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命ということ Ⅷ


 おかしい、全くおかしい。俺は冒険者としてここに居るのに。


「あら、遠いところからお疲れ様でした。どうぞ、この焼き菓子は絶品ですよ」

「おうおう、なんだちっこい連中だな! おら、この魚を持っていきな! 骨ごと食えば背も伸びるってもんだ、がははは!」

「これはこれは、ようこそおいでなすった。ちょうど今、届いた甘果実(エリシェ)を絞った所です、よければご一緒に」



 テトナが挨拶回りをする度に、何かしら振る舞われて、そのお零れに預かって腹を膨らませている現状は、一体何だというのだ。


「……? ジーレ君?」


 今日の挨拶回りは午前中で終わりで、昼飯をどこで食べようか、と相談しながら、俺は考えていた。


「どうしたの? 具合でも悪い?」

「いや、そーいうわけじゃねーけどさ」


 なんというか、違うんだよなぁ、という感覚。これは要人護衛の任務で、俺にしか出来ない役目だと、エリフェル姉ちゃんは言っていたのに、どこに行っても子供扱いだ。

 そもそも、危険な事が、街の中じゃあんまりないんじゃないかと思い始めてきた。街の人は皆テトナに親切で、一緒にいる俺にもついでに親切で。冒険者たちは荒れてるけど、ギルドに近づかなきゃいいだけで、何か皆騒いでるけど、俺はこの仕事があるから放り出すわけには行かない。だからそもそも確認にすら行ってない。


「ワッフワッフ」


 ていうか、テトナはなんでコボルドを連れているんだろう。ペットかなんかなのだろうか。こいつは俺のことが嫌いみたいで、目が合うとすぐに唸る。コボルドの一匹ぐらいなんてことない、素手でやったって負けやしないが、やっぱりそういう問題じゃないのだ。


「っと」

「きゃっ」

「ウォフッ!」


 後ろからドタドタと走ってくる音がしたので、テトナと、ついでにルドルフの手を掴んで引いた。ろくに前も見てなかった男が、一瞬前にテトナが居た場所を走り抜けて、その前を歩く運び屋の背中にどんとぶつかった。


「ぎゃあ!」

「ああ! 荷物が、テメェ何しやがる!」

「何を! 道を塞いでんじゃねえ!」

「なんだとオラァ!」


 わぁ、とその場で喧嘩をおっぱじめるおっさん達を横目に、俺達はまた歩きだした。


(あーあ、つまんねーな……)


 もっとこう、がつんと護衛が必要になる展開はないだろうか。そうすれば、こんなもやもやした気持ちで居なくても済むのに。


「ジ、ジーレ君」

「ん?」

「あ、ありがと」

「何が?」


 テトナが、急にお礼を言ってきた。変な奴。


「……気づいてないんだ……」

「へ? だから、何がだよ」

「ううん、なんでもない」


 かと思ったら、急に嬉しそうにし始めた。女子って奴は、なんでこんなにコロコロ気分が変わるんだろう?


「…………あぁ、そこの、君たち」

「ん?」


 大通りをある程度行った所で、恰幅のいいおっさんに声をかけられた。


「なん……ですか?」


 テトナの前に出て、俺は言った。反射的にタメ口がでそうになったけど、エリフェル姉ちゃんに『クローベルでは偉い人に会う機会が多くなるから、知らない人と話す時は敬語のほうが良い』と言われていたんだった。


「ああ、失礼、私はタンドル。タンドル・ルブ・クローベル」


 タンドル、なんだろう、どっかで聞いたことあるような?

 そう思っていると、後ろからテトナがひょこっと顔を出し、一歩前に出て、スカートの裾をつまんで、ペコリと頭を下げた。


「はじめまして、タンドルさん。デゴウ・ヘド・ライデアの代行でご招待に預かりました、テトナ・ヘドナ・ライデアです。この度は、お招きいただき、ありがとうございました。明日、改めてご挨拶に伺う予定だったのですが……」


 すっと、そんなセリフが出てくるテトナ。マジですげぇ、俺無理だもん。

 とりあえず偉い人らしいので、真似して俺も頭を下げた。……ルドルフはテトナとほぼ同時に頭を下げていたので、俺はコボルドにお辞儀の速度で負けた。


「いや、いいんだ、楽にしてくれ。デゴウさんとは顔なじみでね。お孫さんの話も聞いていたよ……お父さんのことは、残念だったね。ライデアではいろいろあったそうだが……」

「はい、ですが、村は今、とっても賑わってますから。一緒に果実を収穫するコボルドを見に、色んな人が来てくれるんです。前よりも、ずっと忙しくなっちゃいました」

「そうか、そうか……それは、何よりだ」


 笑いながら頷いてるけど、タンドルのおっさんは、なんつーか、すげぇ疲れた顔だ。目もくまがすごいし、腹はでてるけど、顔はやつれてるようにみえる。頬もだいぶこけてる。経験があるからわかるけど、これ、ほとんど寝てない人間の顔だ。


「……君たち、少し、時間はあるかな」

「? はい、今日はもう、行くべき所には行きましたから」

「なら……どうだろう、昼食がまだなら、私の屋敷でどうだろうか」


 俺はそれを聞いて、心の中で『うげっ!』と声を上げた。

 昨日、テトナにくっついていった晩餐会とか、料理はすごかったけど、皆すげぇお上品なんだよ。スプーンの使い方一個とってもぜんぜん違う、音を立てずにスープを飲むとかどうやるのか全くわからん。

 テトナはそういうのが出来る。すげぇと思う。けど、俺みたいなのとは育ちが違うのがわかるのがなんか嫌で、結局あんまり喉を通らなかったんだよな。


「その、お招きいただけるのでしたら、光栄ですけれど……」


 うん、お偉いさんから呼ばれてるんだし、そうなるよな。


「けど、ルドルフも居るので、その、構いませんか?」


 ルドルフ……コボルドを連れ歩いているテトナを見て、不思議そうにしたり、顔をしかめたりする人間は結構居た。挨拶回りのときは、流石に外で待ってたり、宿で留守番したりしてたけど、こうして一度合流した後、また宿に帰すのは面倒だし忍びない。


「構わないさ、その子も一緒に食べていけばいい……魚は平気かな?」

「あ、ルドルフは、甘果実(エリシェ)しか食べないんです」

「なら、用意させよう。まさに、テトナさんが運んできてくれた甘果実(エリシェ)が市場に並んでいる頃だからね」

「それなら、喜んで……いいかな、ジーレ君」

「俺はテトナが行くってんなら行くよ。……この格好でいいならさ」


 俺の格好は、冒険者としちゃ装備は真新しい方だけど、綺麗かそうでないかでいったら、やっぱり煤けているし、お上品な建物にこのまま入るのは、やっぱり嫌な顔をされる。

 テトナにくっついてでかい屋敷に行く時とかは、エリフェル姉ちゃんが用意してくれた服に着替えるが、窮屈で仕方ないので、あまり袖を通したくなくて、今は宿においてきてしまってる。

 けど、タンドルのおっさんは腹と同じぐらい器もでかかった。


「大丈夫だよ、実のところ、私はリベロやガステアのように贅沢主義というわけじゃあないんだ。肉だって素手で掴んでかぶりつきたいし、甘果実(エリシェ)も皮ごと齧りたい。おかげでこの腹が出来上がったというわけだよ」

「ふっ、ふふっ」


 テトナが思わず笑ってしまった、素の反応だ、口を抑えて、ちょっと顔を赤くした。

 それを見て、タンドルのおっさんはにっこり笑った。何だ、結構いいやつじゃん。


「…………ところでね、代わりと言っては何だが、少しだけ頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと、ですか?」

「ああ……私の、息子なんだがね。君たちと、とても歳が近い。少しでいいんだ、話し相手になってもらえないだろうか」


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