命ということ Ⅸ
◆
ユニコーンが居る山まで、馬を使えば一日もかからない。アグロラは早めに行動すべきと判断したのか、パーティの財布から安くない額を出して、三頭調達してきた。
俺と、鎧が重いラモンドで一頭ずつ。リクシールは、軽装のアグロラの後ろに乗る。
「急ごう、今日で巣を見つけて、明日中に決着を付けるのが理想だ」
その判断に異議を唱えるものは居なかった。街道を逸れた凸凹の草原を、只管に突っ走る。
朝、日が昇り始めた直後に出発して、昼までノンストップだ。
「……何だ、あれ」
もっとも、俺達はよくても、馬のほうはそうは行かない。速度を調整していたとは言え、見るからに疲労の色が濃くなってきたので、そろそろ休憩をとろうか、と行った所で、アグロラが声を上げた。橙水晶の秘輝石によって強化された視力は、俺よりも遥かに上だ。
「どうした?」
「……集団でキャンプを作ってる連中がいる」
まさか、この位置に居る連中がユニコーン探しに関わっていないわけもない。
「アグロラ、どうする?」
「…………」
迂回すれば時間がかかる、突っ切れば、何かと思われるだろう。
下手に後をつけられたら面倒だ。
「…………迂回する、右側から回っていこう」
同じ判断を下したのだろう、リーダーの指示によって、俺達は馬を走らせる方向を変えた、少し休ませてやりたかったが、仕方ない。
だが、俺達は時々、肝心なことを忘れてしまう。
自分たちから見えるということは、向こうから見える可能性もある、ということを。
進路を切り替えて、五分ほどしただろうか。
「……! なんだ!?」
風を切る音と共に、何かが馬に乗る俺達の間をくぐり抜け、眼前へと躍り出た。
「ヒヒィィン!」
「きゃっ」
「うわっ」
馬たちは慌てふためいて、前足を大きく振り上げた。
制御は困難で、振り落とされないようにするのが精一杯だった。
それで、完全に糸が切れたのだろう、足を下ろす頃には、馬達はもう、完全にへばってしまった。
「……一体、何だって言うんだ」
アグロラの疑問には、すぐに答えが出た。俺達の前に現れたのは『人』だ。
人間が走って、追い抜いて、前に出ただけ。
「……ハクラ・イスティラ」
いかにも嫌そうな顔で、特級騎士ルーヴィ・ミアスピカは、俺達を睨みつけた。
「なーんであなたがここに居るんですか。クローベル行きの馬車は満員御礼のはずですが?」
【聖女機構】の拠点について早々、クレセンにどでかい嫌味を言われた俺は、もうこの時点でかなり嫌な気持ちになった。さっさと別れたいが、後ろで俺達を見張るルーヴィがそれをさせてくれない。
「……教会に行動を制限される謂れはないんだけどな」
アグロラが若干の怒りを込めた声で言った。
俺達は、ルーヴィの命令……というか強制連行によって、現在、【聖女機構】が構築したキャンプの、テントの一つに招かれて(?)いた。
水分を抜いて固形にした、バター未満クリーム以上の硬さのミルククズを、湯で沸かして煮た米に溶いて作ったミルク粥が、俺達の前に置かれていたが、流石に誰も手を付ける気配はなかった。
「あなた達の目的は、何?」
交渉も妥協もへったくれもない。命令に答えないことを想定していない超越者の物言いに、アグロラ以外の二人も極めて不機嫌そうだった。
「そりゃユニコーンだよ、お前らもか?」
「ハクラ!」
「隠しても仕方ないだろ。言うまで逃してくれないぞ、こいつ」
「……やはり、ね」
予想していたのだろう、動じた様子がないルーヴィは、アグロラを無視して俺の前まで来た。
「ユニコーンは、我々が保護する……わ。あなた達、冒険者には……渡さない」
「……まぁそんなこったろうとは思ったけどよ」
ユニコーンは、サフィア教でも聖獣として扱われている。
冒険者たちがこぞってその角を求めているとなれば、教会も動かざるを得ないだろう。
というよりも、ルーヴィという教会の最大戦力と【聖女機構】の一団が、なぜエスマ何ぞに居たのかの理由がようやくわかった。コイツラは元々、ユニコーンを確保に来たのだ。
クローベルで発令された《大型冒険依頼》の情報が伝わり、別の大陸から大慌てでこちらに駆けつけたのだろう。それでこの位置に陣取っているのだから、さすがというほかない。
「……“星紅”がこんな所にいるなんて……っ」
リクシールがほぞを噛んだ。が、無理もない。
なにせこっちは十把一絡げのB級冒険者のパーティ、対するルーヴィは教会特級騎士であることに加えA級冒険者でもあるのだから。
“星紅”とは、ルーヴィの右手に埋め込まれた星紅玉の秘輝石のこと。この幼く見える女は、一人で軍隊を相手取って壊滅させられる化物なのだ。
……まぁそれを丸め込んだリーンも別の意味ですごいのだがそれはおいておくとして。
「まぁったく、欲に目がくらんだ人間ほど恐ろしいものはありませんねっ!」
以前煮え湯を飲まされた俺に対し、強くでられてさぞかしご機嫌なのか、クレセンはそれはもう嬉しそうに安全圏から罵倒を投げかけてくださった。
「そもそも聖獣を捕らえて金儲けをしようという、その魂胆が浅ましいのです! ユニコーンは我々が保護し、ダルトン氏の息子さんもお助けします。勿論、賞金は受け取りません。奉仕と、女神サフィアを信じる心こそが――――」
「お前なあ……」
いくらなんでも物欲の権化のように言われては堪らない。いや、そのとおりではあるのだが、上から目線でここまで説教される謂れはないというのは、アグロラの言う通りだ。
まぁ子供の言うことだから、イラっとは来ても軽く流せば良いのだろうが……。
「黙れ」
だが、真っ先にキレたのは――少なくとも俺にとっては意外だった――アグロラだった。いや、リクシールもそうだ。決して冗談では済まない怒りの視線を、クレセンに向けた。
もしルーヴィという防波堤がなければ、その場で八つ裂きにしかねない勢いだ。
「お前に何がわかる? 知ったような口を聞くな! 小娘の分際で!」
「ひっ! め、女神の罰が下りますよ!」
「出来るものならやってみろ、怖くはないぞ。そっちのA級にしたってそうだ、教会に僕らを拘束する権利はない。いくら冒険者階級が高かろうが、僕らの足止めをするならギルドの規約に反する!」
ギルドは《冒険依頼》――つまり人々の悩み事を冒険者に斡旋する機関なので、いくつか共通の規約というものが存在する、その中の一つに『他の冒険者の依頼達成の妨害をしない』というものがある。
要するに人の悩みを代行して片付けるわけなので、それを邪魔するのはギルド全体の益を妨げるという理屈だ。今回も同じ理屈で、ギルドとしてはどのパーティがどう解決しようと、依頼が達成されればよいのだから、その可能性を減らす行為は、懲罰対象に十分なりうる。
「だから?」
――勿論、そんな理屈が通じないのがA級であり特級騎士でありルーヴィである。
「――――」
アグロラの放つ殺気は、ともすれば本当にこの場で矢を射かねない程張り詰めている。
「……ルーヴィ」
流石にそうなったら、無事で済む保証がない、俺は横から口を挟んだ。
「……何、ハクラ・イスティラ」
フルネームで呼ぶな。
「お前、俺に借りがあるよな」
ぴた、とルーヴィの動きが止まった。アグロラ達の視線も、俺に集まった。
「エリフェルは別にお前らを許したわけじゃないぜ、あの女は切れる手札は取っておくタイプだし……俺も、ほら、まだこっちの肩が痛むんだよなぁ」
とんとん、とつい最近貫かれた肩を指で叩いてみせる。実際はもう完治しているが、こういうのはハッタリでいいのだ。
「…………………………」
「無実の罪で傷つけられた肩がよぉ、すげぇ痛むんだけど、お前、俺に何か言うことないか? ん?」
「…………………………」
「アンタ、私達と離れてる間に何やってたの……」
「魔女の告発」
「アンタ、私達と離れてる間に何やってたの!?」
「色々だよ。で、どうなんだルーヴィ。お前が好き勝手するのは自由だが、こっちが抗議するのも自由なんだぜ」
「…………………………」
三十分後。
俺達は【聖女機構】のキャンプを出て、再び山へと馬を走らせた。
「よ、よかったんですか? ルーヴィ様」
「……構わない。彼らがユニコーンにたどり着けるとは思わない……し、あぶり出してくれるなら、それはそれで、いいわ。横取り……しましょう。何せ」
「何せ?」
「……ユニコーンの捕獲に、何より必要なもの(、、、、、、、、)を……彼らは持っていない、わ」