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殺すということ Ⅺ


 拘束、と言うよりも勝手に消えたら殺すと告げた特級騎士様のお言葉で、俺達は教会の一室に集められていた。


「やっとわかりました、名前じゃなくて呪言による心臓への呪いということは、契約悪魔はヴェルペェル系統の位階三十四位、ヅィニ・ダァニですね!」

「あらゆる全てが遅ぇよ!」


 コーメカが死んだことで、エリフェルの胸の刻印が消えると、それまで青白かった皮膚が色を取り戻し、呼吸も穏やかなものになった。今は教会の一室を借りて、ベッドで眠っているが、じきに目覚めるとの事らしい。解呪に必要な情報が今更でてきても何の意味もない。


「それより、大丈夫なのか、ハクラ」


 ルーヴィを全身で拘束していた結果、体中の骨がバキバキになったらしく、全身に高級(ハイ)回復薬(ポーション)(メチャクチャ高額だ)をぶっかけられて包帯でぐるぐる巻きにされた、明らかに俺より大丈夫でないデルグ・ルワントンは言った。


「肩の方は、俺も回復薬(ポーション)もらったからな、もう痛くねえよ」

「それもあるが……心臓への呪いを、ルーヴィ特級騎士にかわって受けたのだろう?」


 デルグは不安げに俺を見ていたが、あー、と頭を掻いて、それから隠すのも面倒なので、答えた。


「……俺は魔女の呪いが効かねえんだよ、だからわざわざギルド経由で魔女狩りに駆り出されるんだ」


 理由はわからない。故郷での様々な実験が原因なのかも知れないし、他に理由があるのかも知れないが、考えるのも面倒くさい。

 ただ、この体質が無かったら俺が心臓に穴が空いて死んでいただろうから、感謝しておくことにしよう。


「……で、リーン」

「はい?」

「クラウナは、いつから居たんだ?」

「いつも何も、レストンから帰ってきてからずっとですけど」

「ずっといたのか!? 俺達の側に!?」

「ええ、町中で見つかっちゃうと噂になっちゃうので、アオと同じ様に省エネモードで待機してもらってたんですが、まぁどっちにしても自我の再構築に時間がかかってましたから、話ができるようになったのはほんとについ最近なんですよ」

「先に説明しろよ!」

「えー、だって幽霊連れ歩いていいですかなんていったら嫌がるでしょー!」


 一応旅の同行者として俺に配慮するだけの気遣いはあったようだが、全くありがたいとは感じなかった、不意打ちにも程がある。


「なので、コーメカさんが魔女なのは、実は最初からわかっていたのです」

「だったら最初から言えや!」

「けど、普通に教会でクラウナさんを呼び出して告発、なんてしたらまず私が拘束されて三日三晩取り調べですよ。髪の毛は死んでも切らせませんが、その間にエリフェルさんが死んじゃいます」

「それはまぁ、そのとおりだけど……ていうか、大丈夫だったのか? スライム喋らせたり、クラウナを呼んだりしたのは」

『あまり良くはないが、お嬢には魔女の印がない。何よりお嬢の権能は、ギルドが保護しているものだ。無理に手を出せば、ギルドを敵に回すことになる。今回、エリフェル嬢を誤って魔女と断罪しようとした負い目もあれば、早々手は出せんだろう』


 結局、タイミングの問題、というのも大きいのだろう。エリフェルが魔女として告発されて居なければ使えない方法だった、ということだ。

 さて、肝心のクラウナが全く見当たらないのだが……と、俺が思ったところで。


「失礼、します」


 扉はノックという過程を飛ばして開かれた。修道女のクレセンが……悔しかったんだかなんだかで、泣き晴らしたのだろう。瞼を真っ赤にした、悔しそうな顔で立っていた。


「……ルーヴィ様が、お呼びです。お連れの方が、意識を、取り戻したようです……」

「!」


 全員が、顔を見合わせた。




 エリフェルが居る部屋の扉の前に、ルーヴィが立っていた。俺達全員を一瞥すると、静かに頭を下げた。


「……今回は、私達が、間違っていた……わ」

「ええ、ええ、そうでしょう、沢山反省してくださいね」


 非を認めている相手に対してどこまでも容赦のない女がリーンという奴だが、しかし顔を上げたルーヴィの眼には、とても謝罪をしている人間がするとは思えない敵意に満ちていた。


「……あれ?」

「……貴女は、いずれ、私が、魔女として裁く……わ。魔女以上に、魔女である、存在……絶対に、認められない……」


 それだけ告げて、後はもうどうでもいいと言わんばかりに、歩いていった。


「……な、なんですかあの態度は! もうちょっと殊勝なところを見せたら良いのでは!」

「いやぁ教会のど真ん中でよりによってレイスなんて使役しちまったらああなるだろ……」


 そして、その力を借りねば本物の魔女を告発できなかったのだから、教会にとってはそれはもうどでかい汚点だろう、後々口封じに暗殺者をけしかけられてもおかしくない。


「それより、エリフェル殿だ! エリフェル殿、失礼いたします!」


 デルグが包帯だらけの腕で不器用に扉をノックした。だが、返事がない。


「……? エリフェルど」

「失礼しまーす」


 もう一度ノックしようとしたデルグを押しのけ、リーンはためらわずに扉を引いた。キィ、と音を立てて、勢いよく扉が開く。





「…………まったく貴女は。よりによって教会に殴り込み? 何を考えているんですか」

『ご、ごめんなさい、エリフェル……え、ねえ、私、なんでこんな姿になってまで、謝っているの……?』

「そんな姿になっているから、謝らされているのです。死んだのならちゃんと成仏しなさい、何を未練を残しているのです。アレンさんと同じ墓に入れたのでしょう」

『そ、それは、そうだけど、て、手袋が……それに、エリフェルも、心配で……』

「私の心配が出来るようになったとは、ずいぶんと偉くなったものですね。駄目なクラウナのくせして」

『そ、それはやめて、って、言ってるじゃない。もう……』


 ……病人がベッドから身を起こして、幽霊に説教をしている……。

 何だこの光景は。


「どもども、エリフェルさん、ご無事で何より」


 空気を読まずに割り込んでいくリーン、ここを逃すと中に入る機会を失うと察した俺達も後に続く。エリフェルは体を横たえたまま、静かに頭を下げた。


「この度は、ご迷惑をおかけしました。色々と、助けてくれたようで」

「はい、そりゃもう沢山頑張りましたとも!」

「お前に謙遜の二文字はねえのか」

「いえ、良いのです。リーン・シュトナベル、貴女が正しい。何より……」


 ずれた眼鏡を直しながら、エリフェルは言った。


「また、クラウナと話せるとは、思ってもいませんでした。これも、魔女の力なのですか?」

「魔物使いの、力です!」

『あ、エリフェル、その眼鏡』


 クラウナが、何かに気づいたように、両手を合わせた。


『誕生日に贈った……眼鏡、私が作ったの、使ってて、くれたんだ』


 嬉しそうに、クラウナが言った。だが、エリフェルはばっさりと切り返す。


「プライベート用です、仕事では使い物になりません。まったく私の顔に合っていませんから」

『ひ、ひどぉい……』


 しくしくと泣き始めたクラウナを無視して、エリフェルはデルグに向き直った。


「……デルグさんも、本当にご迷惑をおかけしました、なんと言ったら良いか」

「い、いえ、とんでもない、私は、その、なんだ、教会騎士として、当然のことを、はい。したまでで……」


 硬直しギクシャクし始めたデルグを見て、泣いていたはずのクラウナが、今度はクスクスと笑った。本当に幽霊だとは思えないぐらい……あと、初めて現れたときのプレッシャーが嘘のように、人間臭い。


「今度、お礼をさせてください、私で良ければ、なんでも」

「い、いいい、いえ、そんな、お礼など、はい、とんでもなく、いえ……」


 困惑するデルグも面白いのだが、俺達にも何かしら欲しいものだ、とわずかに思った。


「えー、私達にもなにかくださいよー、お礼ほしいですー」

「お前に遠慮の二文字がねえのか」

「もらえる時にもらっておくものですよこういうのは」


 騒ぐ俺達に、エリフェルはいつもどおり溜息を吐いて、それから、


「言われなくても、あなた方は命の恩人ですから。なにかしら、用意させていただきます」


 と言った。


「……感謝が足りてなくないですか?」

「では、感謝しやすい振る舞いをなさってください」


 この容赦のない切り口、いつもどおりのエリフェルだ。回復は順調らしい。


「…………それで」


 エリフェルは、こほんと咳払いしてから、宙を浮かぶクラウナを見た。


「あなたは、これからどうするのですか、クラウナ」

『え……どう、って』

「まさかこのままエスマの怪談として語り継がれるつもりですか?」

「それも酷い物言いだな……」


 だが、実際問題どうするのだろう、と俺も思ってはいたのだ。横目でリーンをみると、そうですねー、と呟いて。


「どうでしょう、クラウナさん。私と一緒に北の果てまでご一緒するというのは。旅も賑やかになりますし」

「お前、北の果てまでいくつもりなのか!?」

「そうですよ、言ってませんでしたっけ?」

「聞いてねえよ!」


 俺達のやり取りを見て、クラウナはやはりくすくす笑った。本当にエリフェルとは正反対で、よく笑う。それから、両手を体の前で合わせて、小さくお辞儀をした。


『ありがとう、リーン。気持ちは、嬉しいわ。でも、私は……やっぱり、眠ることにする。もう、死んでいるのだもの』


 少し悲しそうに、けれど、未練はないのだろう、声のトーンは明るかった。


『あれ、でも、シュトナベル? あなた、確かティ――――』

「その名前は、内緒なのです、クラウナさん」


 しー、と、リーンは口の前で人差し指を立てた。


「私とクラウナさんの間だけの内緒です、お墓に持っていってください」


 元より、返答を予測していたのか、リーンはそれ以上、クラウナを引き留めようとはしなかった。


『うん、わかった。それにね、私、アレンを一人にはしておけないわ。もう、ずっと離れ離れだったから』


 そう言ったクラウナの体が、徐々に溶けるようにして、体の端から消えてゆく。小さな光の粒子が、ふわりと室内に漂った。


『エリフェル、ありがとう。私達のために。こんなにまで』

「……お礼は、それこそ皆さんに。私は何も出来ませんでした」

『ううん、そんな事ない、あなたが……』

「そーですよ、エリフェルさんが居なかったら、そもそも魔女を告発しようだなんて思わなかったんですから。謙遜しててもいいことないですよ」


 リーンが、また空気を読まず口を挟んだ、が、こればかりはその通りだ。


「……私もです、エリフェル殿。貴女が魔女に立ち向かおうとしたからこそ、この結果が得られた」


 エリフェルの一歩目が、デルグを動かし、俺達を動かし、クラウナをこの世界に呼び寄せ、魔女の告発に成功した。

 そもそも――エリフェルが俺達を。いや。リーンをレストンに向かわせなければ、そもそも事件は発覚すらしなかったのだ。


「……クラウナ」

『なあに、エリフェル』

「私は、あなたに」

『うん』

「死んで欲しく……ありませんでした」


 本人は、気づいているだろうか。


「貴女が、結婚式を挙げるのを、この目で見たかった。アレンと結ばれて、幸せになる姿を見たかった」


 感情を抑えられないことは、誰にでもある。


「……どうして、死んでしまったのですか。私は……」


 溢れれば、雫になる。当然の事だ。


「……私が大好きな二人に、手を取り合って生きていてほしかった……!」


 レストンへの仕事をアレンに斡旋したのは、エリフェルだったらしい。

 そこにどんな思いがあったのか、考えがあったのかは俺の知る所ではない。


『エリフェル』


 クラウナの姿が、解けていく。


『村で一番、綺麗だったんだから……ねえ、もっと笑ってよ、そうすれば、私は、思い残すことは、なにもないから……』


 ふわりと、小さな風を起こして、やがて完全にかき消えた。

 最後の一瞬、誰かの手が、クラウナの手を引いていった様に見えたのは。

 きっと、気の所為だろう。



 三日後。


「おはようございます、エリフェルさん」


 リーンはカウンターに近づくと、ようやく職場に復帰し、今まで通り淡々と、書類を選り分ける受付嬢に声をかけた。


「おはようございます、リーンさん、ハクラさん」


 すっかり仕事モードに戻ったエリフェルの眼鏡は、仕事で使っているいつものそれだ。ずれる様子は見受けられない。


「ところで、エリフェルさん、《冒険依頼(クエスト)》の前に、一つお伺いしたいんですけど」

「……業務に関わることですか?」

「あると言えばあります。エリフェルさん、私達にレストンへの《冒険依頼(クエスト)》を斡旋してくれたじゃないですか」


 にこ、と笑いながらいう言葉は、疑問を投げかけているのではなく、確信を確定させているだけだろう。


「レストンがああなっていたことを、知ってたんですね。だから、私を向かわせたんでしょう?」


 レストンに、定期的に向かう商隊がある。恐らく最初に死者の村となったレストンを発見したのは彼らだ。ギルドに対し報告されたその情報を、エリフェルは握り潰した。

 教会に知られれば、浄化に動くだろう。レストンに火を放ち(、、、、、、、、、)全てを灰にする(、、、、、、、)為に。

 そこに魔女が介在する余地は、きっとない。証拠も何もかもが消えて、不幸な事故で全てが終わる。


 だから、エリフェルはリーンを使った。例外の階級を持ち、あらゆる魔物を従える、魔物使いの娘を。そもそも最初から、エリフェルはコーメカを疑っていたのだろう、実際、後々エリフェルが用意した告発の材料は、俺達の報告があってから準備したにしてはあまりに細かく、膨大な資料だったのだから。


「私の仕事は」


 まったく表情を変えず、悪びれずに、エリフェルは言った。


「適正な依頼に、適正な冒険者を派遣することです。間違っていたとは思いません」


 リーンは、べー、と舌を出して、意地悪く笑って言った。


「その首飾り、似合ってないですよ」


 エリフェルは――――くすりと小さく笑って、言い返した。


「知っています」



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