命ということ Ⅹ
▽
今まで見たどんな建物よりもでけぇ。
まず門がでかい。俺の背の倍の高さの鉄の門の前の詰め所の中に門番が二人もいる。
場所もすごい。クロ―ベル全体が一望できる高台で、下から上に登るのに専用の馬車を使った。
下手すると、クローベルの街壁よりも立派なヤツが、ずーっと遠くまで続いていた。俺が田舎者だからでかく見えるのかとおもったら、テトナもぽかんとしてたので、多分違う。ルドルフは興味なさそうにあくびしてた。
気が楽だったのは、出てきた料理はそんなすごく贅沢で豪勢なやつではなかったということで、魚をまるのまま、沢山でかい鍋に入れて、とにかく煮込んで作ったんですよ……と、スープを持ってきてくれたメイドの姉ちゃんが教えてくれた。
魚の油と身がたっぷり浮いた、金色の液体にスプーンを入れると、骨まで簡単にほろっと砕けて、試しに口に入れてみたら簡単に噛み砕けて、すごく美味かった。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
と、テトナがいうので、俺も一緒に頭を下げた。
「ごちそーさんでした」
「わふ」
ルドルフはずっと甘果実食ってた。本当に他のもの食わないんだ、こいつ。
「口にあったなら何よりだよ」
タンドルのおっさんは、俺達が飯を食うのを終始ニコニコしながら見てた。不思議と居心地は悪くなかったのは、多分、おっさんが本当に嬉しかったんじゃないかと思う。
それからしばらくの間、おっさんと話したのは、今年の祭りでは今までにない数の白馬を使うんだとか、ライデアの甘果実は本当に美味しいだとか、街議会の奴らはどいつもこいつも一物隠し持ってる、と冗談交じりに言ったりとか、そういう話だった。
話してほしいとか言ってた子供の話がなかなか出ないし、テトナも向こうが切り出さないから自分から言わない。こういうふわふわした感じなのは嫌いなので、俺は自分から言ってしまった。
「なあ、おっさんの子供ってどこいんの?」
それまで笑いながら話してたおっさんは、急に顔を暗くした。何だ? と思ったら、横腹をコツンとテトナに突かれた。
(な、なんだよ)
(タンドルさんの息子さんは、病気なの)
マジか。知らなかった。
「……そう、だね、すまない。タタン、彼らを案内してくれないか」
おっさんが、料理を運んできてくれたメイドの姉ちゃんに言うと、俺達を、その息子の部屋に案内してくれた。ルドルフは体毛が病気に良くないかもという理由でリビングに留守番だ。のんきにあくびして、椅子の上で丸まって寝てた。ああしてるとただのデカイ犬なんだよな、あいつ。
広い屋敷を歩かされて、一番奥の、どんな宿屋よりも立派な部屋の前に立って、メイドの姉ちゃんが扉をとんとんと叩く。
「坊ちゃま、お客様をお連れしました」
反応がない。
「誰もいねーの?」
「いえ、そんなはずは……先程、お食事を運んだ後ですから、坊ちゃ――」
「お邪魔しまーす」
とりあえず扉を開けてみたら、普通に開いた。あれ? 鍵とかかかってねえんだ。
「ジ、ジーレ君!」
「…………おいっ! 入って良いなんて言ってないぞ!」
横と、部屋の中から同時に声が聞こえた。あれ、まずかったかな。
ま、あけちまったものは仕方ないし、飯を食わせてもらった以上、話すのはちゃんとした仕事だ。俺は部屋の中に入って、またでっかいベッドに寝転がってるやつに声をかけた。
「よう、俺ジーレ、お前は?」
すぐに、ぽかん、と頭を叩かれた。いてぇ。
「ジーレ君、もうちょっと考えて行動して」
「な、なんだよテトナ……」
「はじめまして、テトナ・ヘドナ・ライデアです。こっちは、ジーレ・エスマくん。タンドルさんにお招きしてもらいました」
頭を下げるテトナに、タンドルのおっさんの息子は、はんっ、と鼻を鳴らした、何だこいつ。
「どうせパパに言われてご機嫌取りに来たんだろ、いいよそういうの」
ベッドから顔も起こさず、こっちの顔も見ないでそう言いやがった。
「どいつもこいつもそうなんだよね、こっちの顔色伺ってさ、いいから帰れよ、相手するのも面倒くさいんだ」
横のメイドさんを見てみると、困ったように作り笑顔を浮かべた。なるほど、こいつはずっとこんな感じなんだな。
「え、えっと、ビアトルくん、だよね、ビアトル・ルブロ・クローベルくん」
そいつ、ビアトルは、テトナに名前を呼ばれても、さっきと同じ様に、はん、と鼻を鳴らすだけだった。
「どうせお前たちもパパに取り入る為に来たんだろ? 適当にいい風に言っといてやるからさ、帰れよ、うっとうしいから」
あんまりな物言いに、テトナは、何も言い返せず、あはは、と苦笑いした。なんだかな。
「なあ、こいつ誰に対してもこんなんなの?」
「えっ!?」
メイドの姉ちゃんに聞いてみると、なんかすごい固まった。
「……何だよお前、生意気なやつだな」
ビアトルっていうらしいが、俺はまだこいつの口から名前を聞いてない。
「よう、俺ジーレ、お前は?」
とりあえずぐいっと近寄って、俺はもう一回同じことを言った。
「は? 何だお前……」
「よう、俺ジーレ、お前は?」
「ちょ、ちょっとジーレくん」
「よう、俺ジーレ、お前は?」
「オウムかよお前! なんなんだよ!」
「ヨウオレジーレオマエハ」
「早口になるなよ!」
「名乗ってんだから名乗り返せよ!」
「逆ギレすんなよ! 本当になんなんだよお前! げほっごほっ」
お、ようやくこっち見た。代わりにすげー咳き込んだけど。
「ジーレくん!」
「あだっ!」
思い切り頭を叩かれた。超いてぇ。
「無茶させてどうするの!」
「いやだってこいつがさぁ……」
「病気だって言ってるじゃない!」
テトナがそう言うと、ギリ、と歯ぎしりの音が聞こえた。
「…………はぁ、クソっ、何だよ、ボクが病気だからなんだってんだよ……」
ぜぇぜぇと、本当に苦しそうだった。やべえ、やりすぎたかな。
「どうせ、パパに言われて……来たんだろ……けほっ」
「おう、飯食わせてもらったしな」
「ジーレくんってば!」
「なんだよテトナ、さっきから」
「さっきから、ちょっと強引すぎだよ……」
「いや、咳き込ませたのは悪かったと思ってるけどさ」
「そうじゃなくて、もうちょっと気を使うとか!」
「気なんて使ったってしょうがないじゃん、俺達、別に病気治せるわけじゃないんだし」
俺がそう言うと、テトナも、メイドのお姉さんも、それからベッドの上のこいつも目を丸くした。
「病気だからカワイソーとか思わねーもん俺。だって腹立つじゃん、最初からそんな態度で話にこられたら」
戦力にならないから下がってろ、とか。お前はまだガキだから無理だ、とか。決めつけられるのが一番腹立つ。実際やってみたら出来ないのかもしんねーし、大人から見たらやらなくてもわかるようなことかも知れないけど。
お前はこうなんだから、って、俺を知らないヤツに言われたくないんだよな。
「タンドルのおっさんはこいつと話してくれって言ったんだぞ、機嫌取れとは言われてないじゃん。病気だから云々は、俺知らねーよ、興味ねーし」
「お、お前、何しに来たんだよ……!」
「だから、話に来たんだって」
人間ってのは、悪意があればどっかでにじみ出るもんだってのを、俺は知ってる。笑顔の裏でナイフを隠しもってるヤツを、俺はギルドで嫌ってほど見てきた。
こいつは口が悪いけど、誰かを傷つけようとしてる感じじゃない。けど、タンドルのおっさんが偉いから、誰も何も言えないんだと思う。
けどそれは俺の予測だし、決めつけられるのは嫌だ。
冒険者は合理的じゃなくちゃいけない、と、誰も彼もいう。けど、合理的って何なんだろう。損得だけで動けってことなんだろうか。俺はまだ、そういうのが全然わからない。
俺は何も出来ない。冒険者としちゃ半人前だし、冒険者じゃなかったらただのガキだ。ハクラの兄ちゃんやリーンの姉ちゃんみたいに、エリフェルの姉ちゃんを助けたりもできなかった。
だから、自分に与えられた仕事は、ちゃんとする。それが《冒険依頼》でも、飯の代わりの頼みでも。そんでこいつは、病気らしい。けど俺に病気は治せない。だから話し相手はちゃんと努める、そのためにはこっち見てもらわないと駄目だ。
そんで、仲良くなるには喧嘩するのが一番だ。相手がどういうヤツかわかんないと、そもそもどう話していいかわかんないもんな。
「俺はジーレ・エスマ、お前は?」
「…………ビアトル」
「そっか、よろしくな、ビアトル!」
で、何話したらいいんだろうな? 好きなものでも聞いてみるか?
「昔っから、心臓が弱いんだよ」
俺とテトナは、ビアトルの部屋に用意してもらった椅子に座っていた。
「ちょっとでも走ったりすると、どんどん鼓動が速くなって止まんなくなるんだ。そんで血管が耐えきれずに破けて死んじまうんだって」
「へー、大変だあ」
「おい、同情しないっていう約束だぞ」
「いや、これは普通に大変そうだなって思っただけ。……うめーなクッキー」
お茶菓子として用意されたクッキーは、高価いチョコレートが沢山練り込まれていた。こんなもん、普通に買ったらいくらするかわからないから、俺はここぞとばかりにバリバリ食べた。テトナもちょっと遠慮がちにしてるけど、実は結構食ってる。
「ボクにとってはいつでも食べれる。金持ちの子供なんだから、なんでもやってもらえるんだし、いいじゃんってやつも居るよ。けど、だったらその心臓を寄越せって常々思うね。無駄な使い方ばっかしやがって、ボクだったらもっと有効利用してやるのに」
「心臓の有効利用って……ど、どうするの?」
「体が動けば、家庭教師に習うんじゃなくて、本物の商船について行ける。パパの持ってる船はすごいぞ、クローベルを出たら、一年かけて世界中の都市をぐるっと回るんだ。一年中吹雪いてる国も、砂漠も、火山がある所だって行くんだ。そこで色んな商人相手にやりあって、色んなものを積んで帰ってくる。勿論危険もあるけど、その交易で生まれる利益はすごいぞ、何百、何千万エニーって金が動くんだ。下働きでも何でもいいから、一緒に世界を回って、ベテランの商人達に弟子入りして、商売の技術を覚えるんだ、そんで、もっとウチの商会をでっかくする」
「へー! すげーじゃん、いいなそれ!」
「だろ? けど、今のままじゃ無理だ。船の揺れで少し呼吸が乱れただけで、ボクの心臓は止まんなくなる。それに……」
「それに?」
「このままだと、日常生活の動作にも、心臓が耐えられなくなるんだって。今もちょっとずつ、鼓動が速まってる」
テトナがじと、と俺を睨んだ。うん、咳き込ませたのは悪かったかも知んねえ。
「じゃあさ、お前、大商人になれよ」
「ジ、ジーレくんってば!」
「その頃には、俺はA級冒険者になってるからさ、お前の船に乗せろよ。そんで一緒に大儲けしようぜ。海賊とか魔物が出たら、俺がぶった斬ってやるから。いいだろ?」
テトナが言いたいことはわかる。もしかしたらビアトルは、大人になれないかも知れない。ありえないかも知れない先の話をするのは、きっと良くないことなんだろう。
だから、そう思ってる周りの人間は、誰もビアトルに未来の話をしない。
けど、そうじゃない。だって、将来のことを考えるのはこんなに楽しい。こんな風になりたいとか、こんな事がしたいとか、そういう事を誰かと一緒に話すのは、滅茶苦茶楽しいんだ。
ビアトルはきょとんとしてたけど、すぐににやっと笑った。テトナは、その様子を見て不思議そうにしたけど、俺は笑い返した。
「馬鹿いうな、お前一人だけ居ても意味ないね」
「だったらキャラバンを作っちゃえばいいじゃん、そんでまるごと雇えよ」
「簡単に言うなよ、大体海じゃあなあ……」
俺達の話が盛り上がるに連れて、テトナはだんだん口数が少なくなっていって、そんで、小さな声でぽつりといった。
「男の子の事……わかんなくなっちゃった」
俺だって女子のことはわかんねーから、多分おあいこだろ。
「天候に左右されない船がいいんだ、帆船だと風が途切れたら進めなくなるから、別の動力があるともっといい。天気を読む力も大事だ、空の色が変わるときは、絶対に予兆があるから、ジーレも覚えとけよ。冒険者なら絶対に損はしないぞ」
「へー、どうすりゃいいんだ?」
「空を見るんだ。雲と風が教えてくれる。遠くの雲の形が――――」
その後も、どこの大陸にいったらこうしようだとか、もし船団を作るなら何隻がいいとか、宿に戻らなきゃいけなくなる時間まで、俺達は、ずっとそんな話をしてた。