77.カスタネット
そもそもエコロケーションとは――音の反響によって物の位置や大きさを知ることである。
有名なのは蝙蝠だろうか。
蝙蝠は超音波を発してその反響を捉えて、飛行や狩りに用いる。暗闇でも難なく行動できるのはこのエコロケーションのおかげだ。
そして人間も訓練によってこの能力を使うことが出来る。
一部の視覚障害者は杖や舌打ち音によって音を出し、エコロケーションを行う。
知識を再確認していくと、段々と思い出してきた。
……ふむ、確か動物のことを取り上げたテレビ番組でやっていたな。
蝙蝠は目隠しされてもこのエコロケーションでちゃんと飛べる。
しかし耳栓をされると反響を捉えられなくなり、エコロケーションは使えなくなる。
あの蝙蝠の大きな耳で反響をしっかりと捉えているのだ。
大きな耳……?
そこで俺はふと気が付いた。
ステラはエルフ。
そしてエルフの耳は細長く大きい……。
蝙蝠と同じだ。
「……まさかな」
あの細長い耳には意味があった……?
だがあり得そうにも思えた。
蝙蝠もエコロケーションを使うのは狩りをする種類だけ。
果物を食べる蝙蝠は使わない。
森で狩猟生活を営むなら、本能的に用いている可能性はある。
まぁ、普通の人間も稀にだが使える能力だしな。
「エルト様……?」
「ああ、悪い……。考え事をしていた。さっきの話で思い付いたことがあってな」
物は試しだ。
エコロケーションに必要なのは反響。それも甲高い音が必要だ。
普通だとこれも色々と試さなくてはならないが……幸い、ここでも前世の知識が役に立つ。
見ててよかった教養番組。
ダーウィンさん、ありがとう。
◇
それからしばらく後。
辺りはすっかり暗くなった。
遅くなりそうだし、とりあえずウッドには家に戻ってもらった。マルコシアスとディアの夜ご飯の支度もあるしな。
残っているのは俺とステラだけ。
そして俺とステラがいる所だけが、ぼんやりと光る苔で照らされていた。
「もぐもぐ、ごきゅん……まだ特訓をされているのですか」
「もう暗くなっているでござるよ」
通りがかったのはレイアと忍者の人。
どうやら指揮所からの帰りらしい。見るとツタで出来た籠を持っているが――あれはドリアードが用意した奴だな。
草だんごを入れる用のはずだ。食べてたのはそれか。
カチッ、カチッ。
ステラの方から音が鳴る。
脚にくくりつけた、カスタネットが鳴らす音だ。
さっき俺が植物魔法で作った楽器である。
忍者の人が不思議そうに首を傾げる。
「……目隠しをして脚に何かをつけているのでござるか? なんだか見たことのない装飾具でござるが……」
「それは――音からして木製ですか?」
「ああ、そうだ。カスタネットという楽器だ」
俺は魔力を集中させ、手のひらの中にカスタネットを生み出す。
他の楽器だとこうはうまく生み出せない。
だが、カスタネットだけは日本人ならよく知っている。とても馴染みのある楽器だからな。
構造も大きくなく、再現しやすい。
「こうやって……カチカチと打ち鳴らすんだ」
カチ、カチッ!
多少安っぽい音なのは仕方ないな……。
楽器職人でなく、記憶から再現しているだけだし。
この世界でカスタネットは見かけていない。どこかにあるかもしれないが、メジャーな楽器ではないはずだ。
というかどこかにあるだろう……似ている楽器くらいは。
「なるほど、シンプルですが味わい深い音ですね……。それでステラ様が脚に付けているのは……?」
「音を鳴らして探っているんだ」
カチッ、カチッ……。
ステラは目隠ししながら、脚にくくりつけたカスタネットを鳴らしている。
ややあって、ステラがおずおずと言う。
「……レイアは大きめの籠を持っていますか?」
「はっ……?」
「えっ……!?」
レイアと忍者の人がのけぞるように驚く。
「な、なぜわかったのでござる?」
「見えてませんよね? 籠の擦れたわずかな音でも、どちらが持っているか当てられるわけは……」
「ふむ……帽子でわかったのか?」
「はい、頭の上のコカトリス帽子を被っているのがレイアですものね……」
「……んん、ちょっと待つでござる。拙者達二人を判別しているのでござるか?」
ますます不思議そうにする忍者の人。
しかしレイアは腕を組んで考えると――ぱっと答えた。
「……的はずれなら申し訳ありませんが、もしかしてカスタネットの音で把握しているのですか?」
凄いな。すぐに見抜いたか。
「その通りだ。よくわかったな」
「ある種の魔物は音に非常に敏感です。中にはまるで『見ているかのように』正確に狙ってくる魔物もいます」
なるほど、エコロケーションを使う魔物がいるわけか。まぁ、たくさんの魔物がいればそうした魔物がいても不思議はない。
そして冒険者ギルドのマスターならそうした知識も豊富にあるわけだな。
「しかし、それを人間ができるとは聞いたことがないでござるよ……!」
「まぁ、ステラだからな」
理屈では出来る。
杖や舌打ち音の代わりに、カスタネットを使ってエコロケーションは出来る。
そういう人は意外に多いらしい。これもテレビ番組で知ったのだが。
しかしまさかすぐに出来るようになるとは……。
もちろん無意識に使っていたからかもしれないが、さすがはSランク冒険者。
センスが凄い……。
「【不可視】の魔法が付与されても音は消えない。これなら把握することは出来る」
「ええ、でも手掛かりは……!」
最もエコロケーションで把握できても打てるかどうかはまた別だ。
狙うのは高速の弾の打ち返し。
目が見えていても、普通の人間には出来ないのだが……。
「……でもコツは掴んできました。短く高く音を出すとわかりやすいです」
カチカチ。
「さすがステラだな……」
うんうんと俺は頷く。
理論は披露できても、実際に俺がやって見せることは出来ない。
あとはステラが慣れてどこまで使いこなすかどうかだな。
「……いえ、どう考えてもエルト様がすごいと思いますが……。物凄い学識です……」
「拙者もさっぱり思い付かなかったでござるが……。半日で不可視の魔弾破りが形になっているでござる」
「魔物が使うといっても、人間が使えるように理論立てるのは途方もないことでは……?」
三人とも驚いているようだな。
でもこれは俺の見つけたことじゃない。
名前も知らない数多くの学者さんのおかげなのだ……。
忍者の人とレイアが話している。
「これは凄い技術でござる。取り入れることはできないでござろうか?」
「うーん……やれたらいいですが、難しそう……」
「エルフや獣人族ならどうでござろう。出来れば夜や暗がりの偵察に役に立つでござるよ」
「……そうですね。少しずつやれるかどうか……」
ふむ、確かにエルフやニャフ族みたいな耳が大きい種族は習得が早いかもな。
これが終わったら試してみるのも悪くないかもだ。
カチカチ。カチカチ。
ステラが脚を動かし、カスタネットを鳴らす。
「あれ、ウッドにマルちゃん、ディア……?」
振り返るとウッドとマルコシアス、それにマルコシアスに抱えられたディアがいた。
迎えに来てくれたのかな?
「ウゴウゴ、ようすをみにきた!」
「ご飯ができたんだぞ、一緒に食べるのだ!」
「もうくらいぴよー!」
「……そうだな、もう真っ暗だ。とりあえず今日は戻ろう」
「はい、わかりました……!」
ステラはそのまま、歩きながらこちらに来る。
カチカチ……。
まだ目隠しをしているが、足取りはしっかりしている。
このまま帰るつもりだな……。というか形になりつつある。
俺なんかより、こっちの方が絶対凄いと思うんだが……。
まぁいい。反響打法、その第一段階は確かに身に付けつつある。
「……絶対にモノにしてみせます」
ステラの決意。
本当に心強い限りだな……!
お読みいただき、ありがとうございます。