命ということ Ⅵ
○
「ええっ、ハクラさんと、別れちゃったんですか?」
宿に戻ると、テトナ嬢は湯浴みを終えた後のようで、体から湯気を立ててベッドに腰掛けている所だった。ルドルフはというと、何故かベッドの下で丸くなっていた。一応毛布も入れてあるようだが、あの体毛の前では不要な気もする。
「ここ、お湯も好きに使っていいって、びっくりしちゃった、気持ちよかったぁ……」
とのことだった。ライデアのような村暮らしでは、風呂を沸かすのも、水を汲んで火を炊いて、と様々な工程が伴う。水道から水を引いて、直接熱したお湯を自由に貯められる浴槽の存在は、テトナ嬢にとっては未知の体験だったらしい。
「ぶぇっつにぃー。元々ハクラとはクローベルまでっていう契約でしたしぃー」
お嬢もシャワーだけを済ませ、髪の毛もろくに乾かさず、枕に顔を埋めて足をバタバタとさせていて大変行儀が悪い。
「それより、テトナちゃんは今日、大丈夫でしたか?」
「うん、議会の人は優しかったし、ご飯は……美味しかったけど、ちょっと緊張しちゃった」
来賓として呼んだ村育ちの童女にテーブルマナーなどは求めまい。テトナ嬢の年頃であれば、それこそ孫娘のような物であろうから、議会の大人達もさぞ甘やかしてくれたのではないだろうか。
「でも、そっかぁ……私、リーンさんとハクラさん、お付き合いしてるんだと思いました」
「えー、そう見えましたぁ?」
「はい、だから、さっきもびっくりしちゃいました、喧嘩……じゃ、ないんですよね」
「違います。契約は終わったし、向こうは仲間が見つかったから、それでおしまいとゆーだけなのです」
「……すごく納得いってなさそうな顔してるのに」
「…………そんな事、ないですけどぉ」
ててて、と足音を立てながら、テトナ嬢がお嬢のベッドに近寄った。そのままぴょこんと飛び乗って、お嬢と並んで、横になった。
「私、三人の男の子に告白されたことがあります」
「ふぇ」
いきなりの告白であった。我輩も若干興味があったので、聞き耳を(ないが)立てた。
「一人は木こりのトラッタ君、一人は果樹園の跡継ぎのルーリィ君、それにパン職人の息子さんのディエル君。皆幼馴染で、私の婚約者候補なんです」
婚約者候補ときたものだ。が、テトナ嬢は今や、ライデアの村長であるデゴウ氏の跡継ぎである。結婚相手はすなわち次期村長の座に収まることになるし、今後のことを考えれば、三、四年後にはもう結婚して、子供を作り始めてもおかしくはない。
「皆、私によく思われたくて、格好つけたり、自慢したり、自分の方が他の子よりすごいんだー、って言ってくるんです。いいとこ見せようってしてるんですよね」
それをしれっと口にしてしまうテトナ嬢は、なるほどなかなか強かだ。あの村の中で己の意見を曲げず、ルドルフを守りきった事を考えると、平常時では、割とこういった性格の少女なのかも知れない。
「それで、どの人が婚約者になったんです?」
「全員フッちゃいました、だって面白くないんだもん」
あまりにひどい言い草で、あまりにひどいオチである。格好つけたがりの少年たちは、さぞかし痛い目を見たことだろう。
「でも、リーンさんとハクラさんって、なんていうか……自然体だった気がします」
「自然体?」
「お互い、あんまり気を使ってないっていうか。女の子によく思われたかったら、男の子は格好つけるし、男の子によく思われたかったら、女の子って可愛く振る舞うと思うんです。それってすごく力がいることじゃないですか。気が抜けないっていうか」
『まあお嬢は誰相手でも基本あんなものであるが』
「うるさいですよアオ、ガールズトークに混ざらないでください」
『これは失敬』
「ワフッ」
『寝ていろルドルフ』
くすくすと、小さな笑い声。テトナ嬢は口元を抑えながら、お嬢の横顔を見た。
「一人で居るときに気を抜くのと、誰かと居るのに気を抜くのって、似てるようで、違うと思うんです。リーンさん、ハクラさんと居る時は、すごく安心してたと思います、違いますか?」
その問いかけに――お嬢は即答しなかった。そんなことはない、とも、そうかもしれない、とも言わなかった。
「…………そんな事、気にしたこともなかったです」
少しの沈黙の後、出てきた答えに、テトナ嬢は小さく微笑んだ。どちらが年上なのか、まったくもってわからない。
「てい」
『うぐ』
潰された。理不尽な。
「あはは、あ、でも、ジーレ君は、ちょっと可愛かったかも」
「ジーレ君ですか?」
「うん、すごい格好つけてて」
『先ほど、格好つけているのは面白くないと言っていたような気がするが?』
「それは、私に対するアピールだから。でも、ジーレ君は、自分に負けない為に格好つけてたの」
「自分に?」
「うん、『俺は仕事で来てるんだから』って、子供扱いされるの嫌がってて、可愛かった」
『…………ふむ』
何時の世も、女子のほうが成長が早いものらしい。
ジーレ少年、これから数日は、苦労しそうである。