前へ次へ
99/268

『春に来たる』3


 引き続きショッピングモール百貨繚乱。


 僕と華黒はティータイムを楽しんでいた。


 僕はコーヒー。


 華黒はジャスミンティー。


 それぞれを飲みながら喫茶店に屯す。


「兄さん兄さん」


「あいあい」


「ここを出たら付き合って欲しい場所があります」


「場所によるね」


「ランジェリーショップです」


「却下」


「兄さんに選んでもらいたいんです」


 華黒は熱弁した。


 女の子として魅力的な下着姿はやはり惚れた男の子の価値観に沿うモノでなければならないと。


 ちなみに僕は華黒の下着姿なぞどうでもいい。


 興奮はするけど狼狽もする。


 差し引きゼロだ。


 そう華黒を諭しコーヒーを飲む。


 と無愛想な電子音が響いて華黒の携帯が何かしらの信号を受けていることを示した。


「おや……まぁ……」


 と華黒。


 それから電話主と二、三言葉を交わして電話を切る。


「誰からだった?」


「ルシールからでした」


「何て?」


「何でも今日アパートへの引っ越しが終わったので夕食に招きたい……とのことでした」


「華黒だけ?」


「兄さんも……に決まっているでしょう」


「ふーん」


 僕はコーヒーを飲む。


 まぁ食事に招待したいというのなら応じないわけにもいくまい。


 何しろルシールの歓待だ。


 ルシールはぶきっちょではあるけど漫画みたいな殺人料理が出てくるわけでもないだろう。


 さて……瀬野第二高校に入学してくるルシールの先輩になるわけだけど……どう接したらいいものか。


 完璧超人の華黒はともかく僕は先輩風を吹かせられるほど優秀ではない。


 もっともルシールの学力なら先輩のアシストなぞ必要としないだろうけどね。


「とりあえず考えてもしょうがありませんし出ましょうか」


 華黒はジャスミンティーを飲み干してそう言った。


 僕もコーヒーを飲み干す。


 会計は僕。


 もっとも出所は一緒なんだから僕が出そうと華黒が出そうと痛みは同じなのだけど。


 そして僕と華黒は腕を組んで仲睦まじく喫茶店を出る。


「うへへへへぇ……」


 またしても妙なご機嫌になる華黒。


 ここまで愛されるのは幸福なのか何なのか。


 心を中心にして愛の一文字。


 華黒の真心が重い。


 悪い気はしないけどね。


 別に僕は華黒が嫌いだったり距離を置きたいわけじゃない。


 華黒が僕以外にも興味を持ってくれたらなぁというだけのことだ。


 万物の理論より難しい命題だ。


 ともあれ僕らは腕を組んでラブラブに歩く。


 声をかけられたのはそれからしばし後だった。


「君たち可愛いねぇ」


「ちょちょちょマジじゃん。本気パネェ」


 二人の男の人に声をかけられた。


 いかにも「軽薄」といった様子の男の人だった。


 ナンパ……されているのだろう。


 嘆息してしまう。


「俺たちと遊ばない? 奢るからさぁ」


「悪いことしないって。マジマジ」


 絡みつくような口調の男二人に嫌悪感を覚えてしまう。


「いえ、僕たちはそういうのに興味無いので」


 そう遠慮する僕に、


「自分のこと僕だって。かーわいいぃ」


「俺らとならバランスとれていい感じじゃね? 何でも奢るし」


 堪えた様子の無い男二人。


「はぁ」


 と華黒が嘆息する


 そして華黒は僕の腕に抱きつくのを止めて、僕の首元を引っ張ると、


「…………」


「…………っ」


「…………!」


 僕にキスをした。


 マウストゥーマウス。


 ブチュッと一発。


 ザワリと衆人環視がどよめく。


 ナンパの男二人も動揺した。


 美少女二人……あくまで皮肉的な表現だが……がキスをしたのだ。


 そっちの人と思われてもしょうがない。


「というわけで……」


 華黒が言葉を紡ぐ。


「私たちは私たちだけで完結しているので他者の入る余地などありません」


 晴れやかな笑顔でそう言ってのけた。


 称賛に値する。


 もちろんこれも皮肉だ。


「あ……あぁ……そう……」


 ナンパな男たちはたじたじだ。


 不本意極まりないけど今は流れに逆らう場面じゃない。


「ではこれで」


 そう言って再度僕の腕に抱きつき華黒は僕を引っ張る。


 僕は引っ張られるままだ。


 華黒の唇はジャスミンの味がした。


 僕とて華黒に惚れている身だ。


 キスにしたって驚愕する他ない。


「あう……」


 動揺を隠せない僕だった。


前へ次へ目次