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殺すということ Ⅴ

 魔物という存在を(、、、、、、、、)この世界に(、、、、、、)生み出した奴(、、、、、、)がいる。


「……一体、誰がやったんだ、そんな事」

「ええ、私のご先祖様でリングリーン・トゥナイエルって人なんですけど」


 俺は全力でリーンの頭をひっぱたいた。


「いったぁあああああああああああああい!?」


 その悲鳴に店内の視線が集中したが、何せ騒がしいところだ、すぐにめいめい、自分たちの食事や会話に戻っていく。


「何するんですか痛いじゃないですか!」

「うるせぇなんでこの話の流れで全部の元凶がお前なんだよ!」

「魔女がどこから生まれるかって話をしてたんじゃないですか! あと私じゃなくてご先祖様です!」

「似たようなもんだろうが!」

「ちーがーいまーすよー! それに色々事情があったんですよ!」

「事情があろうがなかろうが……っつーか、そうするとなんだ、教会は……」

「私の事は目の上のたんこぶですよ。だから偽名も使いますし、デルグさんがいる間、アオにも喋らせなかったでしょう」


 そう言えば、こいつはレストンの《冒険依頼(クエスト)》を受ける辺りでも、教会の悪口を滅茶苦茶言っていた気がする。冒険者にとっては珍しいことではないからさして気にしてなかったが、単に教会嫌いというわけでもなかったのか。


「……んじゃ、リーン・シュトナベルってのは?」

「シュトナベルは南の最果て(リングリーン)にある村の一つの名前です。唯一ギルドの支部がある所なので、大陸の外に出る時はそこの名前を使うのが外に出る私の一族の習わしでして。ギルドに登録してる名前も同じなので一概に偽名というわけではないのですが」

「……一つ聞いていいか?」

「はい?」

「何で最初に会った時、その偽名を使わなかったんだ?」

「すいません、あの時はハクラをからかいたい気持ちが勝りまして……」

「今すぐ教会に突き出してやるから覚悟しろテメェ」

「いーやーでーす、話を戻しますよ」


 本当に教会に突き出すならどうすればいいか、算段を頭の片隅で立てつつ、俺は話の続きに耳を傾けた。


「確かに高濃度の魔素は生物にとっては毒ですし、生物・物質問わず魔物化等の現象も引き起こします、ですがこうして世界中に魔素が拡散・循環している今では、私達人間の生活の一部になっていますし、魔素がなければ成り立たない産業も多くあります。魔素をこちらの世界に満たす事は、どうしても必要なことだったのです」

「確かに言ってる事はわかるが、そりゃ結果論だろ」

「とんでもありません。初代リングリーンは、自然界に本来あるはずだったのに、失われてしまった魔素を、元の形に戻すために裏界への穴を開けたのです。まぁ、理由はそれだけじゃないのですが」


 そう言えば先程、こいつは『とある理由で魔素がこの世界から消えた』と言っていた気がする。


「なら、この世界に元々存在した魔素はどこにいったんだ?」

「その話になると、また長くなるので今は忘れてください。魔女の話とはまたちょっと事情が異なりますので」

「…………」


 果てしなく気になるのだが、そう言われれば追及も出来ない。目下、問題はエリフェルの命なのだ。


「では、悪魔の話をしましょう。悪魔とは裏界に生まれ落ちた唯一の生命……と言っていいかわかりませんが、とにかく裏界生まれ裏界育ち、やばい力はだいたい友達、みたいな存在だと思ってください」

「いやよくわかんねえよなんだよそれ。そもそも裏界には魔素以外のなにもないんだろ?」

「はい、ですので定義するなら『自我を持った超高濃度の魔素』、ですかね」


 もう一枚、紙ナプキンを手に取ると、どこからか取り出したインクが充填できるタイプのペン(そこそこな値段がする)で小さな三角形を描いた。どうでもいいがこの紙ナプキン、一枚毎に後できっちり金を取られるのだが、これもこいつがちゃんと払ってくれるのだろうか。


「まず最初に、一体の悪魔が生まれました。名前をルシルフェル・ハルピァンイクァルヴェラピフェルニルケルエスといいます」

「は?」

「ルシルフェル・ハルピァンイクァルヴェラピフェルニルケルエスです、りぴーとあふたみー?」

「言えるか! つーかお前よくスラスラ言えるな」


 一部根本的に発音出来ないところがあった気がする。


「つっかえる度に頭を束ねた鉄板で叩かれていれば自然と覚えますよ」


 ……こいつはこいつで、知識や技術を身につける為に色々してきたらしい、詳しくは知りたくないが。


「まぁ別に拘る必要はないんでルシルフェルでいいんですけど、この個体がまず最初に生まれました」


 三角形の真ん中に、マルが書き込まれる。


「このルシルフェルが、裏界で長い長い時間を生きている内にどんどん肥大化していきました。もはや裏界の魔素、イコールルシルフェルと言えるほどです。あまりに大きくなってしまったので、自分の身体の一部を切り離し、新しい悪魔を生み出して身軽になりました。この七体が悪魔の系統の基本、七大悪魔と呼ばれています」


 下のラインから線を伸ばして、マルが描かれた階層の下に新たな段が生まれる。そこの七つのマルを書き込み、続けて頂点のマルと下段のマルをそれぞれ直線で結ぶ。


「そうしてこの七体の悪魔も、また成長に伴い身体を切り離して新しい悪魔を生み出します、これがどんどん続いて増殖を繰り返しているのが、裏界の生態系……というか仕組みです」


 ピラミッドの下の段が、どんどんと増えていく。新たなマルと直線の組み合わせが、どんどん膨れ上がっていく。ナプキンに収まらないほど大きくなった三角形の一番下には、もはや細かい点が沢山打ってあるだけだ。


「魔女とは、この裏界に居る悪魔と《契約》した女性を指します。対価を差し出す代わりに、悪魔の特異な能力を借り受けるわけですね。裏界の法則はこちらの世界とは全く異なりますから、その力は傍から見れば、正体不明の不思議現象に他なりません」


 ようやく、魔女という単語に長い説明が繋がった。

 続けて、リーンは穴を開けた方の紙ナプキンを手に取ると、ペンの先でプスプスと、小さな穴を開け始めた。


「魔女が悪魔と契約する度に、こちらの世界と裏界の間に小さな穴が空きます。するとそこから裏界の魔素が流れ込んで来ます。こちらの世界では到底存在し得ない濃度の魔素ですから、当然、周囲にも影響がでます。そしてこれを繰り返し続ければ……」


 ビリ、と紙ナプキンが、増えすぎた穴に耐えきれず破れた。


「いずれこちらの世界と裏界の壁が消滅し、全てが混ざり合ってしまうでしょう、その時何が起こるかはわかりません」


 とはいえですねー、と、リーンは冷め始めたグラタンを口に含んだ。


「実際に世界の境界が壊れることはまずありません。裏界と繋がる穴はずっと開いてる訳じゃないですし。悪魔は契約した魔女を通してこちらの世界に干渉出来るので、そういう意味ではやっぱり危ないんですけど、悪魔も悪魔で人間とは価値観も思考も違いますから、実際に支払う対価は契約に従うことになります」

「思考と価値観が違う相手と契約なんかできるもんか?」

「難しいです。会話ができているように思えても、悪魔側はただ知っている発音を並べ立てたり、あるいは純粋に騙そうとしたりしてきますから。なので不当だったり、意図せぬ契約を結んでしまったりして、暴走する魔女も出てきます。半端な人間が悪魔の力を軽率に借りようとして魔女になった場合は、ほぼ例外なく、周囲を巻き込んで破滅します」

「……悪魔に支払う対価ってのは?」

「契約内容によりますが、大体の場合は魂……生命が死んだ時に残る意思の、残滓みたいなものですね、つまりは『生者を殺して生贄を捧げろ』ってことです」


 いつの間にか、リーンの皿は空になっており、じぃ、と俺の手元を見つめていた。好きあらば食いつかんとしているのは明らかだ。


「…………」


 既に冷めてしまっている上に、話を聞いているうちに食欲が減衰してきた事もあり、俺は食べかけの皿をリーンの前に寄せてやった。わーい、と明るい声で、躊躇なくフォークを突き立てた。


「ではでは、とうとうここからが本題です。悪魔には《位階(いかい)》と《系統(けいとう)》というものが存在します」


 頂点のマルを指し、つつ、と指がピラミッドを下に降りていく。


「悪魔はピラミッドの(、、、、、、)上の階層に(、、、、、)居る悪魔に(、、、、、、)逆らえません(、、、、、、)。この立ち位置を悪魔の《位階》と呼びます。そして……」


 続いて、マルから下の階層に伸びる直線を示した。


その悪魔がどの(、、、、、、、)悪魔から生まれたか(、、、、、、、、、)を表すのが《系統》です。この二つによってどんな能力を持つどのレベルの悪魔か判別できる、というわけです」


 俺が譲った皿の中身も、あっという間に空になった。


「アンデッド系の操作能力に長ける悪魔は《位階》二位の三番目、ヴェルペェルの系統、恐らく三十四階層前後の悪魔でしょう。この中で《心臓をえぐり取る呪い》を持ってる悪魔となると、もうちょっと数が絞れると思います」

「…………待て待て待て」

「どうしました?」

「悪魔の階層ってそんなにあるのか!? 三十四!?」

「そりゃそうですよ、理屈としては悪魔なんてねずみ算式に増えていくわけですから。確認できる限り一番下の階層は七十二ということになってます。こちらの世界に干渉して人間と契約を結べるレベルとなると、いいとこ四十階層から上ですけどね」


 このピラミッドが七十二段、当然下に行けば行くほど悪魔の数は増えていくわけだ、なんともげんなりする話だが……。


「……そういや、さっきも言ってたな。エリフェルを呪った魔女はそんなに強くないとかなんとか」

「ええ、そもそも魔女って、古い方が強いんですよ。近代に生まれる新規の魔女は、ほとんどが下の階層の低級悪魔としか契約できてないはずです」

「? 何でだ?」

「悪魔達が人間との契約の仕方を覚えちゃったからです。実はですね」


 リーンは、『一日一つまでって言われていたキャンディを二つ食べちゃったの、ごめんなさい』と親に謝る子供のような、少しだけ申し訳なさそうにしつつも大して悪いとは思っていない困り顔で言った。


「私のご先祖様、つまり原初の魔女はですね、最初の契約の際にとんでもない不平等契約を結んだんですよ」

「……不平等契約?」

「ええ、悪魔の全権能の共有化、契約の無条件継承、こちらから差し出すのはカスみたいな供物だけ……などなど。なにせ悪魔側も人間と契約を結ぶのが初めてだったもので、相手が何もわからない内にこれ幸いと滅茶苦茶な条件を飲ませてオッケーさせてしまったのです」

「さすがお前のご先祖様って感じのエピソードだな!」


 この傍若無人にして情け無用女の性格がどうやって形つくられてきたのか、そのルーツが垣間見えた気がした。


「そしてご先祖様の真似をして、後追いで契約した魔女たちが続きました。なにせ当時の悪魔達にとって『こちらの世界』はまだ見ぬ未知の領域です。なんとしてでも架け橋を作りたかった彼らは、細かいことなど考えず結構不利な条件もポンポン飲んじゃったんです。その時は悪魔側に魔女と契約する需要があったので、位階の高い悪魔達が優先して契約を結んでいたんです。ですがー」


 リーンはくるり、と手のひらを返した。


「悪魔たちの間で第一次契約ブームが去った後、向こうも『アレ? これあんまり美味しくなくない?』と我に返ったのでしょう。徐々に契約内容を見直す動きが出てきました。この頃になると魔女の異能を求める人間と、こちらの世界に干渉したい悪魔のバランスが入れ替わって行きます。更に上位の悪魔達は『自分が契約するより自分の系統の下位の悪魔に契約させてその対価を献上させればいいじゃん』と気づいてしまいまして」

「人間とは価値観も思考も違うんじゃなかったのか!?」

「致命的に違いますけど、似てる所もあるということです。そうやって契約条件も魔女有利から悪魔有利に移り変わって行ってですね、最終的にはもう今から悪魔と新規契約しようとすると手の空いてる名前もわからないような下っ端低階層の悪魔と、馬鹿みたいにこっちが不利な契約を結ばないといけなくなって来るわけです。力を使う度に生贄を捧げるだとか、特定の相手にしか使わないだとか、エグいところですと力を貸すのは一回だけ、あとは生涯悪魔の奴隷として生きろ、などという所まで。特に契約の継承は、絶対させてくれませんね。初期・中期に悪魔と契約した魔女達も、魔女狩りやら魔女同士の抗争やらでだいぶ減ってしまいましたから、結果的に現代に残った魔女というのは、よわよわなのです。それこそ、ただの人間である教会騎士でも太刀打ちできるぐらいには」

「けど、実際にその魔女のせいで、村一つが全滅したんだぜ」

「その程度の魔女だから、村一つを全滅させるぐらいしかできなかったんですよ」


 俺の疑問に、リーンはあっさりと答えた。


「そもそもヴェルペェル系統の中位以上の悪魔と契約したなら、オルトロス一体をリビングデッドにして……なんて悠長なことはしません。村人を直接リビングデッドにして、腐らせないまま使役したり、魂を魔素と結びつけて幽霊(レイス)にすることも出来ます。そもそもレストンの村人たちに対する命令権がクラウナさんにあった時点で、あのリビングデッド達は魔女が使役していた訳ではなく、制御ができないから放ったらかし(、、、、、、)だったんですよ。もう少し上等な魔女だったら、そもそもレストンに異変が起こっていたことすら、感づかせません」

「…………」

「エリフェルさんへの呪いに至っては、即死せずにこうして露見してる時点で、呪いとしては大した強度じゃない上に、悪魔ならどの系統でも出来るほど簡単なものです。アレンさんを殺した《心臓をえぐり取る呪い》にしたって、あれも位階を考えると『直接指さしながら、相手の名前を呼ぶ』ぐらいの条件が必要だと思いますよ」

「それはそれで十分危険だと思うが……」

「ただ、厄介な側面もあるにはあります、というのもですね」


 リーンは、ピラミッドを書いた紙ナプキンを裏返し、いきなりペンを走らせた。あまりに速筆なので、一瞬驚いたが、そもそも見たこともない文字だったので、何が書いてあるのかはわからない。


「悪魔の呪いを解呪する方法は三つです、一つ目は呪いをかけた魔女本人が解く事。二つ目は呪いをかけた魔女を殺す事。三つ目は呪いをかけた魔女と、契約した悪魔の名前を暴くこと」

「悪魔の名前?」

「そうです、しかもさっき言ったみたいに、フルネームじゃないといけません。例えばヴェルペェルも正確にはヴェルペェル・ケルリルミルエルテルナルロルという名前があります」

「早口言葉か!」

「魔女と悪魔の話において、名前はものすごーく重要なんですよ、ハクラ。直接呪いをかけるにも、力を与えるにも、契約を結ぶにも、兎にも角にも名前名前名前です。だから魔女は自分が契約した悪魔の名前を絶対に知られないようにします。もし自分より位階が上の悪魔と契約してる魔女にそれを知られたら、契約内容をまるごと乗っ取られる可能性がありますから」

「………………」


 こいつと出会ってからの様々な出来事を振り返った。不自然なまでに名乗ろうとせず、偽名を持つ。その態度をどうあっても崩さないのは……。


「魔女の名前も、知られたら困るのか」

「はい、魔女の名前は、その魔女の能力に直接干渉する際には絶対必要です」


 シュババ、とペンを走らせ終えると、細かい文字が三十行ほど、ぎっしり紙ナプキンを埋め尽くしていた。破かずにこれだけやり終えるとは、なにげに器用な真似をする。

「……でもですねー、下位の悪魔って数が多い上に、能力が似たり寄ったりなんですよ。現状見える情報から絞れるだけで、この魔女が契約した悪魔の候補が三十以上もあるんです。なので名前から呪いに干渉するのは、ちょーっと厳しいです」


 どうやら、候補となっている悪魔の名前を、全て書き出していたらしい。ということは、『ねずみ算式に増える』とまで言った悪魔の名前と能力を、リーンは全て暗記している、ということになる。


「……ちなみに、これは、ハクラにとって良い情報かどうかはわかりませんが」

「な、なんだよ」


 急にかしこまって、俺の顔を見上げながら、リーンは言った。


「……イスティラは、この契約の最初期に、七大悪魔の一体と契約した魔女の一人です。寿命を超越し、運命を操る、今回の魔女とは比べる事すらおこがましいほど、強力な魔女なんです」


 一瞬、思考が真っ白になった。イスティラ、という名前を……自分の思い出したくもない出身地名ではなく、個人名を示す意味(、、、、、、、、)として聞いたことで、途端に全身に血が駆け巡るのを感じる。


「……アオには、あまり詳しいことは言わないほうがいいって言われてましたけど、私の判断で、言っておきます。将来、ハクラがそういうこと(、、、、、、)を考えているのなら、相手がどれだけ大きい存在かは、知っておいてください」


 ……コイツらは俺の名前を、そしてそれが意味することを知っている。

 俺が《魔女の箱庭(イスティラ)》で生まれた事を知っている――――わかっていたが、自分からは言わなかった領域に、リーンは、あえて踏み込んできた。


「……一からわざわざ悪魔の事を説明したのは、それを伝える為か?」


 俺が表情を変えないまま尋ねると、「だぁって」と、すこし拗ねたような声を出した。


「私、ハクラの細かい事情なんて知りませんもん。言いたくなさそうですし、聞くつもりはないですけど、じゃあ気にならないかって言われたらそうじゃないですから」


 僅かにだが上目遣いで、様子を伺いながら、リーンは俺を見ていた。

 深い緑色の奥、普段のからかいや挑発と言ったモノはそこにはない。

 ただ、踏み込んだことが失敗だったかを不安がっているだけの、少女の表情だった。


「……大きなお世話だ」


 かろうじて、それだけ言った。思っていたより不快感を覚えなかった事は告げなかった。


「そういや、一つ気になったんだが」


 話題を変えるためにそう告げると、リーンも流れを読み取ったのか、表情を元に戻した。


「……なんです?」

「いや、悪魔と契約した奴を魔女という、って所まではわかった。けど、契約するのは男じゃ駄目なのか?」


 今までのリーンの話では、一貫して『魔女』という言葉が使われてきた。俺も、妙な言い方だが『男の魔女』というのは見たことがない。別に大した疑問でも無かったのだが。


「あー……」


 するとリーンは、目を逸し、何やらモゴモゴと口元で言葉を誤魔化すように吐き出した。


「そう……ですね、女性、だけです」

「何でだ? 特別な理由があるのか?」


 急に煮え切らない態度になったリーンが微妙に疑わしくなり、追及の言葉を続けた。


「ええ、まぁ……女性じゃないと、その、絶対無理です……」


 徐々にリーンの顔が赤くなってきた。うう、と小さな唸り声すら聞こえる。一体何だというのだ。


「誤魔化すなよ、それとも、何か他に条件が――――」

「……けなので」

「……あん?」


 かすれるような小さな声に、俺が眉尻を上げると、リーンは机を叩き、顔を赤くして立ち上がった。





「ですから! 悪魔と契約できるのは処女だけなんです! えっちなことしないといけないの!」





「声がでけぇ!」


 周囲の視線がまたも集中する。ザワザワとうるさくなるが、痴話喧嘩か何かだと思われたのか、すぐにまた自分たちの食事に戻った。二度目だこれ。


「何てこと言わせるんですか、ハクラのえっち!」

「俺が悪いのかよ! ……っつーか、その……何だ、どうやって?」

「私に聞かないでくださいよそんなのっ! 私はご先祖様が交わした契約を継承しただけですからっ!」


 居心地が悪くなってつい目をそらしてしまう。リーンは頬に熱を帯びさせたまま、小さな声で怒鳴るという器用な技を披露した。

 うー、とうなり、俺を睨みつけつつ、リーンは続けた。


「……悪魔を体内に取り入れる事で、契約した悪魔の印が体のどこかに浮かぶんです。この模様も悪魔毎に固有なんですけど……位階が下になるほど形に個性がなくなっていって、特定しづらいんです、せいぜいどの系統かぐらいで……」


 リーンは呼吸を整えながら、俺のコップの水を奪って一息で飲んだ。


「自分のがあるだろうが!」

「人のを奪うとなんとなく気分が良いじゃないですか」


 こいつの先祖は魔女ではなくて強盗か何かではなかったのだろうか。


「で、結局、魔女は誰なんだ?」


 水を飲まれたぐらいは良い。本番は『そこ』だ。


「あ、その前にもう一つだけいいですか」

「これ以上焦らされたらどうするかわからんぞ俺は」

「いえ、これは本当に、最後の確認です。ハクラ」


 深い緑の瞳が、正面から俺を見据えた。


魔女の正体を追うのを(、、、、、、、、、、)やめませんか(、、、、、、)?」

「…………は?」


 何を言い出すのかと思えば、俺達はその為に、わざわざこんな所で長話をしていたのではないのか。


「魔女を探らなくても、エリフェルを助ける手段があるのか?」


 リスクが高くなる代わりに、別の手段があるのか、と考えたが、リーンは首を横に振った。


「いえ、エリフェルさんは見殺しです、このまま手を引いて、見なかったことにして、次の《冒険依頼(クエスト)》を探して、さっさとクローベルに――――」

「笑えない冗談はあまり好きじゃねえ」


 言葉を遮って、睨み返す。リーンは真剣だ。けれど、言葉は軽い(、、、、、)。本気で言っていない、それぐらいはわかる。

 だが、なぜ今、わざわざこんな事を言うのかが、俺にはわからない。


「だって、エリフェルさんを助けても、私達に得はありませんよ」

「…………」

「これは《冒険依頼(クエスト)》じゃないですから、報酬はありません。魔女に関わるということはそれなりに危険なことです。今度は私達が呪われるかも知れませんし、何より――」


 何より。


「――――魔女の正体を暴くということは、魔女を告発する(、、、、、、、)ということです。失敗したら、私達が死ぬんです。そこまでリスクを背負う理由は、ありますか、ハクラ」


 命が大事。自分が大事。そんな事は当たり前だ。まして目の前の女は自分を甘やかし他人に厳しい奴なのだと、俺は知っている。

 だが。

「……仮に今、お前が一人なら」

 バカバカしくなって、力を抜いた。頬杖をついて、水を飲もうと手を伸ばし、先程全部飲まれたことを思い出して、舌打ちした。


「エリフェルを助けに行くだろ?」

「……なんでそう思うんです」


 お前は良い奴だからだ、とは全く思わない。こいつの性格は間違いなく悪い。

 お前の正義が許さないからだ、とも思わない。こいつにあるのは正義ではなく価値観の物差しだ、正しいか正しくないかではなく、快と不快なのだ。

 でなければ、わざわざコボルド達を助けようなんて思うわけがない。

 理不尽に対して義憤で怒るのではなく、納得行かない(、、、、、、)から怒るのだ。


「散々雑魚だの何だの罵ってきた格下の魔女相手に、好き勝手やられてお前が我慢できる(、、、、、、、、)わけ無い(、、、、)だろ」


 レストンを滅ぼし、エリフェルを呪った魔女。

 俺達が手を引いたら、もう誰も魔女に手を出せない。デルグが俺達に協力を求めてきたのは、確たる証拠や確信がないからだ。

 やりたい放題やりきって、バレなかった、手も足も出なかったとケラケラ嘲笑う、顔も知らない誰かの顔を想像する。

 そんなもの、この女が我慢できるわけがない。なにせ、いらっときたら、すぐに手を出すような奴なのだ。


「わ、私を何だと思ってるんですか!」

「理不尽で我儘で唐突で加減の効かないハチャメチャな女だよ!」


 俺は本心から言った。


「……けど、少なくとも俺に命を賭けるリスクに巻き込まないぐらいの気は使える」


 魔女の告発は命懸けだ。告発した本人はもちろん、それに助力した者も、もし間違えればただでは済まない。そして冒険者にとって『この世に絶対はない』というのは、あまりに常識的すぎる常識だ。

 だから、俺に逃げる選択肢(、、、、、、)を与えた。フェア精神のつもりなのかどうかは知らないが。


「似合わねえ事すんな。今の俺の雇い主はお前で、どんな仕事だろうがどうせ俺の儲けはたかが知れてんだ。《冒険依頼(クエスト)》でも魔女狩りでも変わらねえよ、だったらいつも通り、無茶言って振り回せ」

「………………ハクラ」


 たっぷり二十秒沈黙してから、リーンは言った。


「何だよ」

「もしかして、超馬鹿ですか?」

「灰皿で頭部殴るぞテメェ」


 ムスッと膨れたリーンの瞳は、もういつもどおりのそれだった。心なし、潤んでいるようにみえるのは気の所為だろうか。


「ううう……私のなけなしの優しさを無下にした事を後悔しても遅いですからね!」

「そりゃ悪い事したな」

「後、万が一告発に失敗したときはハクラが告発したことにしてくださいね!」

「リスクを余さず押し付けていいとまでは言ってねえよ!」


 ただ、考えを見透かされた事が悔しかっただけらしい。真面目に似合わないことを言っているよりはよほどいい、それでこそリーンだ。


「で、魔女は誰だ?」


 今度こそはぐらかされる事はなかった。

 リーンははっきりと、その名前を口にした。


それはもちろん(、、、、、、、)コーメカさん以外に(、、、、、、、、、、)ありえません(、、、、、、)



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