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命ということ Ⅶ



 アグロラ達の拠点は、残念ながらテトナが泊まっているほどグレードの高い宿ではなかったが、寝る場所があるだけいいだろう。

 いつも通り、アグロラとリクシールが同じ部屋で、今まではラモンドが一人で使っていた部屋に俺が転がり込む形になった。


「じゃあ、改めて説明するよ」


 アグロラの部屋に集まり、広げられた地図を見る。リーンがラメラネからもらったものと同じだが、何処でユニコーンを見ただの、行動の予測だのが複数書き込まれていて、端もだいぶ擦り切れていた。


「目撃証言を総合すると、やはり山から降りてきているんだと思う。僕としては、ここが怪しいと感じる」


 アグロラが指した場所は、まさしくリーンが予測した山の麓だった。どうやら、目撃証言をかき集め、行動から導き出したらしい。


「なあ、この目撃証言ってのはマジなのか?」


 大前提としてユニコーンが存在する、という話になると、一概に見間違えだと断じる訳にはいかない。地図に書き込まれた目撃証言の数はゆうに二十件近くにも上っているのだ。


「正しいのは半分ぐらいね、あとは同業者の罠でしょ?」


 報酬総取りの《大型冒険依頼(グランドクエスト)》ともなれば、そういう工作をする輩もそりゃあ増える。報酬を山分けする前提で、連合を組んで取り組んでいるグループもあるそうだが……。


「アイツらは駄目だ、全員抜け駆けを狙ってて連携がまったく取れてない、足の引っ張りあいだ」


 白くなった顎髭を指でなでながら、ラモンドは首を振った。


「教会の文献にも、実在するユニコーンの資料がいくつか残ってた。見て、今から二精霊週(ウィーク)前までは川の流れに沿った目撃情報があるのに、以降はてんでバラバラだ。やっぱり彼らは水辺に生息しているらしい。捕獲することを考えると、巣を見つけたいところだけど……」


 アグロラ達は明日の計画を綿密に立てているが、俺は正直な所、半分も聞いていなかった。俺はリーンの予測を聞いている為、この話を上手く軌道修正すれば、ユニコーンの居場所までパーティを誘導できるかも知れない。

 だが、冒険者のパーティというのは、一度森やら山やらに入れば、前衛中衛後衛が、それぞれ魔物を警戒しながら進まなければならなくなる。

 一方、一人かつ、魔物を警戒する必要など皆無のリーンならば、そんな俺達をホイホイ追い抜いて、『迷路』とやらも抜けてユニコーンにたどり着くだろう。速度勝負をするには分が悪すぎる。はっきり言って勝ち目がない。今までの経験からそれがよく分かる。


 かといって、無駄だからやめておけ、とも言い出せるわけもない。

 リーンなら居場所を知っているかも知れない、と言えばアグロラ達は当然助力を請いに行くだろうが、今度はリーンがそれに応じる理由がない。

 俺との繋がりが切れて同行者から他人になった今では尚更だ、門前払いされるのがオチだろう。つまり現状、俺だけが打つ手なしだということを知っているのだ。


「…………ハクラ、ハクラ?」

「……あぁ」


 アグロラの呼びかけに、俺は空返事をした。


「……頼むよ、ハクラ、頼りにしてるんだ。君はどう思う? ここだけの話……」


 仲間たちを見回してから、アグロラは両手を上げて、お手上げのポーズをした。


「リクシールは僕の意見を否定しないし、ラモンドは深いことを考えない。あまり頼りに出来ないからね」

「あら、酷いこと言うじゃないの」

「ずいぶんと調子にのるようになったじゃないか、ええ? アグロラよ」


 軽くけなされた事に関して、二人は口ではそういうものの、その口調は軽い。


「…………俺も同意見だ。こっちに来る前、《冒険依頼(クエスト)》に行ったんだが……」


 ……結局、俺はこのパーティに戻ってきた。皆、俺に負い目を感じていないようだし、俺もこいつらに恩を着せるつもりはない。そんなものを引っ張るのは合理的とは言えない。今、眼前の儲け話を、どう効率よく処理して、どう立ち回ればもっとも得か。

 そんな世界に、俺は戻ってきた。損得度外視で、馬鹿みたいに感情を振り回す女が横に居ないからだ。


「…………だから、二つの村の上流にユニコーンが居る可能性は高い。アグロラの出した場所とも一致する」


 だから、知っている情報を隠さずに……リーンのことは伏せたが……俺は伝えた。それが最も合理的で、最も儲かるかも知れない選択肢だからだ。


「…………その話が本当なら、十分可能性はある……それに、ハクラの言ってた村の話は、前からクローベルにいた連中は知らないはずだ。当たりはつけているかも知れないけど、具体的な位置はまだ…………見つけられるかも知れないぞ、ユニコーンを」


 室内の空気が、ピリッとひりついた。全員の眼が、冒険者のそれへと変じている。眼の前にある莫大な金額に、確かに指がかかった感触を確かに感じているのだろう。

 俺以外の、三人は。


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