98.きたのぴよ
それから色々な事が並行して進んで行った。
人材はいるので、大まかな指針を示して出来上がりを待つような感じだが……。
そうでもしないと、とてもやりきれないしな。
それとホールドへの手紙も書いた。
お手紙とお金をありがとう、俺は元気です……とかそんな内容だが。
家督についての文言は見なかったことにする。完全なスルーである。
支援も何も、手紙では具体的にどうするかも書いてなかったしな。この世界では通信に時間が掛かる。
手紙を行き来させるだけで、まぁ……数ヵ月は経ってしまうだろう。
本気なら誰か寄越すだろうし、その時に考えるか。
そうそう、ひとつ特筆すべきは――土風呂がパワーアップしたことだな。
アナリアとイスカミナが土風呂の改良案を持ってきたのだ。
「ふむ、雨の日でも風の日でも土風呂に気持ち良く入るための……」
図案を見ると、それは大きなテントだった。
ただし三角形のテントではない。台形の大きなテントだな。
「ええ、色々と考えたのですが……やはり簡素なテント型が試すなら最初かな、と」
「よく考えたら雨の日に土風呂入るのは、相当ディープな人だけだったもぐ」
土風呂が健康に良いのは、定期的にドリアードが入ったりして活力を保っているからだ。
衛生的にも土を入れ替えしたりしてるので、あまり大規模に囲ったりは難しい。
ドリアードは光が差し込む開放型の方がいいみたいだしな。それを考えると、完全な屋内式にするのもなぁ……。
そうするとテント式はまずやる価値がある上、費用もそれほど掛からなさそうだ。
悪くない。
「そういうことならテントを用意してみて、悪くないようなら増やしていくか」
「中長期的には、土風呂も大幅な拡張が必要になるかもです……。こちらの手も足りないのが悲しいところですが」
「あれは良いものもぐ……。暖かくなると口コミで広がりそうもぐ」
イスカミナが頷きながら強調する。
……かわいい。
ニャフ族が猫という分かりやすいかわいさなら、モール族にはこだわりのかわいさがある。
「冒険者ギルドの設立が一段落すれば、また色々と手を伸ばせると思う。ひとつひとつ、片付けるしかないな」
「ええ……。地下通路に入るのに、念のためポーションも増やしておかないとですしね」
「防衛のゴーレムがいるもぐから、色々と用意は欠かせないもぐね」
「ああ、そうだな……。その辺り、イスカミナもよくチェックしておいてくれ」
地下の探検は思ったより道具がいる。
まずは光。暗いと歩くことすらままならない。
松明の類いは必須だ。
水や食料も地下では手に入らない。多目に持っていくしかない。
地上ならそれなりにサバイバルで手に入るかもだが……期待できないからな。
「承知しましたもぐっ!」
ビッと敬礼するイスカミナ。
土風呂の改良案を出してくれたことも含めて、協力的だな。
この辺はちゃんと報酬にも反映させておこう。
◇
ナナの来訪から数日後の昼下がり。
俺は家で昼食を食べていた。
献立はステラの絶品ピリ辛中華だ。いや、本当にこれは美味しい。
どう考えてもプロ級の腕前だな……。
あのバットコントロールが出来る人間が、不器用なはずはなかった。
しかし、やはりネックは豆板醤か。
俺もよく知らなかったが、豆板醤はそら豆と唐辛子と麹を合わせた調味料だったのだ。
このうち、そら豆と唐辛子は植物魔法でなんとかなる。
問題は麹。
要は麹菌なのだが、これは植物魔法の範囲外だ……。
ステラもさすがに麹菌の塊である種麹がないと豆板醤を作れない。
これも買うしかないか……。出来れば村の中で作れれば一番なのだが。
だが本場の中華というか、ピリ辛の料理はやはり良い。
テーブルの上にはさきほどまで食べていた、辛味炒めの皿がいくつもある。
食べ比べというやつだな。
色々と調味料の量を変えながら、野菜を炒めてもらった。
キャベツのしゃきしゃき感も良いし、トマトやナスのしっとり感も捨てがたい。
辛味炒めとはいえ、野菜や調味料、炒める時間の割合によって味も食感も大きく違うしな。
ステラの作った辛味炒めはおいしいが、もう小瓶の豆板醤は少なくなっていた。
エルフ料理をやるとなると、この豆板醤が問題か。麹が手に入らない。
確かにこれでは、この世界でエルフ料理はマイナーなままだろう。
「この調子で豆板醤を使うと、すぐなくなっちゃいますね……」
「ぴよ、この辛いのがおいしいぴよ」
ディアはことのほか、辛い料理が大好きなようだ。
……ステラの中華を食べ始めてから、心なしか成長スピードが早くなったような。
早く縦に大きくなるのは良いことだ。
横に大きくなる訳じゃないし。
と、そこへナナがやってきた。
もちろんコカトリスの着ぐるみ装備だが……。
中に通した俺はちょっと失念していた。
あっ、そう言えば脱皮とかなんとか、そんな設定があった。
「ぴよ……?」
テーブルの上のディアが首を傾げる。
かわいい。
けどどんな反応をするのか。
「……だっぴまえにもどってるぴよ……?」
全然理解できない、そんな口調だった。
見たまんまをとりあえず口に出している感じだ。
ごくり。
ナナはなんというつもりだろうか。
だが俺の心配をよそに、ナナは自信たっぷりに言い放つ。
「僕はお日さまに弱いからね。太陽が出ているときは皮を被っているのさ」
「そうなのぴよ……!?」
「ここからずーっと北のコカトリスはそうなんだ。夜は重いから脱皮する」
「せかいはひろいぴよ……。そんななかまがいたぴよね」
完全にアレだが……でもナイスだ。
これで新しいヴァンパイアがやって来ても、北のコカトリス扱いで説明できる。
どうせヴァンパイアはみんな着ぐるみらしいし……。
もうヴァンパイアは北のコカトリスでいいや。昼間は皮を被って、夜は脱皮する。
うん、ディアが色々と理解できるまではそうしよう。
そこでナナがこちらに話題を振る。
「そう言えば、お昼ご飯中でしたか? この前食べた、辛味炒めの匂いがします」
「あ、ああ……そうだ。色々と試していてな」
「あれは美味しかったですね。辛さはにんにくやたまねぎ、胡椒で出すものと思っていましたが……。ピリッときて、それでいてしつこくない」
「その通りだ。でも問題があってな」
俺はステラに目で問う。ステラは軽く頷き返した。
豆板醤は特段の秘密ということでもない。
それこそ本場のエルフなら、皆知っているからだ。
重要なのはそこから先、辛すぎる料理を食べやすいようにすること。
そう、本場の中華が日本でアレンジされて食べやすくなったように――アレンジの部分だ。それこそがノウハウであり、俺達が得なければならない。
それまでの調味料やらでつまずくわけにはいかなかった。
「……この調味料が足りなくてな。現段階でここで作るのは中々難しい」
「普通には手に入らない、と?」
「レイアでも苦労したらしい。市場で普通に探すのは厳しいだろうな」
量が必要なわけではない。
一人前、小さじ一杯もいらないだろう。
ナナはふんふんと聞いている。
「ザンザスでも苦労するとなると、ありそうなのは国外の商店でしょうか。買えそうな心当たりは、いくつか知っています。貴族への高級品を売る商店とか……」
おっ、可能性があるのか?
いや……考えれば当然か。彼女は元々、北の国の出身。しかもホールドと同じく貴族学院でも繋がりがある。
俺の持っていない人脈があるわけだ。
「金は払う、なんとか仲介してくれないか?」
「それは全く問題ありませんよ。……というより、協力すると申し上げましたし」
おお、そういう関係でも協力してくれるのか。それはありがたい。
いいコカトリス――じゃなかった。いいヴァンパイアだな。
ディアも羽を組んで、うんうんと頷いている。
「きたのぴよは、きまえのいいぴよね……!」
……若干ナナが後悔したような雰囲気を出したのは多分、気のせいだ。
ともあれ豆板醤のアテが見つかったのは良いことだ。どうにかそれが手に入れば、中華を作れるのだから。
お読みいただき、ありがとうございます。