『春に来たる』4
結局何をするでもなく……ランジェリーショップには行っていない、念のため……ショッピングモールを歩き回るだけで時間を消費した僕と華黒はそのまま帰宅した。
ちなみにルシールの件だけど向こうから迎えに来ることになっている。
どのアパートに引っ越したかは知らないけどソレも今日わかる。
無理に聞きだす必要もないだろう。
「華黒」
「何でしょう兄さん」
「大好き」
「ふわっ!」
ボンッと華黒が赤くなる。
自分は好きだ好きだと言う華黒だが僕からの愛情表現には慣れていない。
まぁ滅多に好意を口にしない僕のせいでもあるのだけど。
冗談はさておき、
「コーヒー淹れて」
「はい! 任せてください兄さん! 愛情たっぷりのコーヒーにしてみせます!」
華黒は意気揚々とキッチンに向かった。
なにこのチョロい生き物?
まぁ僕のせいなんですけどねー。
僕はといえば図書館で借りてきたライトノベルを読む。
最近の流行だ。
頭を使わずに読める小説というのも珍しいモノで、暇つぶしにはちょうどいい。
主人公がピンチになったところで華黒がコーヒーを用意してくれた。
「ありがと」
「兄さんのためですもの」
なにこの可愛い生き物?
まぁ僕のせいなんですけどねー。
コーヒーを飲みながらライトノベルを読み進める。
華黒はコーヒーを飲みながらニコニコと笑顔を僕に向けていた……ので問うてみる。
「僕の顔って面白い?」
「綺麗ですよ? 見ていて幸せな気分になります」
さいですか。
お手軽なことで。
口にしないで呆れていると、ピンポーンとドアベルが鳴った。
「はいはいはーい」
と華黒が応対する。
「あら……まぁ……」
と華黒の呟きが聞こえてくる。
客の声は聞こえてこない。
「兄さん」
と華黒が僕を呼んだ。
栞を挟んで本を閉じると僕もキッチン兼玄関に向かう。
客は金髪碧眼の美少女だった。
そして僕は……華黒も……その女の子を知っていた。
百墨ルシール。
僕と華黒の義理の従姉妹だ。
「………………真白お兄ちゃん……こんばんは」
おずおずとルシールが言う。
引っ込み思案な性格と、それを表すたどたどしい言葉遣いは相変わらずだ。
こう言っちゃなんだけど新しい家族に怯える子猫のような印象さえある。
「はいこんばんは」
春も中頃、日はまた落ちて、全き全てを、闇へと誘う。
いや、自分でも何の歌だかわからないけど。
七拍子って歌にしやすいんだよね。
考えた日本人はえらいと思う。
ともあれ、
「ご飯出来たの?」
「………………うん」
おずおずかつコクリと頷くルシール。
「………………真白お兄ちゃん……華黒お姉ちゃん……来てくれる……?」
「もちろん」
「当然ですよ」
僕と華黒はニコリと笑った。
「………………あう」
ルシールは赤面する。
可愛い可愛い。
そして僕と華黒は玄関から外に。
出たのは当然だけどアパートの玄関並ぶ通路だ。
「………………こっち」
とルシールが誘導したのは僕と華黒の住んでる部屋の玄関の……隣の玄関だった。
「はい?」
これは僕と華黒が同時。
ルシールは玄関を開けて中に呑み込まれていく。
慌てて続く僕と華黒。
「もしかしてルシール……僕たちの部屋の隣に引っ越してきたの?」
「………………うん」
コクリと頷くルシール。
完全に意表を突かれてさあどうしよう。
「一人暮らし?」
「………………ルームシェア」
誰と、という問いを言う前に回答は現れた。
「ルシールお帰り。そしてそっちがお姉さんにお姉様? お二方とも写真で見るよりずっと綺麗ですね」
女の子だった。
黒いショートカットに暗い瞳を持った少女だ。
美少女の部類には入るけど……どこかボーイッシュで中性的。
健全に美少女と呼ぶには引っ掛かる容姿をしている。
無論顔立ちが整っていることに反論の余地は無いけども。
ボーイッシュな女の子はニコニコとした笑顔で僕と華黒に歩み寄り、
「ども。真白お姉さんに華黒お姉様。お会いできて光栄です。仔細はルシールから存分に聞いております。当方、
そう言って握手を求めてきた。
「お姉さん?」
「お姉様?」
僕と華黒は黛ちゃんと握手を交わしながら困惑した。
「ささ、あがってくださいなお姉さんにお姉様。食事にしましょう。手打ちの引っ越し蕎麦を用意しました。本来ならお姉さんたちの部屋に訪問して渡すべきですがお隣ということもあってこちらで食してもらおうと思っております。ざる蕎麦で構いませんか?」
「はあ」
僕と華黒はポカンとした。