94.夜になってきたので
「……うーん……」
どうやら俺は寝入っていたようだ。
俺はソファーの上で目をぱちくりさせる。
気が付くと、すでに窓の外は夕陽に染まっていた。
寝起き特有の頭のボケだ。
……ぼんやりして働かない。
膝の上には開きかけの本。
確か子ども向けのザンザス伝説集だ。
段々と精神がクリアになってくる。
そうそう、剣の鍛練を終えてシャワーを浴びたんだった。
その後、ソファーでだらだらしながら本を読み始めたんだ。
思ったよりも疲れていたんだな。
「起きられましたか?」
「あっ……悪い、もたれ掛かってた」
俺は慌てて体を起こす。
電車の席で眠っているかのように、体重を預けていた。
「え? 全然いいですよ? お休みの日なのに鍛練と勉強……頑張っておられましたし。気持ち良さそうだったので、起こしませんでした」
むう、俺としては甘えたくないというか、甘えは良くないというか。
なんとも言えない。
……何はともあれ上司と部下という関係になるんだし、引き締めないと。
「次からは起こしてくれていい。……本当に」
「その辺り、エルト様はぶれませんよね」
これでも大人のつもりだからな。
まぁ、それはステラも同じだが……。
「でも無理だけはなさらないでくださいね。エルト様が働かれているのは、皆も良くわかっていますし」
前世で比べたらこの程度は……うっ、頭が……終電帰り、泊まり込み……。
やめよう。前世を引き合いに出すと基準が下がる。
「……わかった。無理は良くないからな」
それは本当だ。
ソファーから立ち上がり、うーんと体を伸ばす。
昼寝の効果はあったようだ。体が軽い。
「もう暗くなるか……。冒険者達にディアとマルコシアスを任せてしまったな。ウッドも広場でまだ遊んでいるんだよな?」
「そうですね、まだ誰も戻ってきてません。迎えに行きます?」
「ああ、そうだな。ディアとマルコシアスは……騒ぎすぎて帰る体力もないかもだしな」
さすがに帰りまで任せきりにするのは気が引ける。親としてはまずいだろうな。
よし、迎えに出掛けるか。
◇
村の広場。
空には雲もなく、綺麗な夕焼け空になっていた。
ウッドは大きいし、すぐわかる…………あれだな。
白く広がった綿毛の上にニャフ族が積み重なり、昼寝している。
遊び疲れたのか。
ウッドはその横に座って、山盛りニャフ族を撫でていた。
……結構羨ましい。楽しそう。
俺達はそーっとウッドに近付く。
しかしその前に、山の中にいるブラウンに声を掛けられた。
いくぶんか眠そうだが、寝起きではないな。思ったよりもしっかりした声だ。
「エルト様、どうかされましたにゃん……?」
「ん? 起きてたのか……。いや、そろそろ夜になるからな。ウッドを迎えに来たんだ」
「ウゴウゴ、おむかえ?」
「んにゃん、そうでしたかにゃん……もう夕方ですにゃん。みんな、そろそろ解散にゃん……!」
ブラウンが一声呼び掛けると、ニャフ族の山がぱらぱらと崩れていく。
皆、ほわほわしてるな……。満足しているようだ。
というか、白い綿毛がかなり引っ付いているが……。ステラが目を丸くしている。
「……かなりハードに遊んだみたいですね……」
「ニャフ族はもれなく綿毛まみれだな。まぁ、本人達が望んでいるんだろうが」
そして綿毛を払ったブラウンが、俺にそーっと近寄って来る。
「ウッドのおかげで、楽しく遊べましたにゃん。ありがとうございますにゃん」
「それなら良かった。綿毛はどうだ?」
「ふわふわして最高でしたにゃん」
「ウゴウゴ、よかった!」
そこでブラウンは声をひそめた。
ちょっと時代劇の越後屋みたいな雰囲気が出ている。
「……多分、他のふわふわした物が好きな種族にも好評ですにゃん」
「なるほど……わかった」
「もちろんニャフ族としても、また遊んで欲しいのですにゃん……!」
見るとウッドの周囲にニャフ族が集まって、別れの挨拶をしている。
こうやって人の輪が広がっていくんだよな。
俺としてもウッドが遊びに出掛けるのは大賛成だ。きっとウッドにとってもいい思い出になっただろう。
「……それにしてもフラワーアーチャーからスキルがゲットできるとは、思いもよらなかったですにゃん。確証はあったのですにゃん?」
「まぁ、それなりにはな」
そう言うことにしておこう。
実際、ウッドが強くなる何かをゲットできる確率はそれなりにあった。
【シードバレット】は成長に時間がかかるが、その分応用力が高いスキルだ。
……ほぼネタに近い綿毛の弾が好評とは思わなかったが。
「さすがはエルト様ですにゃん。スキルについても知識がおありですにゃん。普通の貴族様もここまでは中々……のはずですにゃん」
ブラウンが頷いて感心している。
この辺りの仕組みはゲームと違いがないからな。前世の知識が大いに役立っている。
「さて、俺達はそろそろ行くからな。ディアとマルシスも待っているかもだし」
「んにゃん、わかりましたにゃん」
ブラウンはそう言うと、ニャフ族を一列にまとめ始めた。
ちょっとして並んだニャフ族が、揃ってお辞儀する。
この辺りはとても礼儀正しい。
「今日はありがとですにゃん!」
「「にゃーん!」」
「ウゴウゴ、どういたしまして!」
「おやすみなさーい」
「気を付けて帰るんだぞー」
そうして俺達はニャフ族と別れた。
よし、後はディアとマルコシアスだな。
と、そこにレイアが走ってやってきた。
だいぶ急いでいるな。
彼女にしては珍しく、息を切らせて慌てている。
……何かあったのか?
ドキドキするが、まずは冷静に。
事情を聞かないと始まらない。
「はぁ、はぁ……」
「どうした、大丈夫か?」
「ええ……大変なことが……!」
ステラが鋭く問い掛ける。
「魔物ですか?」
「はぁはぁ……違います。来客です……。それもとんでもない大物ですが」
「……なんだ、客か」
物凄く慌ててるから何事かと思った。
でもレイアがそう言うからには、大物なんだろうな。
どこかの貴族かな?
ステラもほっとした様子で、レイアに先を促す。
「でもどうしたんですか、そんなに慌てるなんて……。誰が来たんですか?」
「……着ぐるみです」
うん?
「コカトリスの着ぐるみを着た、Sランク冒険者のナナがやって来ました……!」
……すまん。
さっぱりわからん。
◇
Sランク冒険者、ナナ。
ヴァンパイアの公女にして、魔法文明の大博士。
ダンジョンの構造や魔物についても詳しく、多くの国から招かれるほどの学識がある。
しかし自由人の彼女は冒険者のまま、気楽に好奇心を満たすための旅を続けている……。
レイアの説明はそんな感じだった。
ちなみに悪人では決してないが、変人らしい。レイアと同じ方向性か。
やりたいことがやりたくて冒険者をやっているタイプだな。
そんな彼女がどうしてコカトリスの着ぐるみを着ているのか……それを聞き出す前に、俺達は第二広場へと到着した。
太陽はそろそろ山の陰に隠れそうになっている。少しずつ暗くなってきたか。
第二広場ではコカトリスの着ぐるみ――ナナがバットを持って素振りしている。
……なんで?
周りに冒険者達がいるが、警戒しながらもどうしたらいいかわからない感じだな。
俺もどうしたらいいか、わからんが。
そしてディアはナナの足元で、ぴよぴよしていた。
「いいぴよ、うつのもうまそうぴよ! うごけるなかまぴよね!」
「そ、そうかい?」
「こしまわりがきれてるぴよ! りずみかるぴよよ」
「ああ、腰回りは気を使ったんだ。もっさり感を出したくなかったからね。わかるのかい?」
「しゅっとしてるぴよ。とくにせなかがわがひきしまってるぴよ」
「それも正解。ふふん、君は中々わかるんだね」
……どういう話なんだろうか。
しかしナナの声は上機嫌だな。
何の用で来たのかは、よくわからんが……。
まさか素振りをしに来た訳じゃないよな?
網をくぐって第二広場に入ると、ディアがこちらに気が付いたようだ。
てててーっと走り寄ってくる。
「あ、とうさま、かあさま、おにいちゃんぴよ!」
「迎えに来たぞ」
とりあえずナナの用件はわからんが、悪い人ではないらしいし……。
ディアに付き合って遊んでくれている。
ナナもディアに続いてこちらに歩いてくる。
着ぐるみだが、思ったより早い。
確かに動ける着ぐるみだ。
ナナは近くに来ると躊躇なく膝を付いた。
コカトリスにひざまずかれるのは、初めてだな……。
「……エルト・ナーガシュ様とお見受けします」
「ああ、そうだが……君は冒険者のナナで合っているか?」
「はい、このような姿で失礼いたしました。もう時刻としては――」
ナナが周囲をうかがう。
それなりに暗くなっているな。
ナナが着ぐるみの中で、もぞもぞし始める。
……あ。
この流れは……。
「暗くなって参りましたので、脱ぎます」
と言って着ぐるみの背中が開き、青色の髪をした中性的な少女が現れる。
やっちゃった……。
しかもディアの前で。
「ぴよっーーーー!?」
ディアが大声で叫ぶ。
ま、まぁ……これまでだとそうなるよな。
しかし、その次の言葉は予想外だった。
「だっぴしたぴよ……!?」
うん、それは違うよな……。
お読みいただき、ありがとうございます。