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90.エルフ料理

 その翌日。今日は休みだな。

 なんだか色々あって、丸々休むのは久し振りだったかもしれない。

 今日は本当に何の予定もないのだ。


 しかし休日に働くとは言っても、前世の時みたいに呼び出されて休日が丸ごと消失するわけではないが……。

 何か新しい物や人が来るたび、立ち会う必要があるからな。

 それがぽつぽつとあった、というだけだ。


 むくりとベッドから起きると、とてもいい天気なのがわかる。

 ……季節的にはそろそろ秋も終わりだ。


 だがやはり東日本より寒くはない。

 これは体感的な話ではなく、ちゃんとした比較だ。


 この世界には魔法具やらで近世レベルの技術力があり、温度計もちゃんと存在する。

 今月は最高気温二十度から最低気温十度。

 北海道や東北よりは断然暖かい。


 まぁ、ザンザスでも真冬にちょっと雪が降るくらいらしいし。

 西日本ぐらいの気候だろうな。


 それから皆起きてきて、朝ごはんの時間だ。

 普段はウッドが作るのだが、今日はステラが作りたいと名乗り出てきた。

 たまにはエルフ風の料理を―ということらしい。


「全然構わないが……」

「ありがとうございます……!」


 以前ステラに作ってもらったのは、アイスドラゴンの牙という料理。

 俺からしたら、完全なかき氷だったが。


 ウッドが屈んで、


「ウゴウゴ、きょうはすてらがつくる?」

「ああ、そうみたいだな……。マルコシアスやディアが来たら遊んでてくれ」

「ウゴウゴ、わかった!」


 マルコシアスとディアは起きてくるのが遅い。というより、腰までの長髪のマルコシアスともふもふ毛のディアは整えるのに時間がかかるのだ……。


 こういった身だしなみはみっちり教えたが、後は好きにさせている。

 ステラの寝癖も大概ひどいが、強化の魔法を自分にかけて手早くやっているので、あまり参考にならないしな。


 たまに手や口を出すくらいで、後は自分でやらせる。もどかしい時もあるが我慢しないといけない。


 ディアは生まれたてだがすごく賢い。

 生まれ持った魔力も強いし、自分を律することを覚えないと後々しっぺ返しが来る。


 マルコシアスは……まぁ、ゆっくりと自分のペースで出来ることを増やして欲しい。


「……教育も中々難しいものだな」

「エルト様はまだ受ける側のご年齢では……? 十五歳でしたよね?」

「うっ」


 俺は言葉に詰まってしまう。

 そうなんだよな、この世界ではまだ十五歳。成人しているとはいえ、親元から独立している貴族は少数派だろう。


「私の記憶でも十五歳はまだまだ子ども扱いでしたが……。魔力持ちは森の守り手になるべく、集団生活ですかね。他は魔法使いに弟子入り。今のエルト様ほど自立されてる方はいませんでした」

「森の守り手はここで言う騎士みたいなものか?」

「あっ、そうですね。森の守り手は故郷の呼び名でした……。この国の騎士のようなものです」


 騎士とは、要は魔法を使える軍人。

 集団生活を送りながら魔力を鍛えて有事に備えるわけだな。


 ちなみにステラは背中越しなので何を作っているかはわからない。

 大きめの鍋に何かを入れたとは思う。キッチンからジューという音も聞こえる。


 加熱の魔法具は使っているようだ。

 うちのキッチンはIHに似た加熱の魔法具と、火が出る魔法具の両立てだからな。


「森の守り手も一人前になるのは二十歳前後。領地を任せられるほどの方はもう少し年齢が上なのでは……」

「……まぁ、ここは何もなかったからな。下手を踏んでも特に悪いことにはならない」


 ステラは動きを止めないで喋り続ける。

 彼女の動きはかなり高速で手際が良い。色々と調味料ぽいのを取り出しているようだが……。


 それと鍋から具材を取り出して、また別の具材を入れたな。

 キャベツとか野菜のようだが……入れたり戻したりする料理?

 エルフ料理は変わっているな。


「それでも大変なことです。お一人で何もかもやるのは……。それにここまで村も大きくなっているのですから、誇っても良いかと思います」


 そこでステラの動きが止まる。ぴくぴくと耳が動いていた。

 ぱたぱたと階段を降りてくる音が聞こえる。

 ディアとマルコシアスかな。


「とおさま、かあさま、にいさま……おはよぴよー!」

「おはようございますだぞ!」


 二人は元気いっぱいだな。気持ちいい。


「ぴよ、きょうはかあさまがおりょうりぴよ?」

「ええ、たまには……。故郷の料理を作っているんです」


 そう言うと、ステラは鍋を豪快に振り始めた。具材が宙を舞いながら、鍋へと戻っていく。


「……えっ」


 華麗な手さばき。

 それは間違いないが……この光景には見覚えがある!


 中華じゃないか!?

 テレビでよく見ていた鍋の振り方そのものだ。


「……ステラ、その料理は……?」

「野菜を熱しているだけなのですが……ここではやはり珍しいですか?」

「すごいぴよー! やさいがとんで、もどってるぴよ!」

「ウゴウゴ、てもとがすごい!」


 よく考えると、俺もこの世界の料理で詳しいのは実家とこのザンザス地方くらいか。

 記憶を取り戻してからこの世界で有名な料理体系は調べたが、和食はなかった。

 醤油も味噌もどれだけ調べても存在しなかったのだ。そして、そこまでで調べるのをやめていた。


「はい、できましたよ!」


 大きな皿に盛り付けられたのは、野菜炒め。

 植物油、香ばしいスパイス……。

 ぱりっとなったキャベツやたまねぎ、人参。

 ふむ……見た目は完全に肉なしホイコーローだ。


「恵みに感謝を」

「ウゴウゴ、めぐみにかんしゃを!」

「めぐみにかんしゃぴよ!」

「恵みに感謝するぞ!」


 この『恵みに感謝を』の言葉は日本での『いただきます』だな。

 食べ終わったら『神に感謝を』と言う。これは『ご馳走様でした』だな。


 この順番なのは、昔は魔物由来の食材を食べてぶっ倒れる人が多かったかららしい。

 無事に食べ終えたなら、それは神に感謝すべきことだったのだ。


 さてこの料理の味はどうだろうか……。


 もぐもぐ。


 うん、ホイコーローだ。

 しっかりとうま辛味がある。

 野菜の火加減も申し分ない。


 もぐもぐ。


 うまい……。何年ぶりの中華だろう。

 完全に中華だ。店で食べるような、完成度の高い中華だった。


 エルフ料理は中華料理に似ているところがあるのか……。中華料理は盲点だったな。

 これまで誰も作ったり話題に出さなかったので、調べてもいなかった。

 思えば豆板醤やラー油があれば、これも俺が作れる料理なのだった……。


 もぐもぐもぐ。


 ああ、舌先にぴりっと来るのがたまらない……。


「どうですか、エルト様? お口に合いましたか?」

「ああ……美味しい。うま味と辛味があって……」

「ウゴウゴ、おもしろいあじ!」


 ウッドも最近は結構食べるようになってきた。……どうやって味を感じているかとか考えてはいけない。


 ディアも器用にスプーンを使って食べている。というか、魔力で強引に持って食べているんだよな……。

 本人的には苦ではないらしいが。


 ちなみにディアはコカトリスなので、大概のものは食べられる。人間よりもよほど頑丈な生き物だし。


「はふ、おいしいぴよー!」

「辛い……だが、これがいい!」

「……からくはないぴよ?」

「我が主よ、かなり辛いぞ」


 マルコシアスの手は止まらないが、そこは譲らないらしい。

 水を飲みながら食べ続けるマルコシアスを、ステラは懐かしげに見ている。


「……変わりませんね。なんでも辛い辛いと言いながら、のたうち回って食べるのがマルちゃんです」

「そうだったのか……」

「反対にディアは辛いのに強そうですね」


 この料理は俺からしたらぴり辛……正直、物足りないくらいだが。

 ディアもガツガツと食べている。


「辛いのはこちらでは一般的でないと思いましたが……ある程度は大丈夫みたいですね」

「母親の影響じゃないか?」

「それを言われるなら、エルト様もすいすいと食べているかと……」


 むっ、確かに。

 懐かしい味に食べるのが止まらない。


「でも本当に美味しいぞ。……よく調味料があったな」


 後ろから見ていた限りでは、ホイコーローに必要な調味料をその場で作っていなかった。

 その前にも自作したりはしていなかったと思う。つまり調味料はどこからか事前に調達してきたはず……。


「レイアが取り寄せてくれたのです。入手には苦労したみたいですが……あの並んだ銅像に初めて感謝したい気持ちになりました」


 そう言うとポケットから小さなガラス瓶を取り出す。

 中には赤黒い液体……豆板醤みたいなものだろうか。


「原料がないから作れないのか? 必要な植物なら魔法で生み出せたのに」

「必要な香辛料があれば作れますが……エルト様のお手を煩わせたくなかったので。お口に合うかもわかりませんし。でもこれで故郷の料理が作れます。……これからもたまにキッチンをお借りしてもいいですか?」

「全然構わないぞ。だが……」


 俺は唸った。

 これは完璧に中華だ。

 中華は世界を狙える料理体系だ。


 なのに、なぜ俺はこれを知らなかったか。

 ある程度は推測できる。


 香辛料やその熟成物の調味料がエルフの故郷以外で手に入らないからだろう。

 少なくともナールの取り扱い品目にはなかったし。


 ギルドマスターのレイアでやっと調達できる難度なのだ。

 普通の人間が口にできる料理ではない。

 だからこの世界では、エルフ料理はマイナーな料理になってしまっているのだと思う。


「……冒険者ギルドに食事処を作る話を覚えているか?」

「ええ、よくある冒険者ギルドにある酒場みたいなものですよね」

「ああ……出来れば手の込んだ料理を出して、観光名所にもしたいんだが」


 俺の口振りに、ステラは察したようだ。


「……まさか……」

「ステラの故郷の料理という触れ込みなら、誰もが一度は食べたがるだろう。珍しくて高くても、問題にならない」


 確信を持って俺は言い切った。

 ステラの知名度と人気は相当なものだ。


「……でも口に合うかどうか。エルフ料理は辛いものが多いです」

「そこは多分、ある程度は大丈夫だぞ。物珍しさで食べに来るんだからな。それに何も全てエルフ料理にしなくてもいい。一部、目玉メニューとしてやればいいんだ」

「なるほど……!」


 ステラの瞳にきらきらと火がつき始めた。

 最近、俺もこれがわかるようになってきたな。


「ザンザスの冒険者ギルドと協力して、メニュー作りを頼めるか?」

「はい、もちろんです!」


 よしよし。

 これがあれば冒険者ギルドの食事処もインパクトが出るだろう。

 スパイスで必要なものは俺が植物魔法で作ればいいしな。


 ふむ……あとでエルフ料理に餃子やラーメンがあるか、ステラに聞いてみよう。

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