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生きるということ Ⅺ


「ゲル、ゲ、ギュフ、フ」

「グ、グググ?」


 顔を見合わせて、何やら言葉をかわし合う『人食い』の子供達を、テトナは震えながら見ていた。


「……私達が」


 ルドルフに縋りながら、膝から崩れ落ち、掠れた声を漏らした。


「私達が、悪かったの? 私達の、せいなの?」


 眼の前のコボルド達は、もし村人達が何もしなかったら――きっと、隣人のままでいられたはずだ。

 そして、一歩間違えていたら、今度はルドルフやその子供が、こうなってたんだろう。


「ル、ルドルフ、ごめん、ごめんなさい、ごめん、ごめ――」


 やがて、相談事が終わったのか、ひたひたと近寄ってくる子供達(コボルド)

 その視線は、テトナと、その側に居るルドルフに向けられていた。

 さすがの俺でも、その理由はわかる。餌だと思っている。喰おうとしている。


「グルルルル……」


 勿論、如何に凶暴化しているとは言え、ルドルフは成体だ、生まれたての赤子に負ける要素がない。

 『人食い』達がコボルド達が〝食い詰めて〟人を襲ったという事は、言い換えるなら『本来食べるべきもの』が手に入らなくなった、という事だ。

 そう、きっとルドルフの群れの仲間は、もう何匹も喰われているのだろう。

 だから、ルドルフにも、『人食い』達を怨み、憎み、殺す理由がある。

 その証拠と言わんばかりに、牙を剥き出して、テトナをとん、と押して、自分の体から引き剥がした。


「ルドルフ。駄目だよ、やめて」


 友達の、そんな形相を、テトナは見たことがなかったに違いない。どれほど脆弱で、どれほどおとなしく、どれほど優しかろうと、コボルドは魔物だ。

 戦う時は戦うし、殺す時は殺す。


「グルルルルァアアアアウ……」


 その唸りは、魔物と会話できるリーンには、どう聞こえるのだろう。


「ハクラ」

「……何だよ」

お願いします(、、、、、、)


 何を、とまでは言われなかったが。


「わかった」


 と、俺は返した。


「ガァ――――」


 今まさに、飛びかからんとしたルドルフの頭を、俺は剣の鞘で軽く叩いた。


「キャインッ!」


 勢いが殺され、目を白黒させて、混乱するルドルフに、俺は言った。


「コボルド退治は俺の仕事だ、引っ込んでろ」


 全くもって、らしくない。こんなのは俺の仕事じゃない。


「お前はテトナを守れ、何があっても絶対にだ」


 戦って、倒して、それが冒険者だ。こんな面倒事に巻き込みやがって、とつくづく思う。


「お兄、ちゃん……」


 けれど、だから全部放り投げる訳にも行かない。ついさっき、村長に啖呵を切った時点で、俺はもうリーンに賭けてしまっている。


「悪いな、お前ら」


 口にしたものの、誰が悪いのかはわからない。

 村人達はコボルドを悪くは思っていなかった。彼らに、自然に敬意を払い、配慮していた。

 けれど、それは人間の都合で、コボルド達にとってはなんの意味もなかった。行為の意味は理解できず、認識を誤り、惨劇の引き金になってしまった。


 少なくなった資源を独占に走ったコボルド達も、悪くない。それは生き物として当然の行為だ。家族を仲間を守る為に、切り捨てるべきものを切り捨てただけだ。

 子供に身を捧げた親も、悪くない。自らが死んでも子の命をつなごうとした事を、悪と断じられる者などいない。

 そのまた子ども達も、きっと悪くはないのだ。ただ当たり前の様に〝餌〟と認識し、食事をする為に、生きる為に、ありとあらゆる生き物が当然の様に行う生命の営みを、彼らもしていたに過ぎない。


 生きるというのは、そういうことだ。


「くぉぁぅ」


 リーンが、そんな声を上げると、どんな意味があったのか、赤子コボルド達は、俺には目もくれず、その声の主に向かって駆け出した。

 すれ違いざま、躊躇いなく、俺は剣を振るった。

 木の枝を斬るより、手応えがなかった。生まれたての肉と骨は、あまりに柔らかすぎた。

首と胴体が斬り離されて、誰かが誕生を望んだであろう、この世界に唯一無二の、今この時、生まれたばかりのコボルドは、あっさり死んだ。





「どうすれば良いのでしょうな」


 血の匂いが充満する巣穴の中で、惨劇の始まりから終わりまでを見届けた村長が、ようやく絞り出した一言に、俺とリーンは顔を見合わせた。 


「我々の行為が短慮だった……全ての原因は、そこにあった。だが、村人達にそれを受け入れさせる事は、至難です」


 犠牲が出たのは自分達の行為のせい、という事実を受け入れるよりも、全てをコボルドの責任にして始末してしまうほうが、遥かに楽だ。

 その理屈は、よく分かる。だからスライムも『よくて三割』と言ったのだろう。


「冒険者のお嬢さん。あなた達の理屈は、しかとわかりました、それが事実であることも、私には理解できる、しかし……感情は、また別なのです、全ての原因を排除するまで、誰も納得出来はしない」


 村長の視線は、テトナの隣の、ルドルフに注がれていた。


「んなっ!」


 リーンからしてみれば、村長のその言葉は開き直りにしか聞こえない。しかし、人間なんてのは、そんなものだ。

 原因を全て排除出来るまで、安心出来ない。


「おじいちゃん」


 テトナは、膝立ちになってルドルフを抱きしめた。


「私、やだよ、おじいちゃんだって、わかってるでしょ? ルドルフ、ずっと、ずっと私を守ろうとしてくれてた」

「……ああ」

「それなのに、駄目なの? ルドルフを、殺すの?」

「…………」


 その無言は、肯定と同じ意味を持つ。


「くぅん……」


 ルドルフが力なく鳴いた。言葉は理解できずとも、場の空気と流れがどうなっているのかは、理解しているのだろう、薄々思っていたが、こいつは多分、コボルドの中でも相当に頭がいい部類だ。

 人間と交流し続けたからなのかは、定かではないが。


「はぁーっ!? ふざけんじゃないですよ!」


 そしてコボルドより空気の読めない女は最大級のマジギレをしていた。


「落ち着けって、リーン」

「ここで落ち着くぐらいなら冒険者なんてやめたほうがマシです! 暴力沙汰に訴えてでもルドルフ君は殺させませんからね!」


 きっぱりと、迷うことなくリーンは言い切った。あまりのブレなさに感動すら覚えるが、巻き込まれる俺としては勘弁願いたい。


「要するに、村人達を(、、、、)納得させれば(、、、、、、、)いいんだろ?」

「そんなん一人ひとりぶん殴って頭を地面に叩きつけてやりゃあいいんですよ!」

「やめろ馬鹿! それより、一つ、思いついた。手伝え」


それから続けた俺の言葉に、リーンも、テトナも、村長も、揃ってぽかん、と口を開けた。



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