84.提案
翌朝。
もぞもぞと起き始める。
騒いだせいか、少しゆっくりだが……。
レイアも来ていないし、別にいいか。
「……少し冷えてきたな」
朝は結構寒くなってきている。
冬が近付いているのだ。
この辺り、雪はそんなに降らないが――それでも厚着は必須になる。
「すや……ぴよ……すや……」
「すー……すー……」
ステラの寝相はあまり良くない。
今日はマルコシアスを軽く抱き枕にしながら、顔はディアのお腹に突っ込んでいた。
さすがに息苦しくないのかと思うが……。
それは大丈夫らしい。
さて、そろそろ起きるか……。
適当な時間にレイアも来るだろう。
おっとその前に、レイアとの話し合いで一人同席してもらいたい人物がいたのだった。
商人のナール。彼女は王国北部の出身で、さらに冒険者ギルドの人間ではないからな。
そしてヒールベリーの村では最古参の住人でもある。財布役でもあるし、村の利益にならないことには反対するだろう。
それなりに偏りのない立場から意見というか実情を聞けるはずだ。
◇
その後、朝ごはんを食べ終わりゆっくりしているとレイアが現れた。
ナールはちょっと前から俺の家に待機してもらっている。
レイアは欠かさずコカトリス帽子を被っていた。
話し合いがどうあれ、今日で一旦レイアはザンザスへと帰る。
この顎紐ふかふかのコカトリス帽子を被ったレイアも今日で見納めというわけだ。
ちなみにナールが同席することは全く問題がなかった。まぁ、当然か。
誰も同席させてくれなかったら、それは説得や説明というより詐欺かと疑う。
どのみち冒険者ギルドを作るなら、広く告知しなければならないからな。
そして挨拶もそこそこに、本題へと入っていく。
話し合いのメンバーは俺とレイア、ナールにステラだ。
レイアは紙の束――説明資料を持ってきた。
掛かる経費だとか初期費用だとか、細かい数字は後でこれを見て欲しいらしい。
ずいぶんと正直だな。数字が妥当かの検討はいるが。
「それよりも私が強調したいのは、この村に冒険者ギルドの支部を作るメリットです」
「……俺もそれが聞きたいんだ。元より地下通路は共同調査で利益は山分け。危険なら埋めることにも同意する。不都合はないと思うが……」
「ですにゃ。新しく作らなくても、ザンザスの冒険者ギルドとやっていけばいい気がしますにゃ」
「ええ、そこは少し不思議でした。この辺りのエリアはザンザスの冒険者ギルドの管轄でもありますよね。フラワーアーチャーの討伐もしましたし……。費用を掛けてやるメリットとは……」
そう。ナールもステラもいまいちそこがわからなかった。
言われてみると俺もわからない。
「確かに。今回はヒールベリーの村の方々の尽力で素早く終わりました。しかし、それは今後も永続するのでしょうか? 地下通路の調査には莫大な時間が掛かるかも知れません」
「……ふむ」
莫大な時間か……。
そう言われてみると、あまりその要素は考えていなかったな。
俺が死ぬまでに調査が終わらない可能性もあるのか……。
これは俺にも思い当たることがある。エジプトのピラミッドの近く、そこからはいまだにぽろぽろと新しい墓が見つかる。
いったい、古い墓の調査はいつまでかかるのか――誰にもわからない。
そしてもちろん、ザンザスのダンジョンもそうだ。千年経ってまだ最深部に到達できず、未踏エリアがある。
……ついこの間、ステラがひとつ攻略したが。それでもまだ幾つもの未踏エリアがあり、未知の階層さえあるのだ。
「しっかりとした組織が必要ではないか、そう考えているんだな」
「はい。冒険者ギルドの支部を作ってノウハウを蓄積した方が、長期的に見て人員確保や調査には有益かと」
「だが、それは俺が別の組織を作ってもいいんじゃないか。意地悪を言ってしまって申し訳ないが」
「いえ、当然のお考えです。ではこちらをどうぞ……」
レイアが俺に一枚の紙を差し出してくる。
そこには手書きでこう書いてあった。
冒険者ギルドの支部長は特別な地位にあり、本部の決議なしに解任されない。
例え一国の国王と言えど、現行犯以外で支部長の身柄を勝手に拘束できない。
……なるほど。これは支部長の法的な保護についてか。
現代日本でもこの類いの特権は強力なものだが……。ん、続きがあるな。
俺の直系家族の中で、冒険者ギルドの支部長なのは父親ただ一人。
ナーガシュ家本拠地の冒険者ギルド、その支部長の地位にある。伝統的にこの支部長はナーガシュの家長が引き継ぐことになっている、か。
これは知らなかったな……。
だがステラの言った通りか。現地の有力者と結び付いているんだな。
家にいる時にそんな話は少しも出なかったから、実務は他の人間にやらせてるんだろう。
レイアと同じような仕事をしていたとは到底思えないしな。
そしてまだ続きがある。
他の兄三人は他に公的な役職についているが、冒険者ギルドの支部長にはなっていない。
……これは…………。
書いてあるのは単純な事実でしかない。
俺の父も支部長になっている。だから俺が支部長になるのもアリだろう。
素直に受け取ればそうだろうが……。
だが、どうして俺にだけこの紙を見せたのか。決まっている。
冒険者ギルドの設立には――他の兄三人にはない強みがある。
……貴族の出世争いでも有利に立てる。
もちろんレイアは表立ってそんなことは言わないだろう。だが、そんな風に聞こえてくる。
そしてそれは俺にとって、かなり魅力的な要素だった。
別に後継者争いをしたいわけじゃないが、横槍を防ぐ力は何にせよ欲しい。
……確かにこの紙は直接、俺に渡さないと駄目だろうな。
レイアに視線を向けると、素知らぬ顔で視線が動いていた。
あの視線の先には……ディアとマルコシアスとウッドが遊んでいる。
考えがいまいち読めない。じっくり観察しようにもコカトリス帽子がすごく気になる……。
そう言えば今日のレイアは厚着で、もこもこだ。コカトリスっぽさが増している……。
「私としてもエルト様とは末永く付き合いたいと思いますので……」
「……なるほど。まぁ、おおよその意義はわかった。家に法律書もあるし、冒険者ギルドについての所を読み返してみよう。だがこれだと俺にとって都合が良すぎるな」
「もし支部を作って頂けるなら、気を付けるべき点が二つ。ひとつ、支部は独立採算制になります。万が一財政を破綻させると解任されます」
「そこはあまり心配はないな」
今でもお金は相当ある。素材の目処もあるし……。
「ええ、普通に経営すれば冒険者ギルドは破綻しませんし……。これはあまり心配していません」
「もうひとつは?」
「人員の確保です。ひとつの支部には最低でも四人の人間が必要な決まりがあります。支部長、代理となる副支部長」
「妥当だな」
支部長が急病で倒れて、即座に機能不全はまずい。一人は予備を置けということだろう。
地球でもそうだしな……。代理人はいた方がいい。
「次に冒険者の健康管理と素材、魔物の鑑定……広範囲の医術と学識を備えた人物。安全責任者です」
「……具体的にどういう人物にすればいいんだ?」
「アナリアで十分過ぎます」
「……そうなのか?」
「彼女は高等学院も出てますしにゃ。北部でもあれだけの人材はなかなかいませんのにゃ」
「最後に財政状況や諸々の記録、報告……文書管理責任者ですね。ナールが適任かと」
「んにゃ……あちしにゃ?」
「ええ、こちらは元商人か商家で修行を積んだ人になって欲しいのです」
「そうすると副支部長は……」
「ステラ様が知名度、いざという時の備えとしても適任かと」
「私ですか……。なるほど……!」
……ふむ。
今のタイミングでレイアが俺に支部作りという提案をしてきた、本当の理由がわかった。
目が合ったレイアが頷いている。
俺も気になってはいた。現在の体制ではいずれ無理が出てくるのはわかっていたし。
何せ俺には直接の家臣団がない。
このまま人口が増えた時、さすがに今のやり方ではまずいだろうな……。レイアはこの討伐の滞在で見抜いたのだろう。
いささか遠回りだが、レイアはこう言いたいのだ。村の組織作りを固めたらどうか――と。
それに冒険者ギルドを利用したらどうかと提案しているのだ。
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