殺すということ Ⅶ
○
「ぐっ……」
しばらくうずくまっていたデルグ氏は、主が居なくなったベッドを見つめ、くそ、と唸った。
『一体何があったのか、聞かせてもらってよいだろうか?』
「!? 誰だ!」
『ココである。修復中で失礼』
もはや状況は、我輩らの予測できぬ領域に進んでいるらしい。切断された体同士を移動させ、一つに戻りながら、我輩はデルグ氏に声をかけた。
「ス、スライムがしゃべ……っ」
『世の中は広い。喋る魔物も居よう。時間が惜しい故、議論は後回しにしていただきたい。信じてほしいのは、我輩は現状、デルグ殿に与する存在であり、エリフェル嬢を救いたいという意見に同意であるということだ』
これは一種の賭けである。デルグ氏はエリフェル嬢に対し個人的な感情がある故、お嬢たちに助けを求めたが、教会騎士として魔物への忌避感が上回るなら、我輩は両断されてもおかしくない。
だが、デルグ氏は数秒目を閉じ、わずかに考えただけで、結論を出したようだった。
「……エリフェル殿を魔女として告発した者がいるのだ」
『ふむ、状況からして、コーメカ嬢と見るが』
「……その通りだ。私が教会の支部に到着した時には、すでに告発が行われていた」
『告発をした者が女であれば、まず自身が徹底的に調べられる。であるとするならば……』
考えうる可能性としては、成る程、確かに現状はよろしくない。
『コーメカ嬢からは見つからなかったのだな、魔女の印が』
「……ありえない! エリフェル殿が魔女などと! だが……っ!」
エリフェル嬢には《魔女の逆印》がある。
必然、呪いをかけた魔女が居る事になるが、言い換えるなら『呪いをかけた魔女が見つからなければ逆印だとは証明できない』とも言えるのだ。その判断がつくものが居なければ、なおさらである。
『呪いに失敗した愚かな魔女の隙を突いて、犠牲者のかつての仲間が勇気ある告発、か。なかなかに教会が好みそうなエピソードではあるな』
「エリフェル殿は」
デルグ氏は、拳を握りしめ、床に叩きつけ……涙を流した。
「誰よりも、誰よりも魔女を憎んでいた。だが、正当なる裁きが与えられるべきだと、決して私刑であってはならないと、感情を慎み、耐え忍んできたのだ。それが、この仕打など、この結末など……!」
『好いているのか?』
問うてみてから、スライムにこのようなことを聞かれても困るだろう、と思ったが、デルグ氏は実直かつ現実的な性格であるようだ、幸いにも我輩を一個の人格として認めてくれているようで、正面から我輩を見据え、頷いた。
「……わからん。だが、私は一人の騎士として、彼女を守りたいのだ。あの真摯さに報いられず、なにが教会騎士だ」
『であるならば、行くしかあるまい』
「行く、だと?」
『教会だ。お嬢の性格なら、間違いなく教会に乗り込む。大事になる前に合流せねば。住民たちのミサの場が、瓦礫の山になるのはよくないだろう』
「……それは確かに、よくないな」
デルグ氏は我輩を抱えると、若干足を引きずりながらも、歩き出した。
◆
「――――けど、そんな事聞いてどうすんだ?」
「いや、これで仮説がたった。……リーン」
リーンに目をやると、はい、と頷いた。
「ありうると思います。けど、百パーセントとは流石に言い切れないです。私はその事例を見たことないですし……証明する手段はどうするんです?」
「そりゃ力づく(、、、)だろ」
俺が言うと、リーンはふふー、と楽しそうに笑った。同意見らしい。
「サンキュ、助かったぜジーレ、あともう一個ついでに聞きたいんだが」
「何だよ」
「向こうから金属杖持って追いかけてくる女はお前の客か?」
「あああああやっべえ追いつかれる!」
ちょうど会話している時間で追いついたらしい女……というよりも少女だ。ジーレと対して年齢の変わらなそうだが。
「みぃつけたぁ……そこのアナタ! 今ならサフィア様は脳天に一発で許すとおっしゃっていますよ!」
上から下まで真っ白な修道服に、肩に十字のライン、これは……。
「【聖女機構】か」
魔女が関わっている案件なのだから当然といえば当然だが、おおよそこの手の問題において、最悪の連中まで関わってきてしまったらしい。
「いや、そんなんで殴られたら死んじゃうだろ!」
「ええ、敬虔なる神の信徒の、ス、スス、スカートをめくったものにはっ! 命で償ってもらいます!」
「あのちび、お前と仲良くなれそうだな」
「私はもっとうまく脅します……ってそうではなく! なんでエリフェルさんが……」
ふんっ、と鼻を鳴らすと、修道女は俺達を見回し、どこか得意げに言い放った。
「あなた方は、魔女の知り合いですか? ならば、ご愁傷さまです。先程、ルーヴィ特級騎士が告発を元に調査を行い、罪状が確定しました」
「…………ルーヴィ? ルーヴィってまさか、ルーヴィ・ミアスピカじゃねえだろうな」
「仮にその方以外がルーヴィを名乗るのであれば、我々は全力で改名をおすすめしますが?」
「……おい、嘘だろ、〝星紅〟がこんな所にいんのか!?」
これまた、考えうる限り、最悪に最悪を重ねた名前が出てきた。
「……えー、すいませんハクラ、お知り合いですか?」
「なんでお前は冒険者なのに知らねえんだ」
「いや、私人間社会にあまり興味ないんですよ、いえ、【聖女機構】はわかりますよ?」
【聖女機構】は【聖十字団】と対をなす、最大戦力にして少数精鋭の異端児の集まりだ。なにせ所属条件は『魔女として疑われ、告発されたが無罪とされた女』であり、言い換えるなら誰かに魔女の烙印を押されかけた女、という意味だ。
故に魔女に対する風当たりは『教義』で接する【聖十字団】の比ではない。連中にとって魔女が絡む案件は全てが我が事であり、当事者だ、という姿勢を見せる。
だから魔女とされたものには徹底的に容赦しないし、告発を免れたものを全力で保護するわけだ。
教会騎士は見習いから順番に見習いの四等騎士、一人前の三等騎士、ある程度成果を出せるエリートの二等騎士、限られた人間しか選ばれない名誉職である一等騎士と数字が減っていく。
そしてその上を行く、世界でも五人しか居ない特級騎士の一人であり、現在の【聖女機構】の指導者の名前がルーヴィ・ミアスピカ、簡単にまとめると死ぬほど相手にしたくない存在というわけだ。
「要するに、こと魔女だのなんだのにおいて、世界一頭の硬い奴だってことだ。なんでこんな僻地にいるのかは知らねえけどな」
「はぁ、ハクラって意外と権力に弱かったんですね」
ココまで聞いて、リーンはつまらなそうな顔をしていたので、俺は溜息を吐くしかない。
「ちげぇよ馬鹿――まぁ、会ってみればわかる」
俺がそう言うと、話している間暇だったのか、修道女はジーレを追い回すのをやめて、え? とほうけた声を上げた。
「会う、って、ルーヴィ様にですか? 一体どういう……」
「当たり前だ、何せ……」
――本当に面倒だ。リーンの言う通り、手を引いてクローベルに行けばよかった。
下手を打てば死ぬ。わかってはいるのだが。
「俺達はこれから――本物の魔女を告発しに行くんだからな」
性分というのは変えられないらしい。すでに、前に行くしかない所まで来ているのだ。