92.お休みの日そのいち
その日の午後、晴れていたので久し振りに剣の鍛練をすることにした。
場所は俺の家の屋上だ。それなりに広々としており、剣を振るうのに支障はない。
ちゃんと柵もあるので、危なくないしな。
俺の家は大樹の塔に続いて高いため、村が一望できる。広場では色々な人が集まって遊んでいるようだ。
それなりにいい眺めだし、お昼寝をすると最高でもある。
ただ今日はディア、マルコシアス、ウッドも広場に遊びに行った。屋上には俺とステラしかいない。
俺は半分埃を被っていたかもしれない鞘を持っていた。
「ふぅ……」
すっと俺は鞘から剣を抜き、構えて振るう。
剣は細く短い。片手でも扱えるほどだ。
そして、その動作を何度も繰り返す。
「おー、鋭い構えではないですか……!」
ぱちぱちと拍手してくれる。
……うーむ、誉めてはくれているのだろうが、なんだか気恥ずかしい。
どう考えても武術は彼女の方が上だからな。
「でも意外ですね。この国の貴族様は魔法重視なのだと聞いていましたが……。エルト様の動きは我流ではありませんよね?」
「ふむ、確かに第一優先は魔法だな。それは間違いない。だけど今の王家は剣術も奨励しているんだ」
そう言えばステラは数百年分の知識がないんだったな。
いい機会だし、説明しておくか。
今の王家にも関わる基礎知識だし。
「ある時、魔物の大発生があってな……それを鎮圧したのが王家で【剣】の魔法を使う王子だったそうだ」
【剣】の魔法はその名前の通り、剣を生み出したり強化したりする。
ゲームの中だとかなり使いづらい魔法だったな。リアル剣道有段者はそれなりに有効に使っていたが。
多分、その王子もリアルな剣の腕前が凄かったんだろう。
「それ以後、貴族では剣術を護身術として身に付けるのが一般化した。その王子にあやかるのと、王子の磨き上げた剣術が有効だったからな」
「短くて軽い剣を片手で……ふむふむ。とっさの時に身を守れるようにですか」
「世知辛いが、その通りだ」
魔法にも弱点はある。
まず集中しないと発動ができない。襲われてパニックになっている時なんかは間に合わないだろうな。
そしてもちろん、魔力がないと魔法に優れていても意味がない。
最後の最後に身を守るのは身体能力というわけだ。
「正式な式典だと貴族は帯剣するしな。一種のシンボルでもある」
貴族の礼儀作法について書かれた本でも、剣についてかなりページを割いていた。
剣の扱いから、他人の剣を誉めたりする時の注意事項。はたまた剣の品評会での立ち振舞いまで。
他の武器防具にそんな量の記述はない。
多分、剣だけが特別なのだ。
俺としては武士の刀に近いものだと理解している。
「なるほど、重要なものなのですね」
理解したように頷くステラ。
……俺は剣を振るい続ける。まぁ、これを人前でやらない理由は単純だ。
この村の冒険者はベテランが多い。
一通りは習ったとはいえ――俺の剣の腕前はたかが知れていると思う。
うん……まぁ、威厳的にね。見られたくないと思ってしまうのだ。
逆にステラは強すぎるので、さして気にならない。
でも割りと真剣に俺の動きを見ているように思うのは、武術家の本能なのかもしれないが。
◇
一方その頃、広場には多くの人がいた。
ひたすら筋トレをしている者。組手をしている者。
あるいは道具を持ち寄って紐付きボールで弾打ちをしている人達もいた。
その中にウッドがいる。彼は今、大人気であった。
ニャフ族の皆が押し合いながら、ウッドにせがんでいるのだ。
「にゃあああん、もっとくださいにゃー!」
「こっちにもにゃー!」
「ウゴウゴ、わかった……!」
ウッドは片腕を空に向けるとスキル【シードバレット】の発動を念じる。
弾は柔らかく、速度は遅めで。
ぐっとウッドが力を込めた瞬間――。
ぽん……ぽぽん。
ふわふわとした綿毛の種が連続でウッドの腕から打ち出される。
もちろん殺傷力はゼロ。
子どもにも優しい綿毛玉である。
そのいくつもの綿毛玉は、風に煽られながら適度なスピードで広場へと落下していく。
ニャフ族の興奮が高まっていき、どたどたと駆け出していく。
「あっちにゃーー!!」
「にゃにゃにゃー!」
大興奮のニャフ族達が落ちてくる綿毛玉を追いかけていった。
そう、彼らはずっとこの遊びをしているのだ。
……少しして。
綿毛にまみれたニャフ族がまたウッドの足元に戻ってくる。
「はぁ、素晴らしいにゃん……」
「たぷたぷしたお腹も引き締まるにゃん……」
そこで戻ってきたブラウンがウッドに尋ねる。もちろんブラウンも綿毛まみれであるが。
「でもいいのにゃ……? ウッドは楽しいのにゃ?」
「ウゴウゴ……」
ウッドは自分の中から言葉を探す。
最近、ウッドは思う。なんとか上手く言おうとする気持ちが大きくなってきたと。
「ウゴウゴ……おれもたのしい! わたげをなげるの!」
それは嘘偽らざる気持ち。
投げて、取ってもらえる。
単純なようでいて、それがかなり面白いとウッドは感じていた。
「んにゃ……それなら良かったにゃ」
ブラウンは綿毛をはたきながら頷く。
「それにしても凄いにゃん……。こんなボールをいっぱい打ち出せるなんてにゃん」
「ウゴウゴ、みんなでたおしたおかげ!」
「そうにゃね……。これから冒険者ギルドも作るにゃん。うちらも頑張って、ウッドをパワーアップさせるために働くにゃん」
「「にゃー!!」」
声を合わせるニャフ族。
ウッドはほほえましく思いながら、また片腕を空に向ける。
今日はまだまだ時間がある。
目一杯、遊んでもいいだろう。
◇
剣を振るって一時間は経ったか……。
太陽はまださんさんと輝いている。
今日の日差しは強い。俺はふかふかのタオルで汗を拭った。
ステラは飽きもせず俺の動きに注目している。
話し掛ければ答えてくれるのだが、普段と違って話題は振ってこない。
……俺の邪魔はしたくない。そういうことなのだろう。
大分勘は取り戻してきたと思うが、うーむ……中々自分ではわかりづらい。
「客観的に見て、俺の剣はどうなんだろうな……」
「とても良いと思いますが。早くて鋭い。流派の意図に沿っているかと」
全然ダメダメではないか……でも気になる。
マジなステラ視点だと俺の剣の腕前はどんな物なのだろう。
そこそこ程度はあるのだろうか。
実家では剣の先生がいたが、たまにしか来なかったし印象に残っていないんだよな……。
あまり教えてもらった記憶がない。
型を習ったらひたすら反復するだけだったし。
……ふむ、ちょっと聞いてみるか。
「ところで……俺の剣を見て率直にどうだ? どのくらいのレベルにあると思う?」
ステラがうーんと唸りながら、腕を組む。
あっ、アカン。
「……鍛練を軽く見ただけですが……そこそこ程度は強いかと」
「うーむ……そんなものか……」
気を使わせてしまったな。
まぁ、彼女は真の武術家で燃えるバッターだからな……。嘘ではないだろうが。
「……ちなみにあの土風呂大好きな冒険者はどうなんだ? 彼はこの村でもトップクラスの使い手だろう」
俺はアラサー冒険者を話題に出した。
彼はフラワーアーチャーの討伐戦でも最前線でずっと戦っていた。
何度か戦いを近くで見たが、動きが違ったと思う。彼はもっとも接近戦に秀でた冒険者のひとりだろう。
「……まぁまぁ程度は強いかと……」
「それはどういう違いなんだ?」
「多分、エルト様の方が筋が良いのです。実戦経験はあちらが上でしょうが……」
「ふむ、俺も捨てたもんじゃないということか。嬉しいことを言ってくれるな」
恐らくお世辞だろうが。悪い気はしない。
元々剣の腕前は二の次だ。大事なのはカロリーの消費。
そう、型の確認もついでと言えばついでだ。
俺には確信がある。
これからステラの作る中華を、食べやすいようにアレンジしていかないといけない。
つまりいっぱい食べながら味を調整するわけだ。
これ、運動しないと絶対に太る。
ディアもたくさん食べていたけど、気を付けないとな……。
縦よりも横に大きくなってはいけないのだ……。
しかし後で知ったことだが――ステラの言葉はそのままの意味であったのだ。
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