死ぬということ Ⅷ
◆
数日間、川向こうから、リビングデッドが徘徊し続ける村を監視していた。
はっきり言って気分の良いものではなかったし、毎日的に矢を射掛けてくる奴が居たのも面倒だった。命中率はお察しだと思って舐めてたら直撃しそうになったので思わず剣を出してしまったこともあったがそれはさておき。
次にリーンが俺に出した指示は、村中を駆けずり回って、とにかくリビングデッドが動ける程度に一発打ち込んで、なるべく数を惹きつけて、逃げ続けろ、というものだった。
「無茶苦茶言いやがるなあの女!」
『ふうむ、まぁ最適解であろうな』
「その最適解に俺が死ぬことは含まれてねえだろうな!」
『それは当然である』
俺と一緒にスライムもボンボン跳ねながらついてきて、村人達の足にうまく絡みついて転ばせたりしてくれたが、とにかく数が多い、村人全員に、牛などの家畜を足せば、軽く二百以上は斬り結んだはずだ。厄介なことに、一度刺激したら、あとは延々追いかけて来る。速度は遅いが数が多いので、とにかく休む暇がない。
そこまで数が膨れ上がってしまったら、流石に正面突破も不可能だ。囲まれたらひとたまりもない。
指定された合流場所までなんとか辿り着いた俺は、後方から追いかけてくる、全村人の死骸の群れを見て思わず叫んだ。
「本当になんとかなるんだろうな!?」
「ええ、大丈夫です」
「当てにして良いんだよなその大丈夫は」
「勿論です、多分」
「多分をつけるな!」
リーンの側にいるリビングデッド……他の村人達と比べたら、比較的損傷の少ない、女性のものだ、こいつが恐らく、アレンの婚約者だろう。
「――仲が、ぃイの ネ」
「!?」
あろう事か、そのリビングデッドは、意味のある言葉を発して、小さく笑った。
その反応自体を想定してなかった俺は、言葉を返すことができなかった。
「大事に、ネ……りぃん、ぁりが と 」
ぞろぞろと。わらわらと。遅い足取りで、しかし確実に歩み寄る死者の群れの前に、彼女は歩み出た。
「リーン……」
「静かに。ハクラ
喋るなと言われたら、黙るしか無い。
「――ゴメんな、さィ、皆、私の、せィ、ね」
アァァァッァァ……ァァァァァァアア……
アァァァァァ、アァァ――――アアアァァァ
ア……アアァァァアアァァァァァアアアアァァァ
死者達の呻き声が、返事だった。
怨嗟なのか、否定なのか、賛同なのか。
俺にはわからない、リーンには、わかるのだろうか。
「……眠り、ましょウ……私達は、もう……」
死んでいるのだから。
彼女がそう告げた途端、村人達に変化が起きた。
砂の城が崩れるように、一人、また一人、ばたりばたりと、倒れてゆく。
ボォッ、と最後の鳴き声を残して、牛の死体までもが動かなくなり。
そして、死体だけが残った。
動くものはない。動いてはならない。
それが、死ぬということだ。
一分近く、彼女は立ち尽くしたまま、動かなかったが、やがて、ポツリと口を開いた。
「アレンの」
「はい」
「とこロに」
「はい、行きましょう、クラウナさん」
「あぃたイの」
「会えますよ、もうすぐに」
「あなタ、だれ」
「さあ、おいで」
「うン……」
リーンは、腐り、ドロドロになったその手を、躊躇いなく握り、歩き出した。
○
【アレン・エスマとクラウナ・レストン、ここで結ばれ、永久に眠る】
レストンから一時間ほど歩いた、森の開けた場所にある川の畔。
アレン氏と出会い、戦ったその場所に、二人を埋めて、手頃な石にそう刻んで、埋葬は完了した。
二人は横に並んで、しばらく黙祷を捧げていたが、やがて、小僧が声を発した。
「で、答え合わせはしてくれるんだろうな」
「うーん、ハクラが何を疑問に思っていたのかにもよりますが」
「この依頼の根本からだ。まず、何で村人全員がリビングデッドになったんだ?」
「半分ぐらい推測になってよければ、一応説明はできますけど」
「それでいいからしてくれ、アレンの言葉だけじゃ、さっぱりわからん」
小僧が倒したリビングデッド――アレン氏は、正気を取り戻した後、こう言った。
(頼ム、クラウナを助けテくれ、レストンの村に居る、婚約者)
(これを、渡しテ、帰れなくて、ごめン、コの場所で――待っテる――)
言葉になったのは、結局その二言だけで。そのまま、二度とアレン氏は動かなくなってしまった。
名前がわかったのは、アレン氏が遺した革細工に、当人の名前が記されていたからだ。
「まずですね、最初にリビングデッドになったのは、アレンさんです……多分、意図的に」
「根拠は?」
「だって心臓がえぐられてたじゃないですか。眼がなかったりしたのは腐り落ちただけかも知れませんが、あれと腹の傷は明確に外傷(、、)で、致命傷なのは、勿論胸の方でしょう」
「つまり……アレンは殺されて、リビングデッドにさせられた?」
「恐らく。そしてリビングデッドになったアレンさんは、レストンに引き返しました。生前執着していたものに固執する、って言いましたよね。アレンさんの執着は、ご存知の通り、クラウナさんです」
「死に際に、見知らぬ俺らに託すぐらいだからな」
「でも、リビングデッドから見れば、生者が死者に、死者が生者に見えるわけです。すると、アレンさんにはこう見えたはずです――愛する人が暮らす村に徘徊する、無数のリビングデッドがいる」
「……村人を虐殺したのは、アレンってことか」
「はい。その過程で……クラウナさんもお亡くなりに」
「……んじゃ次だ、何でクラウナはリビングデッド達を止められた?」
その質問に、お嬢は少しだけ口を止めた。
むむむ、と唸る様子を見ると、自分でも若干、納得がいってないのかも知れぬが。
『お嬢、仮説でよいのだ、我輩も知りたい』
「むー……了解です。えっとですね、リビングデッドの性質の一つなんですけど……同一の菌から繁殖した個体同士は、感染源により近い個体に統率されるんです」
「統率? カビに自我はないんじゃなかったのかよ」
「自我はなくても習性はあるんです、蟻とか蜂みたいな社会性昆虫に近いですかね、無秩序に共食いとかをしても困りますから、上位の個体が旗を振ったら、そっちに行く、ぐらいの事はします、だから、皆わらわらとハクラを追いかけてきたでしょう」
「アイツらにとって俺はマジで食い物扱いだったのか……」
「で、まず感染源であるアレンさんがいました。そしてアレンさんからクラウナさん、クラウナさんから村の人達へ……と、順番に菌が感染していったんだと思います。だから村の中で序列が一番高い個体が、クラウナさんだったんです」
「……最悪だな」
「最悪ですね……不幸中の幸いだったのは、クラウナさんの遺体の、頭部が無事で、思考が出来るレベルで残っていてくれたことですね」
「……後もう一個、そもそもアレンはどっから菌に感染した?」
すると、お嬢は、ローブの裾から、一つの筒を取り出した。
「これは?」
「アレンさんが持っていたものです、中、開けますね」
立派な拵えのそれを開く、中身は、我輩らもよく見る書式の、一枚の羊皮紙だった。
「エスマのギルドへの、《依頼発注書》です。野犬のリビングデッドが村の周辺をうろついているから、これを適切に処理してくれ、と」
「……村に出てきた最初は人間のリビングデッドじゃなかった、ってことか」
「ですです、アレンさんだけなら、多分、対処できたと思いますよ。あの槍捌きなら、野犬ぐらい訳ありません、けど、二次感染が起こらないように、ちゃんと浄化が出来る人を探して、エスマに行こうとしてたんです、その途中で――――」
今度こそ、お嬢は言葉を止めた。続きを言うまいか、少しためらった後。
「――殺された。その死体を、野犬のリビングデッドが漁って、感染ったんです。脇腹の傷は、その時ですね」
総括すれば、それはこういう事になる。
明確な悪意の元で、村一つ分の死体の山が築かれた、という事だ。
「……大体納得いった、釈然としねえけどな。この場合、依頼はどうなるんだ?」
「成功とか失敗の話ではない気がしますけども、でも」
お嬢は、もう一度、二人の墓に手を合わせた。
「確かに言えるのは……アレンさんを意図的にリビングデッドにした誰かが居るんです」
アレン氏は、明確な殺意を持って、心臓をえぐり取られ、リビングデッドにされた。
何故か。生者と死者の認識を狂わせ、レストンの村を全滅させる為だ。
何故、レストンの村人を全滅させる必要があったのか。
感染を拡大させた果てに、その『誰か』が『何』をするつもりだったのかは、我輩には想像のしようもない。
ただ一つ、言えることがあるとすれば。
「なら――――」
お嬢と、小僧の意見も、一致したようだった。
「はい、まだ終わってません」