇なく、弓を引き絞った。

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